荒廃
出撃拒否の現場を収めたジェイスとカズミ。二人は憲兵隊のオフィスに戻り、隊長へ報告した。
「ご苦労様です。グッドスピード二等軍曹、レイ上等兵」
ここ数日の激務により、隊長の顔には疲労が濃く滲んでいる。たった数日で、基地の治安はそこらのスラム街顔負けにまで悪化していた。
そのせいで憲兵は出ずっぱりで、オフィスは隊長と電話番を残してガランとしている。
「……戻ってきて早々悪いが、また出てきてくれないか?」
「構いませんよ。次は何処に?」
「車両庫だ。裏で隠れて薬物を使っていると整備兵から、苦情が入った」
生徒指導を逃れて煙草を吸う不良学生じゃあるまいし、とジェイスは呆れた。
凄惨な光景を忘れるためか、それとも目を背けるためかLSDなどに逃げる兵士も続出している。
「分かりました。そちらに向かいます」
「頼んだ」
大きく息を吐きながら、隊長はポールモールのパッケージを手に取った。デスクの灰皿には既に吸殻が山を作っていたが、捨てる気力も無いらしい。
ニコチンを求める気持ちが湧いてくるのを感じながら、ジェイスはその場を辞した。廊下に出るなり彼はジッポーを鳴らし、マルボロへ火を点ける。売店に並んだ長蛇の列に加わって、ようやく手に入れた代物だ。一連の騒ぎで煙草やコーヒー、菓子といった嗜好品の類は貴重品になりつつある。
カズミは誰も彼も出払ってガランとしているオフィスを見返しながら、ポツリと呟いた。
「荒れてますね」
煙を吐き出し、ジェイスは話に乗った。
「無理もないさ。あんな景色見たら、誰だってまいっちまう」
那覇市街は地獄と形容しても遜色ない惨状であった。発言に引っ張られて思わず思い出しそうになり、ジェイスは慌てて思考を止める。
「……なんだか、出撃拒否したり、薬物使う人達の気持ちも、分かっちゃいますよね」
自身の迷いを誤魔化すようにニヘラと笑いながらカズミは言う。
「さっきの説得でも言ってたな」
人の気持ちに寄り添えるというのは、この仕事においては強みであると同時に強烈な弱みにもなり得る。
軍規という絶対的な判断基準があるとはいえ、高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に動かなければならない戦場においては四角四面な判断では間違いを犯す可能性がある。
色んな情報を仕入れ、総合的に判断しなければならないが、そこにどうしても入ってくるのが人情だ。
いつでも何処でも法律だけを信じればいい警察と違い、憲兵は四角四面な判断だけではダメだが、人情を入れまくった浪花節な判断をしてもダメなのだ。バランスを取らなければならない。
「……それでも説得するのが、俺達の仕事だ。分かってるな」
ジェイスの言葉にカズミは迷ったような反応を示したが、最終的には。
「分かってます」
確かな意志を見せて、返事をした。そう返事するだけの理性はあると、ジェイスは安心した。
車両庫では整備兵達が待っていた。
憲兵の腕章を着けたジェイスとカズミの姿を見て、彼等は表情を和らげる。
「おー来てくれたか」
「現場は?」
「裏だ。さっき、三・四人行って戻ってきてないから、まだいるよ」
「分かりました」
「まったく、大麻臭くってたまらねぇよ。仕事にならん」
古参の整備兵が愚痴っぽく言う。
大麻には特徴的な青臭さがある。故に使用者は一発で分かるのだ。もっとも、その青臭さが大麻の物だと分かるには使ったことがあるか、使っているのを見たことがあるかの二択しかないが。
ジェイスはあえてツッコまず、ジト目で古参の整備兵を睨むカズミを引っ張っていった。
ジープを使って倉庫の裏手に行くと、整備兵の証言通り大麻の臭いが鼻を突く。
そこでは三十代の兵士が四人、ヤンキー座りで大麻煙草を咥えていた。大分キマッているようで、目が血走っている。
「あ? 誰だテメェ?」
四人の内、一番年上であろう兵士が口を開く。襟の階級章は彼が三等軍曹であることを示している。
本当にキマッているようで、ジェイスとカズミは憲兵の腕章をしているのに何者か訊ねてきた。
「憲兵隊だ。違法薬物使用の現行犯で逮捕する」
流石に憲兵の前で大麻ふかすのはマズいという感性は残っているようで、彼等は大麻煙草を投げ捨てると、立ち上がって逃げようとした。
「逃がすか!」
ジェイスは四人へ一気に距離を詰めると、ラグビー選手顔負けのタックルを繰り出して二人いっぺんに転ばせた。それから手錠で二人の手首を繋いだ。
カズミも鍛えられた逮捕術で一人を取り押さえていた。しかし、一人――三等軍曹は上手いこと逃げ延びた。
ジェイスは自身が捕まえた二人をカズミへ任せ、再び走る。
だが、三等軍曹とはすぐに再会することになった。先程の整備兵が彼を取り押さえ、袋叩きにしていたからだ。
「このクソ忙しい時に、余計なことしくさって、気を散らさせやがって!」
放っておくと殺されかねないので、ジェイスが割って入って整備兵達を宥める。血気盛んな者はレンチやスパナを手にしていた。
袋にされていた三等軍曹をロープで縛り上げ、ジェイスとカズミは四人組をジープの後ろへ押し込んだ。
見ているだけで狭苦しく感じるぐらいの密着度だが、これぐらいの不便は我慢させなければならない。
「さぁ、戻ろう」
「はい」
ジープが走りだした頃。
那覇軍港に横須賀から来た空母ミッドウェイが到着した。




