それでも日は昇る
本島南部の民間人の救助は困難を極める中、本島北部の暴徒鎮圧も優勢から膠着状態になりつつあった。
武装ヘリの投入で嘉手納弾薬庫地区の防衛に成功した米軍であるが、依然として北部の基地は暴徒に占拠されたままであった。
また、山岳地帯にも暴徒は潜伏しており、縦深防御陣地を築きつつあった。
米軍側は武装ヘリで一掃しようと目論むも、隠れた暴徒達を炙りだすのにロケット弾とミニガンでは決定打にはなりえず、暴徒側もヘリを墜とせるような立派な対空火器は無く、軽機関銃や対戦車ロケットなどを撃つも撃墜には至らない。
奇しくも、それは現在進行形のベトナムでの戦闘と同じ状況であった。
一方、米本国では。
流石の暴徒でも海底ケーブルを破壊することは不可能であり、ほぼリアルタイムで沖縄の状況が伝わっていた。
統治下の地で内戦紛いのことが起きている。
ワシントン、特に国防総省はパニックもかくやであった。米軍の不沈空母として機能していた沖縄が炎上し、機能不全に陥っているのだから当然であるが。
このままでは冷戦下のパワーバランスや日本との安全保障にも支障が出る。
また、沖縄内にいる米国民の安否等も問題になってくる。
事態の早期解決を図ると同時に、沖縄に配置されている戦力だけでは解決が不能と判断。
民間人保護・暴動鎮圧を名目に日本国内の米軍戦力の投入を決定した。
キャンプ・フジにて演習中であった海兵隊二個大隊を沖縄へ呼び戻し。
横須賀にて停泊中であった空母ミッドウェイおよび飛行隊を出動させ。
横田基地ではB-52爆撃機がウェポンベイに爆弾を満載にして、出動待機していた。
沖縄は二十五年の時を経て、再び戦場になろうとしていた。
東の空が白み始める頃。
ジェイスは仮眠から目を覚ました。しかしながら眠りは浅く、頭がぼんやりとしている。
幸いなことにバイク乗りの暴徒の襲撃以降、暴徒と遭遇することなく彼等は琉球大学へ帰還できた。
その頃、支援や情報も乏しい中で市街地へ兵を投入しても無闇に散らすだけと司令官代理は判断し、民間人救助と暴徒鎮圧の一時中止を決定。ジェイス等は基地へ戻ることになった。
思うことはあれど、銃撃戦のし過ぎで疲労の極致にいたジェイスとカズミはすぐに横になったのだった。
かすむ目で会議室を見回していると、カズミが湯気が立つマグカップ片手に入ってきた。
「……ああ、起きましたか。ジェイスさん」
カズミも眼鏡の奥に眠そうな瞳を置いている。
「……今何時だ?」
「朝の四時半です。……コーヒー飲みます?」
「貰おう」
苦味だけが強調されたインスタントであったが、眠気を飛ばすには十分な代物であった。
目頭を揉みながら、ジェイスはコーヒーを啜る。
窓の外に立ち昇る黒煙は、寝る前に比べ心なしか増えているように見えた。
「……なんか、良い話ないか?」
「あります」
「なんだ?」
「本国が動きました。空母が戦闘機載せて、向かっているそうです。これは噂ですが、ヨコタじゃB-52も準備してるとか」
「……本国の連中は、ベトナムと沖縄の区別が付かなくなったのか? 戦争おっぱじめるんじゃないだろうな」
「というより、ベトナムみたいな泥沼を避けたいのかもしれません。出し惜しみは無し。ゲリラが浸透しきる前に、全てを吹き飛ばしたいのでしょう」
「『塵は塵に、灰は灰に帰るべし』ってか……」
聖書を引用し、皮肉を口にするジェイス。無性に煙草を吸いたくなったが、昨日の夜に切らした挙句に売店は店員が殺されたため封鎖され、自販機では売り切れで手に入れられなかったのを思い出して溜息で我慢する。
「……どちらにせよ、俺達が出る幕はもうないだろうな」
大きくなってしまった事へ思いを馳せながら、ジェイスはしみじみと口にする。
しかしながら、カズミの顔は曇っている。
「……だと、いいですけどね」
「どうして、そんなこと言うんだい」
深刻な顔でカズミは返す。
「……南袢島の面々の顔を見ているのは、私達だけですから」
寝起きで肝心なことを忘れていたと、ジェイスは天を仰ぐ。
いくら暴徒を倒しても核である連中を倒さなければ、また今回と同じようなことが何度も起きるに違いない。
そして、その連中の生死を判別出来るのはジェイスとカズミの二人しかいないのだ。
「それに、私、思うんです。仮に今回のこの騒ぎが収まっても、それで終わりじゃないって」
「終わりじゃない?」
コーヒーを一口啜ってから、カズミは続ける。
「今回の騒ぎは、沖縄の戦後をひっくり返すことになるでしょう」
「だろうな」
「あまりにも大きい騒ぎです。何かしら大きな影響を残すでしょう。土地は無論、人の心にも」
「ああ……」
ジェイスの脳裏に浮かぶ、昨晩見た数々の惨い光景。それはカズミも同様であった。
その上で彼女は続ける。
「騒ぎが終わっても、死なない限り、そこで生きていた人々の人生は続いていく訳です」
「……………………」
「それは、私達が一番分かっていることですよね。きっと、今回のことも、私達の心に残り続ける。二十五年前の戦争の時のように」
「……だから、終わりじゃないと」
「だって、そうでしょう?」
そう口にしたカズミの顔は、酷く悲しそうであった。
ジェイスは、何も言えなかった。




