鳴り出す三線
南袢島。
遠ざかる哨戒艇へ憎々しい視線を向けていた住民達であったが、やがて一人の老人の元へ集っていった。
その老人とは、ジェイス達が長老と見ていた老人と同一人物である。
長老――金城ハジメは自身の家の縁側に座っており、住民達がやってくるのを見ると彼等へ冷静に味方の損害を訪ねた。
「七人死んだ。怪我したのは十八人、そのうち五人は動ける」
それを聞きながら、ハジメはマッチを擦りゴールデンバットに火を点ける。その手付きに動揺などによる淀みはない。
死人が出るのはもとより承知、というより死ぬことに今更恐怖などないというのが住民達の認識であるからだ。
ハジメは煙を吐き出し、集ってきた面々へ指示を出す。
「死んだ奴を焼いて墓に入れてやれ」
「船で出てる奴等へ無線連絡。すぐに戻れとな」
「今島にいる連中を全員、ここへ集めてくれ」
数人が「分かった」と頷き、走っていく。
しばらくして、船で出ていた者も含めて多くの住民いやシンパ達がハジメの家の前に集まった。
数にして百は近い。
南袢島は反米感情、特に過激な思想を持った沖縄の住民達の寄り合い場となっており、元の住民だけでなく方々からやってきた人間でコミュニティーが形成されている。
誰も彼も老いも若いも関係なく、シンパ達の眼は深淵の如き闇一色であった。
そんな住民達を前に、ハジメは年に合わない大声で叫んだ。
「『計画』を実行する! 今日の夜にも動くぞ!」
彼の言葉に住民達の間でどよめきが生まれた。「計画」をやる分には構わない、むしろ本望であるが、いささか早すぎるのではという懸念からのどよめきだ。
「あの米兵達を取り逃がした以上、この島に連中が詰めかけてくるのも時間の問題だ。なら、出来るだけ早い方がいい」
ハジメの口から出てきたのはもっともな理由であり、反対する者はいなかった。機を逃して「計画」を実行できない方が、彼等にとっては問題であったからだ。
シンパ達の無言の了承を受け取ったハジメは立ち上がると、戸棚を開き中に仕舞ってあった旧日本軍の無線機を出した。
スイッチを入れ、マイクを手に取る。
深呼吸の後、口を開いた。
「三線を準備しろ。繰り返す、三線を準備しろ」
ハジメの言葉は電波を介し、沖縄本島にいるシンパ達へと伝わる。
今この瞬間から彼等の一世一代の「計画」が始まろうとしていた。
慣れない、というかそもそも初めてな船の操縦に四苦八苦し遭難しそうになりながらも、ジェイスとカズミは那覇軍港へと帰ってきた。
無線で何処の桟橋に泊めろと指示が飛ぶも、陸軍憲兵であるジェイス達には何処が何処だか分かるはずもなく。
無線から流れる怒鳴り声を無視し、空いている桟橋に頭から突っ込んだ。
金属が削れる嫌な音と衝撃が、戦闘のストレスで摩耗したジェイス達の神経を刺激する。
「と、止まった……」
「ええ……」
二人共、一生分の修羅場を味わったかのような疲弊具合であった。
アドレナリンの分泌が終わり、今はその反動で指一本動かすのすら難しい。
それでもなんとかM1カービンとM16を杖代わりにし、二人は桟橋へ上陸する。
そこへ三人ばかりの水兵が物凄い形相で駆けてくる。管制を無視し、挙句に無様な停泊をした奴を怒るためにだ。
だが、水兵が目にしたのはボロボロになった二人の陸軍憲兵であり、その異様さに出鼻をくじかれる。
更に彼等が漂わせていた死臭と硝煙の臭いに、思わず後ずさる。
死臭の元は暑さ故に早くも腐敗が始まっていた哨戒艇乗組員の遺体であり、それを目にした水兵の若いのは短い悲鳴を発し失神してしまう。
リーダー格の水兵が二人の陸軍憲兵――ジェイスとカズミへ訊ねる。
「何があったんだ?」
引きつった顔でジェイスは言う。
「何処から話したもんかね……」
遡ろうと思えば二十五年も遡れる。それに、ここで何も知らない水兵相手にパッと説明できるほど事は単純ではない。
迷った末に、ジェイスは。
「……まぁ、色々あったんだよ」
曖昧に誤魔化すことにした。
水兵の通報によりやってきた陸軍憲兵隊によって、ジェイスとカズミはキャンプ瑞慶覧へ戻ってきた。
そして憲兵隊隊長に南袢島での出来事を説明する。
隊長はジェイスが薬物汚染の捜査をしに来たことや、これまでの捜査の推移を存じているので、説明は南袢島のことだけで済んだ。
ジェイス達の説明を黙って聞いていた隊長であったが、聞き終えてからも少しの間黙っていた。
やがて口を開いたかと思えば。
「煙草、あるかい」
出てきたのはおねだりの言葉であった。
ジェイスは胸ポケットから潰れたマルボロのソフトパッケージを取り、一本飛び出させてから隊長へ差し出す。
隊長は飛び出た煙草を抜き取ると、自身のガスライターで火を点けた。
煙を吐きながら、バリバリと頭を掻く。
「……復讐か」
「ええ。彼等の行動理念はその一点のみのようです」
「まぁ、一般市民にとっては、勝っても負けても敵国は敵国、家族や故郷を奪った相手でしかない。そんな連中がのさばって、面白い訳もなし……むしろ、当然か」
隊長は重たい口調で言った。
「薬物精製に限らず、大量の武器も保有しているとなると……憲兵隊だけじゃ対応は難しい。タスクフォースを編成しなければならない」
「それがいいでしょう。これまでの捜査情報からしても、連中はもっと大量の武器、重火器も保有していてもおかしくありません。出来るなら、グリーンベレーやネイビーシールズといった特殊部隊の協力も要請したい」
「……上に掛け合ってみよう」
煙草を灰皿へ押し付けると、隊長はジェイス達へ「ご苦労だった」と言い、彼等の労をねぎらった。




