自己責任
翌日。
今日も朝早くから、ジェイスとカズミは哨戒艇に乗り込んだ。
水兵達も慣れたようで、いつの間にか暇潰し用の釣竿を積み込んでいた。
ジェイスは手帳を開き、本日探索予定の島を確認する。
「南袢島」と呼ばれている、沖縄本島から南へ十キロほどになる人口五十人ほどのそこそこ大きい島だ。この島には先日入った物より格段に広く深いガマがあり、ジェイスとカズミが怪しいと睨んでいる島の一つであった。
二人が念入りに銃を点検していると、哨戒艇がディーゼルの唸りで震え出した。
係留ロープのもやいが解かれ、艇は岸壁を離れる。
基地の建物が作る輪郭の下から、太陽が顔を覗かせだした。
「……今日も暑くなりそうだな」
日差しに目を細めながら、ジェイスはそう呟いた。
太陽が完全に姿を現し、その凶悪な熱の本領を発揮し始めた頃。
哨戒艇は南袢島の港へ入った。
港に船はほとんど無い。漁にでも出ているのだろうとカズミは考えた。
第二次・第三次産業が発達している沖縄本島に対し、このような離島は農業・漁業といった第一次産業で成り立っているからだ。
突如として入港してきた米軍の船に対して、住民の目線は疑心に満ちたものであった。怒りや憎しみでないだけ、まだ話が通じそうだとジェイスは感じる。
これまで接してきた住民の中には、今にも襲い掛からんばかりの敵意を向けてくる者も少なくなかったからだ。
乗組員達が係留ロープをボラードに結んでいる中、港の集会場にいた住民が、長老らしい老人を先頭にして近づいてくる。
長老は禿げあがった頭にタンクトップシャツ、薄汚れた半ズボンに草草履。如何にもな老人のルックスをしている。
「燃料切りが? あんやあらんなら、かしーかしーっんじてぃっんじくぃーんが(燃料切れか? そうじゃないなら、さっさと出て行ってくれんか)」
彼の口から出てきたのは、いつぞやのヤクザ達よりも濃い訛りであった。
何を言っているのかジェイスには全く分からなかったが、言葉に込められた強い拒絶の意志は感じ取れた。
カズミも濃い訛りに怯んだものの、すぐに気を取り直して一歩歩み出る。
「合衆国陸軍憲兵隊です。この島を少し探索させてください」
「ぬーんちやん(何故だ)」
「詳しくは話せませんが、事件捜査のためです」
「っんじてぃき。くぬ島ぬ連中ーむる、米軍しかん(出てけ。この島の連中は皆、米軍を好かん)」
けんもほろろとはこういうことを言うのだろう。それでもカズミは必死に食い下がる。
不本意であったが、脅迫めいたことやハッタリも口にした。
食い下がること約十分。ジェイスがここは一旦諦めて、出直そうかと提案しかけた時。
老人は露骨な溜息をついた。
「っんままでぃ言いらー、仕方がねーん。んーちまーれーしむ。やしが、ぬーがあてぃん責任ーむたん(そこまで言うなら、仕方がない。見て回ればいい。だが、何があっても責任は持たん)」
カズミはその言葉に、いくらか緊張を緩めた。
「ご協力、ありがとうございます」
頭を下げて感謝の気持ちを示してから、彼女はジェイスの方へ向き直る。
「行きましょう」
「……大丈夫か?」
ジェイスの表情は、如何にも怪訝なものであった。
「大丈夫……だと思います。自己責任、だそうですが」
相変わらず、老人はジェイス達を睨みつけている。その態度が、自己責任という言葉に嫌な信憑性を与えていた。
「自己責任ね」
ジェイスの意識は、自然と背中にある散弾銃と腰のホルスターにあるGIコルトへ向けられる。
これらの銃口を住民へ突き付けることになるかもしれない。
ヤクザと撃ち合った時とはまた違う緊張感を、ジェイスは感じていた。
無辜の市民を……などといった甘っちょろい考えではない。敵意を向けたうえで襲い掛かってくるのだから、それで撃っても正当防衛だ。
ではその緊張感の正体は何か。
簡単だ。敵意を露わにするにしても、銃を持った人間に自ら近づき自己責任などと挑発的な言葉を投げかけるだろうか。
現に、これまで出会ってきた住民達は遠巻きに二人を睨むだけで、それ以外のアクションを起こしたりしなかった。
また、カズミの翻訳能力から考えても老人が「自己責任」ないしそれを感じさせるニュアンスの言葉を口にしたのは間違いない。
忠告にしても語句が強いように、ジェイスには思えた。
自己責任になるようなことが起きかねない。その時はきっと、ヤクザを奇襲した時以上に苛烈な戦闘になるだろうともジェイスは思った。
カズミもまた、直接言葉を交わす中で老人から発せられる悪意や敵意を感じ取り、言葉や面に出さずに警戒感を抱いていた。




