密会
ジェイスとカズミが仕事を切り上げ、それぞれの時間へ進みだした頃。
那覇市街。歓楽街の裏通り。
ここには米兵や本土の観光客相手ではなく、地元民を対象にした飲み屋街が並んでいる。
その中の一つ、「さんぴん」というスナックがあった。「さんぴん」は沖縄弁でジャスミンを意味する。
店自体は面白味も何ともないただのスナックである。強いて特徴を挙げるとすれば、マイという嫉妬深いホステスがいるぐらいだろう。
そう、ヤクザの情婦で、ジェイスとカズミに重要な情報をもたらしたあのホステスだ。
店内では潜伏期間を経て、襲撃に成功して羽目を外してる潮見派の残党達がどんちゃん騒ぎしている。
老いも若いも上も下も関係なく、ビールや泡盛を口にしている。
大ポカをやらかしたヤクザもボックス席に座り、隣にマイを侍らしてバドワイザーの缶を傾けていた。
勝利の美酒というヤツだ。
彼等からすれば、因縁の相手に復讐するだけでなく活動停止状態にまで追い込むことに成功したのだから、騒ぐのも当然と言える。
リーダーや他の幹部陣を亡くしたのは痛いが、悔やんでばかりはいられない。なので、僅かに残っていた偲ぶ気持ちを昇華させるべく騒がしくしているのである。
こうも騒がしいと、カタギの人間は店に近づこうとしない。扉越しに漏れる声でだいたいの客層を察し、踵を返すからだ。
今夜は扉を開く者はヤクザ以外にいないと、当のヤクザですら思っていた。
だが、唐突に扉が開かれる。静寂が店内を支配する。
姿を現したのは、短く刈り込んだ髪に良く焼けた肌をした漁師風の若い男であった。
店中のヤクザが、アルコールで赤らんだ瞳を男へ向ける。
「ぬーやんぁ……ッヤー(なんだぁ……テメェ)?」
男はニヒリスティックな笑みを浮かべながら、悠然とヤクザ達へ近づいていく。
血気盛んな数名が、懐からドスや手近にあったアイスピックが手に取る。
すると、男が手を軽く上げてみせて敵意が無いことを示す。
「物騒やるむん仕舞てぃくぃみそーれーさぁ、わんねーぐすーよーとぅ話ぬしーぶさんがなやいびーんくとぅ(物騒な物を仕舞ってくださいよ、僕は皆さんと話がしたいだけなんですから)」
男の弁に、ヤクザ達は顔を見合わせる。
そんな中で比較的酔いが浅い大ポカヤクザが代表して、男の前へ立つ。
「話ってぃのーぬーやん(話ってのはなんだ)」
男はクツクツと笑いながら、擦り切れ気味なズボンのポケットから口を縛ったゴムサックを取り出した。
大ポカヤクザが顔をしかめる。もっともいきなり避妊具を見せつけられて、ご機嫌になる奴はいないだろうが。
「しべーとーが(ふざけてるのか)」
ドスを利かせてすごむヤクザだが、男は随分と余裕であった。
「いやぬー、くぬひゃーぬ中身にちいてぃ、話さしみてぃくぃみそーれーさぁ(いやなに、コイツの中身について、話をさせてくださいよ)」
「中身?」
男がサックを放り、ヤクザがそれをキャッチする。サックの中には、ヤクザ達にとって因縁のある錠剤が三粒入っていた。
「えー……むしかしてぃ、くぬひゃーや……(おい……もしかして、コイツは……)」
「ええ、比嘉派が売いさばちょーたる薬物やいびーさ(ええ、比嘉派が売り捌いていた薬物ですよ)」
その言葉に、ヤクザ達の視線が再び男へ向けられる。
大ポカヤクザが呻くようにして言う。
「っやーが元締みやたんぬが(お前が元締めだったのか)」
「正確んかえーちりぬうぅいびーしが、元締みんかいばっぺーやねーんやいびーん(正確には仲間がいますけど、元締めに間違いはないです)」
男はそう返しながら、カウンター席へと腰かける。
「単刀直入に言やびら。取引さびらに? めーぬ取引先うんじゅなーんかいたっぴらかさってぃしまいびたんくとぅ、くまんみーさる取引先がふさるんやいびーさ(単刀直入に言いましょう。取引をしませんか? 前の取引先を貴方達に潰されてしまいましたから、こっちも新しい取引先が欲しいんですよ)」
男は薄い笑みを浮かべているものの、感情や真意の類は読み取れない。
不気味の一言に尽きるが、ヤクザ達には切り出された取引を前に素直に「出てけ」と口に出来ない事情があった。
「うんじゅなーん、組立てぃ直するぬんかいまとぅまたるちんぬいりゆーやるはじ。くれーうり稼じっんじゃすしが十分やるはじやいびーさ(貴方達も、組を立て直すのにまとまった金が必要でしょう。これはそれを稼ぎ出すのに十分なはずですよ)」
黙るヤクザ達の心を見透かしたように、男が彼等の事情をスラリと口にする。
このどんちゃん騒ぎには、弔いの気持ちと同時にそんな現実から目を逸らす意味合いもあった。
「ぬー、むちかさるくとーねーん。わったーからこーてぃ、うんじゅなーがしちやる値段てぃがろー方法っし売れーしむ。わったー取り分ーこーらするとぅちぬ額てーんでぃゆたさん。うりやてぃん、ちゃっさん相談ぬしよおーあいびーんさぁ(なに、難しいことはない。我々から買って、貴方達が好きな値段や方法で売ればいい。我々の取り分は買ってもらう時の額だけでいい。それだって、いくらでも相談のしようはありますよ)」
男の甘言に、かなりの人数のヤクザの心が揺れ動く。だが、大ポカヤクザはすぐさま飛びつくような真似はしなかった。
「わっさしが、米軍んかえー貸しぬあん。比嘉派ぬぐとぅポンポンとー売りらんどー(悪いが、米軍には貸しがある。比嘉派みたいにポンポンとは売れないぞ)」
彼の脳裏に浮かぶ、二人の顔。ジェイスとカズミだ。
米軍云々には恨みもつらみもあるものの、その二人にかけては勝利の美酒を味わせたくれたのだから貸しと思っていて当然だろう。
しかし、男はヤクザの言にも動じない。
「ぬー、米軍んかえー売らんだれーしむ。あんしぇー貸しんかかわいねーんし、憲兵ぬみーんいちゅたーばばっくゎーしぇーる(なに、米軍には売らなければいい。それなら貸しも関係ないし、憲兵の目もしばらくは誤魔化せる)」
「あんしぇー、まーぬたーんかい売いんってぃんやん(じゃあ、何処の誰に売るってんだ)」
すると男は、ボックス席で蚊帳の外となっていたマイを指さす。
「ありぬぐとーるホステスてぃがろー辻んかい立ちゅるふぇーじゅりんかい売り付きれーしむ。やてぃん結構やる稼ぎないびーんさぁ(彼女みたいなホステスや辻に立つ売春婦に売り付ければいい。それでも結構な稼ぎになりますよ)」
そう言い放つ男の顔は、悪魔のようであった。




