リブートと方針
煙草をじっくり味わってから、ジェイスは口を開いた。彼がここに来た本題を聞くためだ。
「改めて聞くが……カズミ、頭は冷えたかい?」
カズミは表情を引き締め、コクリと頷いた。
「冷えました。捜査出来るってから、張り切り過ぎました」
その言葉からは、その場すましのいい加減さは感じられない。冷静に考えた末に己で導き出した答えだと確信させられる。
「よし」
ジェイスは頷くや両手を膝へ叩きつけ、勢いそのままに立ち上がる。
「じゃあ、今から復帰だ。戻ってきてくれるな」
差し出された手をカズミはしかと握った。
「もちろん」
示し合わせたかのように、二人は顔をニヤリと口角を上げた。
このまま再始動するかと思いきや、二人の間に漂っていた空気は無粋な足音に壊される。
足音は近づくや、ノックもせずにドアを開け放つ。
足音の主は、在沖米陸軍司令官のランパート中将であった。
いけ好かないエリート面を真っ赤に染めているのは、暑さのせいだけではないだろう。
こみ上げるものを堪えているようで、息を絞り出すように吐き出している。
「……ここにいると聞いてね、急いできたよ」
「何か御用で?」
せっかくの気分に水を差されたと、ジェイスはつっけんどんな声で尋ねる。
「聞いたよ。私の忠告を無視して、暴れ回っていたそうじゃないか」
「三日も前にですが。そのことで文句言いに来たんなら、ちょっと遅いんじゃないですかね」
ジェイスのツッコミにランパートは怯む。指摘がもっともであったからだ。
ジェイス達は襲撃の件を伝えはしなかったが、別に隠していた訳ではない。ちょっとアンテナを張っていれば、すぐに掴めた情報だ。
それを今更になって気づいて顔を赤くして怒鳴り込んでくるとは、日頃から周りのことに意識を向けていませんと暴露しているようなものだ。
目の前のことに一生懸命取り組めても、ことを大局的に見れない。小役人向きかもしれないが、軍人少なくとも司令官という大役を担うには力不足でしかない。
「……悪いが、私は犯罪者の尻を追いかけていればいい君達と違って、やることが山ほどあるんでね。君達のことばかり構ってられないんだ。だから言わせてもらうが、これ以上余計な仕事を増やさないでくれ」
ウンザリとした顔をしながらランパートは吐き捨てる。
「薬物を売りさばいていたヤクザは壊滅したんだろう? 君もひと暴れ出来た、それでいいじゃないか」
その言葉に、ジェイスは静かにかぶりを振った。
「残念ですが、先日の襲撃で全てが解決した訳ではありません。ヤクザを倒したところで、薬物が沖縄から消えはしない。需要が消えた訳でもなく、肝心要の元締めが野放しなんですからね」
純然たる現実に、流石のランパートも何も言い返せない。
「元締めを潰さない限り、また何処かのヤクザ者が売り始めるでしょう。私とレイ上等兵は、これから元締めを潰そうと思っております」
シレッとそう言い放つジェイスを、ランパートは睨みつける。
「何度も言わせるな、私の手を煩わせるんじゃない」
「残念ですが、それは無理な相談です。どうしても俺に仕事をさせたくないのなら、国防総省のトラウトマン大佐に苦情の一つでも入れたらどうですか。よもや、大佐に文句を言えない訳ではないでしょう」
握り締めた拳をブルブルと震わせ、目を飛び出させんばかりに見開かせるランパート。顔色は赤を通り越し、濃い茶色になっていた。
怒鳴り声の一つでも来るかと身構えたジェイスとカズミであったが、彼は何も言わずに踵を返した。
荒々しくドアを閉める音が響き、騒々しい足音が遠ざかっていく。
音の余韻が消えた後、ジェイスとカズミは顔を見合わせて苦笑し合った。
ジェイスはカズミを連れ、会議室に入った。
部屋の隅にある黒板には彼が三日間で収集し、まとめた情報が記されている。
比嘉派の生き残りへの取調べで得られた情報が主だ。
「カズミ、こいつを読んでくれ」
彼女は眼鏡を直し、まじまじとジェイスが指さした文字を凝視する。
「『船の男達』……これは?」
「元締め、もしくはその使い走りだ。比嘉派の生き残りの一人が、吐いた。こいつらがヤクザに接触して、薬物を市中に売り払うよう唆してたらしい。だが……」
「だが……なんです?」
「この男達は、金より武器弾薬を欲しがってるらしい」
「武器弾薬……ですか」
「銃器、重機関銃、爆薬、迫撃砲。それらに用いる弾薬や信管類だそうだ」
「戦争でもする気ですかね?」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。この船の男達曰く、闇のブローカーに転売するつもりらしいが」
「闇のブローカーですか。それもまたありそうですね。お金はお金にしかなりませんけど、武器弾薬は売りようによっては何倍のお金にもなりますから」
「まぁ、それは男達をとっ捕まえて吐かせれば分かることだ。それでだ、本題はここから。この男達について、ヤクザ連中が面白い分析をしていた」
「面白い分析?」
「カズミ、君が沖縄在住の犯罪者だとして、闇の物品を溜め込み、闇のブローカーと接触するとなったら何処を拠点に選ぶ? 主な移動手段は船として」
「……それは、離島ですね。本島は基地まみれ、石垣島も人が多いですから、無人島もしくは人が少ない島を選びます。ブローカーとは洋上で接触した方が、人の目を避けやすいですし。それには、島の方が都合が良い」
カズミの回答にジェイスはニヤリと笑う。
「その通り」
ジェイスの脳裏に浮かぶのは、沖縄を空から見た光景。本島は彼が灰色の島と評するほど基地が敷き詰められ、隙間も無い。
他の石垣島、宮古島、西表島も多くの人が住み、大量の物資を隠匿しておく余裕は無い。
となれば、他のこまごまとした島を拠点にしていると考えるのが自然であろう。
「ヤクザの分析にしても、かなり的を得ている。これに沿って捜査しようと思うが、異論か異存は?」
「ありません」
カズミの力強い返事に、ジェイスは頼もしさを覚えた。




