昔話と本音
襲撃作戦から三日後。
作戦の後始末や生き残った比嘉派構成員の取調べを終わらせる、または終わらせる目途を付けたジェイス。
彼はうだるような日差しを一身に浴びながら、兵舎へと向かう。道中の自販機でキンキンに冷えた瓶コーラを買い、手土産とする。
兵舎の管理人室で入室許可を貰い、ある部屋の前まで行った。
ジェイスはノックする前に煙草に火を点け、頭が回るようにしておく。
「入るぞ」
「は、はい!」
カズミの慌てた様子の声が返ってくる。
ドアを開けると、サウナの如き熱気がムワリと襲い掛かってきた。冷房を付けていないらしい。
部屋の主であるカズミは、そんな暑さの中で机の上に広げていたM10リボルバーの部品を急いで組んでいた。
髪はお団子ではなくヘアゴムでひとまとめにして、眼鏡は額に掛けている。
ガンオイルやらウエスやらブラシがあるあたり、清掃していたのだろうと推察する。
慌てながらも部品一つ失くさず、手順一つ間違えずにカズミは銃を組み上げた。
「ほら、土産だ」
瓶コーラをカズミの肩越しに差し出す。
「……ありがとうございます」
栓抜きが無いので、カズミは机の縁を使って器用に栓を飛ばす。それから噴き上がる泡をこぼさぬよう、素早く口元へ運んで中身ごと啜り上げる。
冷えた炭酸が喉を滑り、ほてる彼女の身体を内側から冷やしていく。
「美味しい……」
眼鏡を掛け直して額の汗を拭いながら、心からの言葉を口にした。
そんなカズミを見て、ジェイスは安心したような呆れたような表情を浮かべる。
「頭冷えたかって聞きに来たんだが、茹だってたんじゃ世話ないな」
彼はそう言いながら窓を開け、空調のスイッチを入れた。
「……すいません」
コーラを一気飲みしてから、しおれるカズミ。
襲撃作戦のその日。ジェイスは彼女を嘉手納基地の病院に担ぎ込み、検査入院することになった時にこう告げた。
「後始末は任せろ。だから、君はしばらく頭を冷やせ」
と。
目に余るは言い過ぎだが、カズミの無理をし過ぎる姿勢はあまり褒められることではない。
なまじ実力がある分、その無理が出来てしまうのも厄介なところであった。
しかし、そんな無理を続けていてはいつか死んでしまう。現に、彼女は無理をして殺されかけた。
それをどうにかしたくて、ジェイスはカズミを一度現場から遠ざけたのである。
「何度も言ってるが、別に無理をしなくてもいいんだ。君はその年以上の実力を既に持ってるんだから、結果は自ずと後からついてくる」
空調が効いてきたので、窓を閉めて部屋を冷やしながらジェイスは言う。
「……それとも、何か理由があるのかい? 俺の昔話と同じく」
ジェイスはベッドに腰かけ、話を聞く体勢を整えた。
カズミは迷っているようだったが、逡巡の後、深呼吸をして気持ちを落ち着けてから目の前の男を見つめた。
「あるって言ったら、聞いてくれますか」
短くなった煙草を指で揉み消し、新しい煙草に火を点けながらジェイスは頷いた。
「君が聞いてくれたのに、俺が聞かないってのはおかしな話だろ?」
「……確かに」
カズミはクスッと笑ったかと思えば、段々と表情から色が消えていき、目は何処か遠くを見だす。
「何処から話すべきか……そうですね、ジェイスさんは『RAA』ってご存知ですか?」
「Recreation and Amusement Association……特殊慰安施設協会、か」
「……ご存じでしたか」
RAA――特殊慰安施設協会。第二次世界大戦後、日本に設置された連合軍兵士用の慰安所である。
「私の母は、そこで働いていました」
それを聞いて、ジェイスは沖縄に来て初めての夜のことを思い出した。娼婦に対する過剰なまでの拒絶反応。
点と点が線で繋がり、心の中で納得する。
「父は横田の整備兵でした。そこで二人は出会って、父の方からアプローチしたそうです。一目惚れだと、父は言っていました」
「………………」
「年下の父の熱心さに根負けして、母は父と結婚することにしたそうです。私を身ごもったことを知ったのも、結婚することを決めたきっかけと母は言ってました」
1946年に米国の法律が改正され、アメリカ人将兵と日本人女性との結婚が可能になっている。
だが、それ以前にアプローチして結婚を約束する辺り、カズミ父の熱心さが窺えるというものだ。
「私は横田の病院で産まれて、そこで育ちました」
「……確か、前に基地育ちって言ってたな」
「覚えてましたか。今もですけど、両親の仲は良かったですし、私に愛情を注いで育ててくれました。良い思い出がいっぱいあります。……でも、悪い思い出もいっぱいあります」
「………………」
「いじめられてたんです、私。他の子達に『淫売の娘』って後ろ指さされて。……母はとっくにRAAを辞めて、PXのレジ係に勤めてたのに」
それを聞き、ジェイスは顔をしかめて怒りを露わにする。苛立ち紛れに、火の点いた煙草を掌で握り潰す。
自身の過去というきっかけがあったにせよ、憲兵という職に就くからには、それなりの正義感があるのは当然だ。
「……酷いな。人に対して、言っていいことと悪いことがある。親の顔が見てみたい」
子供の稚拙で愚かないじりで留めず、親の教育の失敗と捉えるジェイスらしい反応をする。
それぞれ主義主張信条あるのは分かるし、ついこの前まで戦ってた人種に馴染めないのも理解出来る。だが、それでも人間として守るべき一線がある。
そこを踏み越える奴が多いから、また戦争が起きてしまう――というのがジェイスの持論であった。
「父も同じこと言って、しょっちゅう学校やいじめっ子の親の所に怒鳴り込みに行ってました。時には、上官にすら食ってかかったそうです」
「……勇ましい父上だ。同じ軍人として尊敬するよ」
二等軍曹であるのに大佐や中将にすら皮肉な物言いをする人間として、ジェイスは顔も知らないカズミの父にシンパシーを覚えた。
「そんな父を見て、父や母のためにも、イジメてきた奴等を見返せるぐらい立派な人間になろうって決めたんです」
「それで、軍に?」
「はい。男社会にあえて飛び込むことで、自分の覚悟を己と他者へ示したかったんです」
カズミの弁を聞き、ジェイスには彼女の無理しがちな姿勢の原点が見えた。
「軍に入ったら入ったらで、『女だから』とか『ジャップとのハーフだから上の連中から配慮されてる』とか、『淫売の娘だから、上官と寝て、それで評価されてる』とか、散々言われましたけど」
「憲兵隊員としては、嘆かわしいばかりだ」
兵隊のモラル維持と向上も仕事のうちであるジェイスは、苦々しく言った。
「だから、そんなこと言われないよう、必死になって訓練やら座学に取り組みました。……でも、結局、戦闘部隊に配属されることなく、憲兵隊の事務に」
「じゃあ、今回の捜査への抜擢は……」
「青天の霹靂でした。亡くなったトーマス二曹には悪いですが、彼が亡くなったから私がこうして捜査の前線に立てたんです。だから、つい――」
「――無理をすると。合点が行ったよ」
新しい煙草を咥え、ジッポーを鳴らすジェイス。その顔は穏やかであった。
腹立たしいことを耳にしての感情の起伏はあったが、カズミの本音を引き出すことに成功したからだ。




