対決
ヘルメットが食器棚のガラスを割る。
それを被っていなかったら、ジェイスの後頭部は血塗れになっていたことだろう。
腹部と背中と頭部への衝撃で意識が飛びかけたジェイスであったが、不屈の意志で意識の糸を繋ぎ止める。
ぼやける視界で眼前にナツがいることを確認したジェイスは、M1912を手放してホルスターのGIコルトを掴む。
相手との距離が近すぎるので、フルサイズの散弾銃が構えられないからだ。
ホルスターからGIコルトを引き抜きながら、安全装置を解除する。
カチリという解除音を耳にしたナツは強靭な足をバネに、ジェイスから離れるべく後ろへ飛んだ。
その手には、米軍のM4銃剣が握られていた。「剣」とあるが、銃剣は切り裂くのではなく突き刺す武器だ。タックルした際にナツはジェイスの腹をそれで突いたのだが、ボディーアーマー内部にある十四層にも重ねられた対弾ナイロンに阻まれて傷を負わすことは出来なかった。
逃げるナツの軌跡をなぞるようにGIコルトを撃つジェイス。
だが、不安定な姿勢と緊急故の片手撃ちのせいで一発も当てられないまま、ナツを逃がしてしまう。
「くっ!」
なんとか立て直し、ホールドオープンしたGIコルトの弾倉を交換してホルスターへ戻す。そして、負い紐で肩からぶら下がっているM1912を持ち、再び腰だめで構える。
普通に構えるとどうしても銃床などが視界に入り、視野が狭まる。死角が多く、常に周りに意識を向けなければならない室内では致命的だ。
腰だめは正確な照準が出来なくなるが、その分視野の確保は良好で敵の動きや気配に対して即座に対応が出来る。それに、ジェイスが手にしているのは散弾銃なので、ライフルや拳銃ほど正確な照準でなくても当てやすい。
なので、この場合だと腰だめが理にかなっているのである。
キッチンを抜け、ナツが消えた廊下へと歩を進めるジェイス。いくつかのドアと二階へ伸びる階段の先に玄関ホールがある。
彼は呼吸を整え、周囲の気配を探った。
ドアを開けたり閉めたりした音がしなかったので、部屋の中や玄関から外に逃げたとは考えづらい。それでいて廊下に面するドアが全て閉じているとなると、集中を向ける先は限られてくる。
階段の陰になっている部分。
音を立てずに唯一息を潜められる場所は、そこしかない。
相手がやる気なのは、ボディーアーマーの刺し痕を見れば分かることだ。勝負は一瞬とジェイスは判断する。
キッチンの時は運に助けられたが、次も都合よく助けられるとはジェイスには思えなかった。
殺さなければ、殺される。
殺されてやる理由はジェイスに無い。ならば、殺すしかない。
乾いた口へ唾を絞り出し、残滓を飲み込む。
そして、足に力を入れ、一気に踏み込んだ。引き金に指は掛かっている。いつでも発砲出来る。
振り向きざまにスラムファイアを叩き込む。
ジェイスは廊下の短い距離を駆け、勢いを利用して身体を捻る形で階段を振り向く。
そこにはジェイスの読み通り、ナツがいた。段に腰かけ、潮見派の事務所を襲撃した際にも使っていた、M2カービンを手にしながら。
彼も引き金に指を掛けていたが、慣性の法則で動くジェイスを瞬間的に狙うのはプロでも難しかった。対して、階段という室内でも随一の狭さを誇る空間に座っているナツを狙うのは、自身が動いているとはいえジェイスにとっては造作もないことであった。
瞬間的にM1912の排莢口から六個の撃ち殻が吐き出される。
短い間に連続した鳴った銃声は、まるで雷のようである。
ナツは鉛玉の雨をモロに受け、その上半身を肉塊へと変貌させられる。
慣性と銃の反動を受け、ジェイスは玄関の土間に放り出されるように落ちた。
衝撃を吸収したことを尻が痛みで訴えかけてくる。
(殺った!)
感動より安心が先に来る。だが、ここでジェイスはあることを思い出す。
潮見派を襲撃したヒットマンは四人。二人はその場で射殺し、一人は今射殺した。
一人、まだ残っていることを。
血の気が引いたジェイスを嘲笑うように、二階から短機関銃を手にした男――ハルが現れる。
短機関銃は、ストックを外したトンプソンM1。潮見派を襲撃した者に間違いなかった。
狙い撃ちにされると瞬時に判断するや、ジェイスは背後にあった玄関ドアのノブに手を掛ける。
玄関ドアが開きノブから手を放したのと、ノブに四十五口径弾がめり込んだのはほぼ同時であった。
匍匐前進でドアを押し開けながら、ジェイスは潮見の邸宅を脱出する。
だが、危機が去った訳ではない。
すぐさま、ハルが階段を飛び降りて追ってきたからだ。弾切れになったM1912から手を離し、ホルスターのGIコルトを抜く。
姿勢を仰向けにして上半身を起こしながら、ハルが玄関から出ようとしたところを狙って牽制射撃を行う。
三発ほど撃ったところで、ブロック塀の陰に移動してトンプソンの射線を切った。
GIコルトを保持しつつ、左手でM1912を掴んで片手のみでリロードをする。
焦りからか上手く弾が入っていかないのをもどかしく思いながら、一個・二個とチューブ弾倉へ押し入れていく。
リロードし終わるのが先か、ハルが飛び込んでくるのが先か。
ヒリつくジェイスであったが、リロードが終わって少ししてもハルが来る気配は無かった。
すると、邸宅の裏手から短機関銃の連射音が聞こえてきた。四十五口径よりも軽いそれは、九ミリ弾の物である。
「カズミ!」
九ミリ弾を用いる短機関銃を持つ者は、ジェイスのボキャブラリーの中では彼女一人しかいなかった。




