出発
五日後。
7月13日。早朝。
根回しと準備を終えたジェイスとカズミは、いつもの戦闘服の上にM69ボディーアーマーを着用し、ヘルメットを被った状態でジープに乗り込んだ。
向かう先は、潮見派の残党が逃げ込んだ喜屋武岬近くのボロ屋だ。
彼等にも前日に襲撃を行うことを通達してあるので、準備を整えているはずであった。
日中に比べれば空いている道路を走りながら、二人はこれまでに組んだ手筈を確認し合う。
在沖陸・海・空軍、海兵隊憲兵隊には、事態が想像以上に悪化した場合に治安部隊を編成して、コザまで出動してもらうことになっている。
どこもかしこも人手不足でカツカツであったが、その大きな原因となっている覚醒剤撲滅が襲撃の最終目的なので二つ返事で了承してくれた。
無論、それほどまでに沖縄にいる米兵達の薬物汚染が深刻ということでもあるが。
特に先日に騒ぎを起こした海兵隊は、通常の戦闘部隊も出動させるとも言ったあたりに真剣さが分かるものだ。
そして地元警察。彼等には、地元住民の保護を頼んだ。
米軍の市街地を用いた演習が行われるので、今日一日は屋内待機を徹底してほしいとコザ市に通達を出してもらった。
また、騒ぎの過程で全て潮見派の残党を捕まえても、微罪で勘弁してもらうことにする。
こうした準備を終え、二人は今日という日を迎えたのである。
ジェイスと出会ってから少しばかり修羅場を経験したカズミであったが、今まで事務方であった彼女にとってはここまで大規模な作戦、しかも銃撃戦が前提の物に参加するのは初めてであり、酷く緊張していた。
朝食はあまり口に出来ず、口数も少なく、出発してからしきりに眼鏡を直す素振りをしている。
過度な緊張は何をするにも毒だ。
ジェイスはジープが信号で停まったタイミングで、カズミへ声を掛けた。
「カズミ」
「……あっ、はっ、はい!」
「心配すんな。きっと上手くいく。何かトラブルがあっても、俺が守る」
「……でも、でも……何が起きるか、分からないですし」
「ああそうだ。何が起こるか、分からない。けどそれは、緊張しようがしまいが変わらないことだ。だから、気負い過ぎるな。それに、弱ってるところ敵に見せたら、舐められるだろう?」
「……はい」
「だから、こういう時は笑ってみせるんだよ」
そう言い、ジェイスは両方の口角を表情筋で吊り上げた。目を細めるのも忘れない。
「普通、鉄火場で笑う奴なんていないだろう? けど、笑ってみせる。すると相手は『なんなんだアイツは』と怯む。これさ」
ジェイスが「やってみろ」と促すと、カズミはおずおずと笑みを作る。ジェイスは真顔に戻ってまじまじとそれを見つめてから、ポツリと。
「可愛いじゃないか」
こう呟いた。
「なっ! ……ジェイスさん!」
不意を突く誉め言葉に、照れながら声を荒げるカズミ。
そこには、数分前の緊張感に満ちた青白い表情はない。
「その調子だ。……ほら、信号変わったぞ」
「もう……」
頬を軽く膨らませるも、張っていた肩肘が緩んでいることはカズミ自身にも分かった。
喜屋武岬近くのボロ屋周辺は物々しい空気に包まれていた。
武装した男達がざっと百人集まり、やれ「仇討ち」だの「やってやる」だの「ぶっ殺してやる」だのと口にしている。
あまりの異様さに近所の住民は雨戸を閉め切り、息を潜めるほどだ。
ジェイスとカズミが乗るジープがやってくると、ボロ屋に潜んでいた残党達が前へ出てきた。
「おはようございます」
カズミが日本語で挨拶すると、後ろの男達もといヤクザ達がざわめく。
「おい……日本語だぜ」
「せっかく、英語勉強してきたのに」
「流暢なもんだ」
「ヤンキーゴーホーム!」
「リメンバーパールハーバー!」
悪ノリを華麗に無視して、カズミは残党達と打ち合わせを開始する。ジェイスはジープに積んだ無線機をせっせと下ろす。
それから、指揮系統を一本化する。
ジェイスとカズミを襲撃隊の指揮官とし、残党達を部隊長に、それ以外のヤクザやチンピラが部隊員だ。
基本的に命令は上から下、進言は下から上。
報告は逐一すること。比嘉派の過半数を壊滅させるか、比嘉派リーダーの比嘉正夫を捕まえたら、襲撃作戦はそこで一旦終了。
ここまでカズミが残党へ伝えると、彼等は異論無いと返した。
準備していく過程で腹が据わったのだろう、目が闘志で燃えている。
ヤクザ達を運搬するトラックの荷台に無線機を置き、使い方のレクチャーを終えると、いよいよ出発の段階に入る。
「行くぞー!」
「おー!」
掛け声と同時に手にする得物を突き上げ、彼等は一体感を生み出す。
得物は白鞘の長ドス、米軍流出の拳銃、工兵の倉庫から盗んできたらしいダイナマイトまであった。
抗争という生易しいものではなく、市街戦の形相を呈することになるのが容易に想像が出来る。
だが、今更後には引けない。ジェイスは出発進行の合図をした。カズミがギアを操作し、車はゆっくりと進みだす。
ジープを先頭に、残党達が何処からともなく持ってきた旧日本軍のトラック八台が続く。
目指すはコザの街だ。




