深夜、港にて
ジェイスとカズミが売店前で話している頃。
本島北部、大宜味村。
深夜の漁村は光源に乏しく、波の音だけが低く響いている。
南の方でコザや那覇の街の灯りが煌めているも、喧騒は風に乗っても聞こえてこず、寂れ具合との対比で同じ島であるはずなのに何処か遠くの国の景色のようであった。
そんな村の港に、一隻の船が入ってくる。
見かけは木造のおんぼろ漁船であるが、唸るエンジン音は焼玉エンジンのポンポンと鳴るリズミカルな物でも、ディーゼルのガラガラとした物でもない。ガソリンエンジン特有の重く低く唸る物だ。
そのエンジンの正体は、零戦の栄エンジンを改造した物で、普通の漁船では到底出せない馬力を生み出せる代物である。普通の漁船に載せる物ではない。
それだけでなく、その船は漁船にしては不自然な点が多かった。
漁船にしてはアンテナが多く、船名表記も無い。甲板に漁具こそあるが、丁寧に置かれており直近で使われた形跡が無い。
所謂、不審船だ。
その船はゆっくりと港へ接岸した。
乗組員がエンジンを止め、村に向けて懐中電灯を五回点滅させる。
すると、集積場の前に停まっていた三代目ダットサン・ブルーバードが身震いし、ライトが光った。
運転手一人残し、三人の男が車を降りる。
男達は比嘉派の構成員だ。お世辞にも良い面とは言えない、極道面をぶら下げている。
おまけに三人揃って、ズボンの腰のあたりに拳銃を突っ込んでいた。
かつてこの地にいた日本軍将校が持っていただろう、南部 九四式拳銃とFN M1910。
米軍から流出したS&W モデル10の四インチモデルだ。
ヤクザ達が船のそばまで行くと、船の乗組員も二人姿を現す。日焼けした肌に薄汚れたランニングシャツを着た漁師風の中年男達だが、魚の臭いは身体から一切しない。
懐中電灯で合図をした乗員だけ、操舵席に残った。彼のヤクザを見下ろす冷たい目と、握るどころかトリガーに指を掛けて保持している南部 十四年式拳銃からヤクザとの関係性が薄っすらと覗える。
更に表に出てきた乗組員の一人は、ソードオフに改造した水平二連式散弾銃を手にしていた。
銃身と共に銃床も切り落として、持ちやすいように布が巻かれている。彼もまた、トリガーに指を掛けていた。
銃を持っていない乗組員が、持っていた麻袋をヤクザの足元へと放り投げた。麻袋の中身は三キロの覚醒剤だ。
比嘉派は船の男達を介して、市中に売りさばいている覚醒剤を仕入れていた。
M1910を持ったヤクザがしゃがんで中身を確認する。
「……確かに」
彼がそう言うと、後ろにいた九四式のヤクザが腕を伸ばしてぐるぐると回した。
すると、ブルーバードと向かい合うように停まっていた初代トヨタ・ハイエーストラックのエンジンが掛かった。
トラックはトロトロと、ヤクザ達を挟んで船の前に停まる。
荷台には米軍のウェポンキャリアがいくつも積まれていた。これらは、覚醒剤中毒の米兵の一部が支払いに用いた物で、この取引の代金であった。
有り金すべて吐き出しながらも、更なるクスリを求めるジャンキー達が価値ある物として差し出してきたのだ。
しかしながら、比嘉派は銃火器を始めとした兵器類を持て余していた。
特に銃等の小火器類はヤクザや麻薬関係なく流出しているので、値崩れを起こしている。
また、比嘉派が内で閉じた地元組織であることと、米統治下にある沖縄という状況が外の組織へ売ることをやりにくくしていた。
そんな時に、その事情を何処からともなく聞きつけた船の男達が現れ、取引を持ち掛けてきたのである。
トラックの乗員達がクレートを下ろし、乗組員が受け取って甲板へ運ぶを繰り返しているうちに荷台が空になる。
普段であればこのまま男達が船を動かして夜闇に消えるという流れであるが、今回は違った。
金を受け取った男が口を開いたのである。
「お前達……ここのところ、クスリを売り渋ってるそうじゃないか」
感情が読み取れない平坦な声であったが、ヤクザ達の間に緊張が走る。
同時に「耳が早い」と、心の中で毒気づく。
武器を持て余していたことを知っていた件といい、船の男たちは色々と本島の裏事情をよく知っていた。
「最初の約束、忘れた訳じゃないだろう」
最初の約束。それは男達が比嘉派に接触し、覚醒剤と武器との取引を申し出てきた時に交わしたものだ。
覚醒剤を売り渡すが、売り渡した物は確実に市中に流すこと。
一儲けしたかった比嘉派はそれをいちにもなく、了承した。
しかし、ここ三日の比嘉派は配下の売人を市中に出していないので、男達の言う通り売り渋りの形となっている。
「……忘れてない。だが、ちょっと憲兵が嗅ぎまわっててな。捕まったら、売る売らないどころの話じゃなくなっちまう」
言っていることに嘘偽りは無いのにも関わらず、モデル10のヤクザの口ぶりはどこか言い訳めいていた。
ジェイスとカズミの目を逃れるために売人を出していないのは本当であるが、実はもう一つ別の目的があるからだ。
なんてことはない。クスリが欲しくてたまらなくなっている中毒者達に、いつもより高い値で売りつけようとしているのだ。
中毒者はなんとしても対象物を手に入れようとするから中毒者なのであって、そんな連中ならどんな値段をふっかけようとも絶対に買うだろうという公算が比嘉派の中にはあった。
だが、荒稼ぎし過ぎて船の男達が心変わりをしないだろうかという心配から、ヤクザはそれを隠した物言いとなったあのである。
「……………………」
船の男達はしばらく黙っていたが、やがて金を受け取った男が口を開いた。やはり声は平坦だ。
「すぐに売りを再開しろ。さもなければ、我々は他の組織にクスリを売り込みに行く」
覚醒剤という稼ぎの一柱を担っている物が消えれば、組織がどのようなダメージを負うか計り知れない。
現場の独断ではあったが、ヤクザ達は男達の言葉に了承した。
男達は黙って礼をし、そのまま船で夜闇の中に消えていった。




