甘く冷たい告白
売店の外には買い食い用のベンチがあり、アイスを買った二人はそこへ腰かけた。
ジェイスは蓋を開け、ちゃっちい木のスプーンでアイスをすくう。
豊かな甘い香りが鼻を抜け、心地よい冷たさが喉を流れていく。くどいほどの甘味料が、今はじんわりと胃臓へ染みる。
(アイス食ったのも久しぶりだな)
心の中で独り言ちながら、再びスプーンを口へ運ぶ。
ふと彼が隣を見れば、カズミも幸せそうな顔をしてアイスを舐めている。見ている己まで、表情筋が緩んでくるような顔だ。
「やっぱり、これですよ」
「……そうか」
返事をしたジェイスの顔を観察するカズミ。態度はともかく、顔色はかなりよくなっているのが確認出来た。
それから二人は、無言でアイスで向き合う。
カップを空にしてから、二人は何をするでもなく漫然としていた。カズミはときおりジェイスへ視線を向けていたが、ジェイスは煙草を咥えもせずボーっとしている。
どう話しかけようかカズミが迷っていると、ジェイスが先に口を開いた。
「……ありがとう。外に誘ってくれて」
外を歩いていくらか気分が晴れ、甘い物を口にして人心地付いたことで言葉が滑り出てきたのだ。
ぶきっちょな言葉であったが、カズミには十分と伝わった。
「落ち着きました?」
「ああ」
「よかったです、誘って」
二人揃って、表情を崩す。
「悪いな、気を遣わせてしまって」
「いえ……」
ここでまた無言の間が生まれるも、先程よりも二人の中に漂う空気は軽くなっていた。
だが、ある瞬間からジェイスの目に迷いの色が浮かんだ。そして、チラチラとカズミの様子を窺う。
彼は彼女に、今回の不調の原因である自分のトラウマを打ち明けようとしていた。
出会って三日目の自分に対し、いくら仕事のパートナーとはいえここまで親身になってくれる人物は初めてであった。
そんな彼女に心配させるだけさせて、何も打ち明けないのはフェアではない。
というような罪悪感から来る気持ちと、まだ消化しきれていない澱を彼女に話すことで溶かそうとする逃避の気持ちがジェイスの心の戸を開かそうとしているのである。
そんなジェイスに気がつかないまま、カズミは軽やかな動きでベンチから立ち上がる。
「じゃあ、戻りましょうか」
それを聞いて、ジェイスの目から迷いが消えた。
言うべきではないかもしれない。でも、この機を逃したら言う機会を失う。
「ええい、ままよ」とばかりにジェイスはカズミの袖を掴んだ。
「……いや、ちょっと待ってほしい」
ジェイスが口を開くと、カズミは首を傾げる。
「どうかしました?」
「君に、話しておきたいことがあるんだ」
真剣な眼差しを前にしたカズミは、またゆっくりとベンチへ腰かけた。内容の想像は彼女には付かなかったが、伊達や酔狂の類ではないのは察せられる。
「……聞きましょう」
彼女もジェイスの真剣さに応えて己も真剣な眼差しで彼を見返す。
この時、ジェイスは初めて自らの意志でトラウマを話し始めた。自身の弱みを、他者へ晒したのだ。
話を聞き終わったカズミが開口一番に言ったのは。
「まずは……話してくれて、ありがとうございます」
感謝の言葉であった。
男、それも軍人という強いマッチョ意識を持っているであろうはずのジェイスが、自らの意志で弱みを晒したということを彼女はまず重要視したのである。
「……悪いな、こんな話聞いてもらって」
ジェイスは心底申し訳なさそうな顔をするが、カズミは穏やかな表情を崩さない。
「気にしないでください。むしろ、色々と腑に落ちました」
カズミはジェイスのトラウマ由来の不審な挙動を何回も目撃している。理由が分からないうちは困惑するしかないが、理由が分かればなんてことはない。
「この場で『辛かったですね』って言うのは簡単ですけど……なんだか、薄っぺらいですよね」
「いや、そんなことはない。静かに聞いてくれただけで有り難いのに、そこまで思ってくれたら御の字さ」
ジェイスの気持ちは本物であり、申し訳なさそうな顔とは裏腹に心はかなり軽くなっていた。
長いこと封じていたモノを解放しただけでなく、それに共感まで示してくれるのだから当たり前ではあるが。
「なにせ、プロフェッショナルって面しておきながら、その実、仕事に私情を挟んでいた訳だからな。『それでもプロですか』って罵られるくらいは覚悟してたんだ」
「そんな……そんな訳ないじゃないですか。プロだって、私情やら感情はあるんですから、それを無にするのは難しいと思います。トラウマだって、二・三日で忘れるなら、それはもうトラウマじゃないですし。……なにより、私情を挟んでいたって、ジェイスさんはキッチリと仕事しているじゃないですか!」
熱っぽく、誰にともなく言い聞かせるような口調でカズミは言い切った。
「……偉いですよ、貴方は」
聞いていて段々と恥ずかしくなってきたジェイスは、照れ隠しで「よせよ」と言いながら顔を背ける。その頬は少し赤くなっていた。
女、それも年下の女から純粋に褒められることなど滅多にない。故にジェイスは柄にもなく赤面していた。
「……本当に、偉いです」
顔を背けていたせいでジェイスには見えなかった。そう言うカズミの顔に濃い自嘲の色が滲んでいることに。




