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仇討の島  作者: タヌキ
29/50

提案

 そんな時、会議室のドアが開かれた。


「ジェイスさん、無線機の件、話付きましたよ」


 使いに出していたカズミが返ってきたのだ。彼女も彼女で精神的なダメージを追っていたが、ジェイスに比べれば軽い。というより、心に負った傷の部位がジェイスとは異なるからであるが。

 なので、衝撃的な光景を前にしても必要以上にメランコリックな気分にはならず、キビキビと動けたのだ。

 そんなカズミが目にする、今のジェイス。

 青ざめた顔をしてGIコルトを見つめる彼は、明らかに危うい空気を纏っていた。

 カズミは跳ねるようにしてジェイスに近づくと、その手から拳銃をもぎ取る。拳銃はあっけなく彼の手から離れた。


「ジェイスさん!」


 カズミは拳銃をテーブルへ放り、ジェイスの肩を掴んで揺さぶる。それによって、ジェイスは我に返った。


「……すまん、カズミ。水、取ってくれないか?」


 ジェイスは左手で頭を抱えながら苦しく息を吐き、水差しを指さす。言われた通り、水差しの水をコップへ注いで彼へ差し出すカズミ。

 それを一息で飲み干すジェイス。再び吐き出された息は、若干和らいでいた。顔色も幾分か戻っている。


「……すまん」


 だが、声は弱々しいままであった。

 カズミは隣の椅子へ腰かけ、すぐそばにあったファイルをジェイスから遠ざける。流石は出来る女と言うべきか、彼女は何があったかを大体察していた。

 基地に戻ってからのジェイスの様子が、だいぶおかしかったというのもあるが。

 このままではマズい。直感でそう思った。

 吸殻が溜まった灰皿から発せられるヤニの臭い、マグカップに染みついたコーヒーの匂い、湿気た暑さを嫌って冷房を利かすために閉め切られた室内。

 何処のオフィスも似たようなものであるが、カズミにはこの会議室だけ空気がかなり淀んでいるように感じた。


「ジェイスさん……その……ちょっと、歩きません? 気分転換に」


 ここの空気を吸わせ続けるのは心身ともに良くないと判断し、カズミはジェイスを外へ連れ出すことにした。

 ジェイスはというと、カズミの提案にすぐには乗らなかった。何故かは分からなかったが、躊躇してしまったのだ。

 だが、彼の理性は今のコンディションが良くないと理解しており、それが一押しとなって最終的には首を縦へ振らせる。


「ああ……」


 立ち上がりざまにジェイスの手は自然と置かれたGIコルトへ伸びるも、その手をカズミは掴んで止めた。


「置いていきましょう。憲兵隊のオフィス内ですから盗まれもしませんし、基地内だから襲われもしませんよ」


 カズミの弁はもっともであったが、今のジェイスの心は銃を欲していた。

 治安の問題ではない。酷い言い草になるが、赤子がおしゃぶりを欲するのと同じ欲求だ。

 縋るような眼でカズミを見つめるジェイス。しかし、彼女の意志は固かった。

 逆に真剣な目で見つめ返され、戸惑うジェイス。


「じゃあ、こうしましょう。何かあったら、私の拳銃使ってもいいです。だから、今だけは自分の拳銃を置いていきましょう」

「……それじゃあ、君が困るだろ」

「大丈夫です。何かあったら、ジェイスさんが守ってくれるって信じてますから」


 それが、ジェイスの善意に漬け込んだ卑怯な説得であることはカズミが一番分かっていた。

 ジェイスも彼女の説得に対して卑怯だと思った。

 互いに卑怯だと思いながらも、二人はそれぞれに自分を納得させる。


「分かった」


 ジェイスは少しだけ笑って、GIコルトから手を遠ざけた。


 相変わらず外は湿気を含んだ暑さであったが、太陽が無い分体感温度は低く感じる。

 トラックが吐き出す排気ガスなどで空気はお世辞にも綺麗とは言えなかったが、ときおり風が吹くだけ閉じられた会議室より何倍もマシだ。

 ジェイスの肺が二度大きく膨らみ、澱の様に溜まっていた会議室の空気を排出させる。

 これによって、彼の胸は幾分か軽くなった。


「……何処に行く?」

「適当に歩きましょう」


 先立つカズミについていく形でジェイスは歩く。

 しばらく歩いていると、彼はこうしてアテもなくブラブラするのが記憶にも乏しいぐらい久しぶりであったことに気がついた。自分が常に前か後ろしか見ていなかったことに。

 ジェイスはなんとなく上を見上げてみた。

 基地の灯りに照らされて星の光は消されてしまっているが、月は昔と変わらずそこで輝いている。

 ジェイスはふと、去年行われたアポロ11号の月面着陸のことを思い出した。それこそ、去年の今頃であったはずだと。

 テレビから流れる月からの生中継。アームストロング船長が言った言葉が蘇る。


「これは一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍である」


 あの時に大きな飛躍をしたはずの人類は、相も変わらず戦争を続けて犠牲者を無為に増やし続けている。

 そして今日も、犠牲者がジェイスの目の前で死んだ。途端に彼は、自分がやっていることに虚しさを覚えた。

 いくら麻薬を撲滅させたところで、戦争は終わらないし消えない。必然的に、擦り切れた兵士も減ることは無い。

 ならば、自分がやっていることはなんなのだろうと。

 いたちごっこか。いや違う、あれは事象に追い縋れている。こちらは追い縋るどころか、差がどんどんと開いていく。山火事に挑むハチドリのようなものだ。


「――ジェイスさん!」


 カズミの声で思考が中断される。慌てて視線を下ろすと、彼女の顔はジェイスのすぐ下にあった。

 ある時から上を向いたまま立ち止まってしまったジェイスを心配し、カズミは引き返してきたのだ。


「……何、考えてたんですか?」

「人類が愚かって話」

「また変なこと考えて……」


 カズミは困ったような呆れたような表情で考え込み、また提案をした。


「じゃあ、ジェイスさん。アイスでも食べましょう。暑いですし、疲れている時には甘い物が一番ですから」


 そう言うカズミに促されるがまま閉店間近であった売店に駆け込み、冷蔵ケースの中を覗く。

 日本製のアイスキャンディーと昔懐かしのカップアイス、如何にもアメリカ人御用達なバケツアイスまである。

 カズミは少し迷ってからブレヤーズのバニラアイスを手に取った。


「色々あるのに、結局、これ選んじゃうんですよね」


 彼女は照れながら、そう言った。


「ジェイスさんは、何にします?」


 カズミに促されて冷蔵ケースへ一瞥寄こしたジェイスであったが、悩むのにも体力がいるので早々に彼は思考を放棄する。


「君と同じのでいいよ」


 ジェイスの投げやりな物言いにカズミは少し寂しそうな色を顔に滲ませたが、すぐに気を取り直してアイスをもう一個ケースから出した。

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