5.56mm フルメタルジャケット
なんとか無線で応援を呼び、せっかくマイクを取ったのでスピーカーに切り替えて投降を呼びかけた。
「そこの男! 武器を捨て、投降しなさい!」
だが、返ってきたのは鉛弾であった。
フロントガラスが割れ、破片がジェイスとカズミに降り注ぐ。
ジェイスは冷静に頭の破片を払い落し、煙草を咥えた。
「聞く耳、無しか」
「ですね」
二人はもはや諦めの境地に至っていた。現在の装備や状態では、どうしても対処が出来ないからだ。
マイクで呼びかけるのが精々である。
ジェイスは煙草に火を点け、カズミの方へ掌を差し出した。
「マイク、借りてもいいか?」
「ええ……。でも、あの様子じゃ……」
「『押して駄目なら、引いてみろ』って言うからな。試してみるだけ、試してみよう」
カズミからマイクを貰い、ジェイスは声を吹き込んだ。
「そこのお前! お前さん、『クスリが欲しい』って言うが、なんでクスリが欲しいんだ?」
毛色の違う呼びかけにM16男は一瞬驚いたようだったが、すぐに「うるせぇ!」と怒鳴り返す。
「そんな質問、何の意味も無い! どうでもいい! 早くクスリを寄こせよ!」
取り付く島もないといった具合だが、ここで「はい、そうですかい」と引き下がる訳にもいかない。
「まぁ、そう言うな。別に話すぐらいいいだろう。減るもんじゃないし」
こうして押し問答をしていると、男が痺れを切らして話し出した。
「イヤな記憶全部、忘れたいからだよ! いいから早く寄こせ、クソッたれ!」
「イヤな記憶、ね……」
ジェイスの脳裏に、血に沈む父親の姿が浮かぶ。
嫌な記憶から逃れたいのはお互い様であり、それ自体は決して悪いことではない。M16男の場合は方法がよろしくないだけだ。
もっとも、ジェイスだってあまり褒められない方法で忘れようとしているが。それ故に、彼は男へなんとなくシンパシーを抱いた。
「なぁ! その気持ちは分かるし、同情もするよ。だが、麻薬は良くないんじゃないかな?」
「うるせぇ! 俺だって……俺だって、そんくらい分かってんだよ!」
この時、男の言葉に僅かながら涙が混ざったのを、ジェイスは聞き逃さなかった。
「麻薬なんてよくないって! けど、しょうがないだろ! 忘れられないから! 思い出しちまうから!」
「何を!」
「ベトナムだよ!」
男の悲痛な叫び。ジェイスは自分の迂闊さを恥じた。
ヤクザの方に集中するあまり、本題の方に対する意識が薄くなっていた。
「お前らに分かるか! いつ襲われるか分からない恐怖が! トラップに引っかかって苦しみながら死んでいった仲間の声が! 死体が発する臭いが!」
声が段々と湿り気を帯びていく。
「国に帰ろうにも、俺達のことをヒッピーや何も知らないインテリのクソガキ共が、『ベイビーキラー』だと罵ってくる! 腫れ物扱いだ! 俺の親父や爺さんは、戦争から帰ってきたら英雄扱いだったのに! なんなんだ! なんなんだよ!? オイ! なんとか言えよ!」
ジェイスとカズミが、男の様子を覗き見る。彼は滂沱しながら、M16を振り回していた。
泣いて喚いて、手を振り乱しているのに銃を手放していないあたり、男のベトナムでの経験が壮絶であったことが窺い知れる。
「麻薬で誤魔化さなきゃ、やってらんねぇんだよ! 後方に行かせてくれって頼んで、ようやくベトナムから帰れたのに! アメリカも安息の地じゃなかった……オレは……オレは……何処に行けばいいんだよ……」
男はとうとう、子供の様に泣きじゃくりだした。その様はとても綺麗とは言えない。
無様で見苦しく、醜い。だが、ジェイスは無論それらに一番敏感な若い女であるカズミですら、嫌悪を抱いていなかった。
抱けない。抱いてはいけない。二人の心中は不思議と一致していた。
しかしながら、同情はしても憐れんではいけない。可哀そうでも、相手は犯罪者なのだから。二人はそこも同じく一線を引いていた。
「………………」
ジェイスは咥えていた煙草を、アスファルトの路面で丹念にすり潰す。それから、マイクを口へ近づけた。
「何処にでも、行けばいいさ。何処にでも行けるなら」
「……あん?」
「お前さん、故郷に家族いるか? 親じゃないぞ。養い、守るべき家族は?」
「……いない、嫁も、子供も……いない」
「だったら、何処にでも行けるじゃないか。一か所に留まらずに、好きなように好きなだけ、行きたいところ、行ってみたいところに」
「……………………」
「俺が知ってる奴は、それが出来なかった。出来ずに、一か所に留まって、苦しんで、人を苦しめて、挙句苦しませていた嫁に刺されて死んだ」
カズミの視線がジェイスへと向けられる。今まで彼が口にしていた言葉から、やや毛色が違うのを彼女は敏感に感じ取ったのだ。
「アイツは逃げられなかったんだ。苦しみから逃げることが出来なかった。だが、お前さんは逃げようと思えば、いくらでも逃げられる」
「……無責任なこと、言うな」
男の声に怒気が滲む。ジェイスの言葉が、通り一遍の説得文句に聞こえたからだ。
「無責任じゃない。お前は何処にでも行く権利があるのは本当だ。だが、その権利を行使するのに麻薬は必要ない。だから、俺達に捕まれ。捕まって、刑務所行って、麻薬抜いて、罪を償って、シャバに出てくるんだ。出てきたら、俺を頼ってくれ。俺は、陸軍第三軍団憲兵隊、グッドスピード二等軍曹だ。女に縁が無いもんでそっちは無理だが、それ以外、家でも就職先でも、違法な物以外はなんでも紹介する。何処でもいい、渡りをつける」
「……………………」
男の瞳が僅かに揺れる。
「だから、銃を置いてくれ。俺も銃を置こう」
ジェイスは手にしていたGIコルトを、安全装置を掛けた後ジープの座席へ置いた。
「これで俺は丸腰だ。だから、そっちも銃を置いてくれ。頼む」
祈るように言うジェイス。
言葉の真意を読めずとも、銃を放棄したことだけは紛れもない事実だ。その事実を男がどう解釈するか。
鬼が出るか蛇が出るか。賭けよりも分が悪い、祈りでしか対応できない状況だ。
男が口を開く。
「頼って……いいのか?」
ジェイスがその言葉に肯定で返そうとした、その時であった。
サイレンを鳴らしたジープが何台も、走ってきた。
要請していた応援がやって来たのである。ジープはタイヤを鳴らして止まり、乗っていた憲兵隊員は拳銃や散弾銃、カービンの銃口を男へ向けた。
「撃つな! 止めろ!」
ジェイスが叫ぶが、遅かった。
男は自身に向けられた数々の銃を認識するや、反射的にM16の銃口を咥え、引き金を引いた。
銃口より噴き出した高圧ガスによって、口から上が膨張し爆裂する。破壊された組織を弾丸が掻き分け、空へと消えていく。
M16が地面に落ち、プラスチック製の銃床が軽く乾いた音を立てる。少し遅れて魂亡き肉体がそれに覆い被さるように崩れ落ちた。




