第16話
早朝——王都の衛兵が数人、山中を黙々と進んでいた。皆が緊張した面持ちだ。
衛兵たちが目指しているのは、亜人で構成されあ盗賊団《疾風の爪》が塒にしている山小屋だ。情報源はパターソン商会の会長、ルーカス・パターソンだ。
そのルーカスは早朝、シアンから報せを受けた。昨夜からイザークが宿屋に戻っていないこと、ぼろ布で覆った荷車を引く怪しい亜人が目撃されたことを。おそらくこちらの目論見が気付かれ、イザークは盗賊に拐われたのだろう。
一刻の猶予もない。泳がされたと知れば、盗賊たちは塒を離れるに違いない。イザークの安否も心配だ。
そう判断して、ルーカスは《疾風の爪》の塒を衛兵に伝えた。闇商人については諦めるしかない。
とはいえすでに、盗賊たちも立ち去っているかもしれないが。
山小屋が見えてくると、衛兵たちは腰の剣を抜き、息を殺して近付いた。
静かだった。すでに立ち去った後かも知れない。
西側の窓は、激しく破損していた。地面に破片が散乱しているところから、内側から壊されたものと思われる。
盗賊が自ら行ったのか、それとも――。
頭に引っかかりを覚えつつも、仲間と足並みを揃えて山小屋の扉の前に来る。
耳を澄ませても、やはり物音一つ聞こえない。
扉に手をかけ、開く。その先に、答えはあった。
見渡す限りの鮮烈な赤、噎せかえるような血の匂い――あちこちに散らばった、何かの残骸。
衛兵の一人が口元を抑え、青ざめた顔で外へ飛び出す。その場に留まった者も、ようやく脳の理解が追い付く。
それらの残骸が、かつて《疾風の爪》の盗賊であったモノたちだという事実に。
裂かれ、抉られ、砕かれ、千切られ、貪られ――どの死体からも、生前の面影を認めるのが困難だった。尊厳を徹底的に踏みにじられ、見るも無残な有様だ。
そんな正視に堪えない光景を目の当たりにしながらも、衛兵たちは気力を振り絞って中へと入った。
ぴちゃりぴちゃりと、血溜まりを踏む音だけが聞こえる。目を背けたくなるものの、最低限の状況は確認しなければならない。
「こっちだ! 生きてるぞ!」
声がした方に行くと、そこでは竜人族の男が仰向けになっていた。白目を剥き、失禁もしているものの胸は上下している。負傷した様子もなく、ただ気絶しているだけのようだ。
「他にも生存者がいるかも知れないな」
奥の部屋に繋がる扉へ足を向ける。そこにもまた一つ、死体があった。
他の盗賊たちと同じく損壊が激しいものの、どうやら豹の獣人であるようだ。
右手にもう一枚、扉がある。気を引き締め、壁を背に扉を開けると、手足を縛られた犬の獣人がいた。
「もう一人見つけたぞっ!」
重傷で意識はないものの、犬の獣人は生きているようだ。
あらかた調べた結果――生存者は二人のみ、犯人の行方は不明だった。
『犯人』という表現が適切であるかも疑問が残る。現場の状況から、理性のない野獣が目についた獲物を片っ端から襲ったように窺えるからだ。
ここで何が起きたかは、盗賊仲間であろう竜人族が目を覚ましてから聞けばいい。酷い怪我を負った犬の獣人も、早く診療所に連れていかなければ。
そう決めて、衛兵たちは迅速に行動を始めた。
王都に来てから、何度目かの朝を迎えた。
クロエは、自身の左腕をまじまじと見つめていた。手のひらを握って開き、指を動かす。腕を軽く回してみる。違和感なく体に馴染んでいる。
あれからたった数日で材料を用意して作業に取りかかり、この仕上がりだ。メラニーの腕前には脱帽するしかない。師であるグレンの教えだけではなく、彼女自身の才能もあるだろう。
(とはいえ、こちらの心は休まらなかったけど......)
メラニーの思わせ振りな言動に惑わされ、クロエは精神的に疲労していた。彼女の考えていることは結局、分からないままだ。
(俺みたいな凡人には、想像も出来ないことなんだろうな)
彼はそう結論付けた。とにかく左腕は問題なく直った。ようやくソフィーたちに会える。
やってきたタニスと開店準備を済ませると、メラニーは二階の工房に上がりクロエを抱える。モニカたちの泊まる宿へ、人形を届けに行くのだ。不在であれば、店主に預ければいい。
「人形を届けてくるよ。店番頼んだからね」
店を出る前、カウンターに座るタニスヘ声をかける。
「無論だ。役目を怠るつもりはない」
大仰な仕草で、タニスは胸に手を当てる。
彼女の芝居がかった言動は、クロエがこの店に来たときと変わらない。メラニーの反応を見るに、これが彼女の素というわけでもなさそうだが――誰かの影響でも受けているのだろうか?
あまりに堂々としていて、凛とした顔つきのため妙に様になっているのが始末に負えない。
「じゃあ行ってくるよ」
メラニーも面倒になったのか、特にもう触れることもなく店を出る。
宿屋につき、受付にいる店主に声をかけた。
「おはよう。修理を頼まれた人形を届けに来たんだけどさ」
メラニーがモニカとソフィーの特徴を伝えると、
「あの母娘か。さっき衛兵が来て、慌てた様子で出ていったよ」
「衛兵が?」
メラニーは困惑の表情を浮かべる。
「ああ。連れの獣人が重傷で見つかって、診療所に運ばれたとか」
(連れの獣人って......え?)
まさかとは思うものの、該当するのは一人しかいない。
(イザーク、が? 何で?)
自分がいないところで、また厄介な事件が起きていることに、このとき初めてクロエは知ったのだった。




