第15話
店内が騒がしい。客同士が揉めている。一人が殴られて、テーブルがひっくり返る。
「出てけ! 店のモン壊すな!」
店長が怒鳴り、用心棒である熊の獣人が二人を摘まみ出す。
「......で、よう。どうだよオマエ?」
一緒に飲んでいたオーディの声に、そちらへ向き直る。
「どうだ、とは?」
「だからよぉ......仲間にならねぇかって話じゃねぇか」
『仲間』というのは盗賊団『疾風の爪』の仲間のことだろう。
人間関係の構築には時間が必要だ。それは亜人同士でも変わらない。『急いては事を仕損じる』というわけだ。
だからイザークは初日以降もこうして飲みながら、オーディのたわいもない話に付き合った。まずは信頼を得ることだ。酒は互いの距離を縮める手段に過ぎない。
「つっても俺は下っ端で決定権はねぇんだ。お頭次第だな」
「どういう者だ? そのお頭は?」
「お頭は強いやつが好きだ。強くて使えるやつがな。だからオマエがそれをどう示すかだ。俺からの助言はそれくらいだなぁ」
なるほど、と頷いてイザークは酒を口に含む。
「話はしとくがよ、言った通り俺は下っ端だ。会えるかどうかは分からねぇから、そのつもりでいろよな」
「.........」
イザークはこめかみを抑える。頭がぼんやりとしてきて、目蓋も重い。
(何だ......?)
急な眠気だ。酒には強い、じしんがある。こんな事態になったことは、一度たりともない。
(......まさか)
隣に座っている、オーディを見る。
酒に何か――睡眠薬の類でも入れられたか? 店内で起きた喧嘩に気を取られた、その隙に?
(油断したか......)
己の失態を悔いるうちに、イザークの意識は途切れた。
「.........っ!?」
冷たい水を浴びせられる。口内と鼻腔に侵入し、激しく咳きこむ。
「いつまで寝てやがんだ? 起きろよ」
野太い声に目を開ける。目の前では金色の鬣の獅子の獣人が、イザークを見下ろしていた。
周りは数人の亜人によって囲まれている。両手両足を縛られ、身動きがとれない。
ここはどこかの小屋のようだ。盗賊たちの隠れ家だろうか? 壁も床も天井もボロボロだ。
囲む亜人たちの中には、オーディもいた。
(お見通しというわけか......)
おそらく睡眠薬でも盛られたのだろう。客同士の揉め事に、気を取られている間に。己の迂闊さに、イザークは歯噛みする。
「人間ってやつぁよ。つくづく俺らを脳みそまでケダモノだと思ってやがるなぁ」
獅子の獣人が、再び口を開く。
「バレてんだよ全部。俺らを泳がしてたつもりなんだろうがよぉ、テメェの飼い主は。なぁイザーク」
(オレの名前まで知っているのか......)
こちらの手の内はお見通しだったらしい。所詮は盗賊と甘く見ていた。
「闇商人との関係を嗅ぎ付けたんだろうが、テメェが寝てるうちに取引は終わっちまったよ。残念だったなぁ」
頭領はイザークの前に屈み、頭を掴んで顔を覗く。
「なぁ、テメェは今の自分で満足かよ? 人間にいいように使われて、誇りはねぇのか?」
「無抵抗の人間を群れで襲う卑怯者が、誇りを語るのか?」
獅子の獣人の問いに表情を変えず、イザークは言い返す。周囲の亜人が青筋を立て、彼を口汚く罵る。
「へぇ。なかなか威勢がいいじゃあねぇかよ」
頭領はにやりと笑い、顔を引くと――イザークの顔面に頭突きをした。
「ぐっ......!」
視界に花火が飛び、反動で仰向けに転がる。鼻血が噴き出し、床へ滴る。両手を縛られているため、顔を抑えるのもままならない。
「度胸は買うけどよぉ。少しは理解した方がいいんじゃあねぇか? 自分の置かれてる状況ってやつをよぉ」
脇腹に足が食い込む。息が止まる。肋骨が折れただろうな、とイザークはやけに冷静に思った。
「テメェの命をどう扱おうがよぉ、このオレの気分次第なんだぜぇ?」
顎に蹴りが入る。苦痛に喘ぐ間もなく、次々と攻撃がくる。
「テメェだけじゃあねぇ。テメェの連れの女と、その娘。俺らは把握してんだぞ」
モニカとソフィのことだろう。途端、イザークの体がカッと熱くなった。
怒りに身を任せるままに、力を振り絞り――荒縄を引き千切ってみせた。
「へぇ……」
感心した様子の頭領へと、拳を振り下ろす。
冷静さを欠いた、イザークらしくない行動だ。
「ちぃっと驚いたがよ。残念だったなぁ、おい」
だが頭領は、彼による決死の攻撃を難なく躱してみせた。
獰猛な笑みを浮かべ、無防備となったイザークの頭部に拳を叩き付けた。受け身も取れず床に激突する。
(こいつ、本当にただの盗賊か......?)
そんな疑問を最後に、イザークの意識は闇へと落ちていった。
夜も更けると山中は虫の音を除き静かなものだが、そのボロボロの山小屋の中だけは、酔いが回った盗賊たちの笑い声で騒がしかった。闇商人との取引が成功した祝杯をあげているのだ。
「本当に殺さないのか……頭は」
奥の部屋で今後について話し合っていたギランが、ちらと壁際の扉を見て言った。物置になっているその部屋には、気を失ったイザークを再び縛って放り込んでいる。
「あん? イヌっころのことかぁ?」
相変わらずこいつは言葉足らずだと、コルヴァスは思う。淡々と喋る様子は、責めるでもなくただ事実のみを口にしただけに見える。
亜人だけの盗賊団《疾風の爪》に最初に加わったのが、他ならぬこのギランだった。以来、コルヴァスの片腕として行動を共にしてきた。
「殺る必要ねぇだろうよ。どうせこのアジトとも夜が明けたらおさらばするんだぜぇ? あいつの雇い主が気付いた頃には、もう手遅れなんだからよぉ」
「今回に限らず、これまでのこともそうだ」
「何度も言わせんじゃあねぇよ。金目の物と尊厳はともかく命だけは取らねぇ。それが俺の流儀なんだからよぉ」
自分のやり方に不満を持つものがいるのは把握している。それでもコルヴァスは考えを改めるつもりは毛頭ない。
「むかついたらぶっ殺せばいいってか? それじゃあクソ人間どもとどう違ぇんだ? やつらみてぇに、心までケダモノになれってぇのか?」
コルヴァスは傭兵だった。《黄金獅子》などという異名で呼ばれ、恐れられるほどだった。今では彼をそう呼ぶ者はいない。所詮は過去のことだ。
同じ獣人の女性との結婚を機に、傭兵家業からは足を洗った。平凡ではあるものの満ち足りた生活を送っていた。
そんな生活を永遠に奪ったのが、人間という種族だった。
ある日――妻が買い物中、人間の男からスリに遭った。相手を捕まえて問い詰めたところ、隠し持っていたナイフで首を刺されて命を落としたのだ。
衛兵に犯人を捕まえるよう頼んでも、ぞんざいな態度であしらわれた。その衛兵が獣人差別主義者だと、後になって知った。
獣人に生まれたというだけで、このような理不尽に耐えなければならないのか? 彼にはとても受け入れられなかった。
最初は妻を手にかけた犯人を殺してやるつもりだった。だがコルヴァスはふと思い直した。
(身勝手に命を奪う……それじゃあ妻を殺したやつと変わらねぇじゃあねぇか)
犯人と同程度まで堕ちるなどごめんだ。コルヴァスは自力で犯人を捜し出すと、両手を切り落として放置した。命はあるものの、これでまともな生活を送ることは叶わないだろう。
だがコルヴァスの気が晴れることはなかった。人間たちに思い知らせてやらなければ――奪われる側の苦しみと屈辱を。そのために彼は盗賊になったのだ。
「気に食わなけりゃあ、いつでも抜けて構わねぇんだ。俺はよぉ」
来るもの拒まず、去るもの追わず。《疾風の爪》の頭領は自分だ。この自分がルールであり、それに文句があるならどこへなりとも行けばいい。
「この話はヤメだ。酒がマズくならぁ」
「分かった。それで、こっちも開けるか?」
そう言うギランが掲げたのは、上位貴族と取引をしている商人を襲い、手に入れたワインだ。
「いいじゃあねぇか。せっかく取引が上手くいった祝いなんだからよぉ」
コルヴァスの言葉に頷き、ギランがワインを開けて杯に注ぐ。
「さすが貴族様ご用達のワインだなぁ。色も香りも上等じゃあねぇか」
上機嫌に杯に口をつける。その様子をギランは表情を消して見つめていた。
前話における黒猫の名前を『ネロ』、女神の名前を『ビアンカ』に変更しました。




