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転生人形クロエ  作者: 黒砂糖
第三章
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第14話

 父はパンを焼き、母は接客をする。二人の息は完璧といっていいほど合っている。

 これが『夫婦』――これが『家族』なのだろう。マーシャ・レンデルにはそれが眩しく、羨ましく思えた。


 パン屋を営むこの夫婦の元へ養子に来てから、ふた月が経過していた。

 自分もいつか彼らのような『絆』を築くことが出来るのかどうか、『家族』になれるのか、心に根差した不安がいまだにマーシャを悩ませている。

 これからずっと二人と長い時間を過ごしていく。いい加減に馴染まなければと焦るものの、内向的で受け身な性格のため思うようにいかない。

 だがいつまでもそんな風ではいられない。自分も変わらなければいけない。

 

片隅に置かれたパンで詰まった紙袋を、ちらりと見る。マーシャが育った孤児院への差し入れとして用意されたものだが、客足が途絶えず二人ともなかなか手が空かない。


 「あ、あの……」


 勇気を出して、養父に声をかける。


 「ん? どうしたんだい?」


 忙しいにもかかわらず、養父は嫌な顔一つしない。その様子に、マーシャもほっとする。


 「これ、わたし……も、持っていきます……」


 と、紙袋を示す。養父は目を丸くして、


 「一人で? しかしなぁ……」


 気持ちはありがたいものの、危なくはないか心配しているのがありありと窺える。


 「だ、大丈夫です……。わたし、手伝いたくて……」


 何とか役に立たなければ――本当の『家族』になるために。


 養父は目を丸くした。普段はほとんど我を通すことのないのだから、当然の反応だ。


 「分かった。気を付けていっておいで」


 迷いつつも、義理の娘の意思を尊重することに決めたようだ。マーシャはそんな養父に感謝して、紙袋を持って店を出た。


 紙袋をしっかりと両手で抱え、大通りを進む。通行人にぶつからないよう気を付ける。

 孤児院までの距離はたいしたことはなく、幼い彼女の足でも往復するのに支障はない。なにしろ会おうと思えば会いに行ける距離なのだから。それでも父が心配するのは、多少なりとも過保護な気があるからだろう。


 孤児院まで問題なく到着した。質素ではあるが、暖かみのある建物がマーシャを迎える。外の畑では子供たちが水やりをしており、マーシャに気付くと手を止めてこちらへ駆けてくる。


 「マーシャちゃ~ん! 久しぶり~!」


 「わぁっ! 美味しそうなパンがいっぱい!」


 「待ってて! 院長先生呼んでくるね!」


 年下の子は紙袋のパンに目を輝かせ、年上の子は院長を呼びに走っていく。

 やがて前掛けをした初老の女性が歩いてきた。彼女がこの孤児院の院長である、ナタリア・コリンズだ。そしてその少し離れた後ろから、一匹の黒猫がついてきている。


 「あら? 今日は一人で来たの?」


 「......はい。あ、あの......これ」


 少し驚いた様子の院長に、マーシャは抱えた紙袋を渡した。


 「ありがとう。重かったでしょう?」


 「だ、大丈夫です......」


 そこでマーシャはこちらを見つめる黒猫の前で屈む。


 「ネラ......元気にしてた?」


 訊ねる彼女に黒猫はにゃあと鳴く。まるでこちらの言葉が分かっているようだ。

 雄の黒猫であるネラは、マーシャが孤児院にくる前からここに居着いていた。とても賢い猫で大人しく、手が掛からない。孤児院の子供はみんな、ネラのことが大好きだ。


 「さ、中に入って。 おやつにしましょう」


 ナタリアの言葉に、小さい子供たちは「わ~いっ!!」、「おやつ! おやつ!」とはしゃぎながら孤児院の建物に駆け込んでいく。


 「ネラも......一緒に行こう?」


 手を差し出し、嫌がる様子がないのが分かると、マーシャはネラを抱き上げる。撫でるとゴロゴロと嬉しそうに喉を鳴らした。


 孤児院にいた頃は掃除や洗濯などの役割を与えられて、必要とされている実感を得ることが出来た。ここにいていいのだと、そう思うことが出来た。


 今の両親は善良だ。だからこそマーシャは、レンデル家においても必要とされる存在に『なりたい』――いや、『なろう』と改めて決心するのだった。






 今日もソフィーはミアと遊びに行っている。リシューにいたときより楽しそうで、モニカとしては複雑な心境だ。娘に必要なのは、同年代の友達なのだと改めて実感する。

 イザークも最近は宿にいないことが増えた。口には出さないが、やはり懐が心許ないのだろう。

 そういうわけで久々に訪れた王都において、モニカは一人でいることが多かった。

 こういうときこそ羽を伸ばすべきだろうが、この空いた時間をどう過ごせばいいか、悩むばかりだ。


 (たまに本を読むのも悪くないかも……)


 かつては読書が趣味だったが、いつしか本とは無縁な生活になっていた。ソフィーが産まれ、母になりいつにも増して多忙になったからだろう。

 

 大通りに面した書店に足を踏み入れる。王都の書店だけあって店内は広く、品揃えも豊富だ。きっと興味を惹くものが見つかるはずだ。


 書棚に並んだ背表紙を、眺めながら歩く。題名から内容を想像する。そんな時間が好きだったことを思い出す。


 「あ......」


 そんなモニカの目が、一冊の本で止まる。背表紙には『聖女姉妹物語 ジャン・ホランド著』とある。


 「これって、確か......」


 記憶を辿る。まだサムウェルと交際していた頃、彼に誘われて演劇を観に行ったことがある。

『聖女クリスタベラ』。細かい展開は朧気だが、感情を揺さぶられるほど引き込まれたものだ。

 


『聖女クリスタベラ』の舞台は、女神フィオノーラを信仰するアルバフレム聖王国。万物を癒し治す『奇跡の魔力』を持つ平民出身のクリスタベラが主人公だ。

 山間の貧しい農村で生まれ育ったクリスタベラには、一歳上の姉であるオクタヴィアがいて、彼女もまた『奇跡の魔力』の持ち主だった。

 

 やがてバークレィ公爵家からの遣いと称する騎士の来訪によって、姉妹の人生は激変する。

 『奇跡の魔力』を持つ姉妹の噂を聞き、興味を抱いたというそのバークレィ公爵家は、国内でも右に出るものはいない魔術の名門だ。本格的に魔術の扱い方を身に付けてもらうため、姉妹を公爵家に迎え入れたいという申し出だった。その暁には、村へ最大限の援助もすると約束した。

 初めこそ姉妹の両親は拒んだものの、家族での話し合いの末に「もっと上手く魔力を使いこなして、みんなの助けになりたい」という娘二人の想いを尊重することにした。

こうして聖都に移り住んだ姉妹は、民を救う『聖女』を目指すことになる。

 

 特訓を経て、聖女の仕事をこなす姉妹だったが――期待という名の重圧、成長がめざましい妹に置いていかれる不安と焦りに、オクタヴィアは心を蝕まれていく。

 そんな負の感情が精神のみならず魔力にまで影響を及ぼした結果、オクタヴィアは万物を壊し滅ぼす『破滅の魔力』に目覚めてしまう。

 『聖女』として希望を与えるクリスタベラに対し、『魔女』として絶望を撒くオクタヴィア。

 激戦の末、クリスタベラは周囲の助力もあり『破滅の魔力』を封じ、姉を正気に戻すことに成功した。

 姉妹は泣きながら抱き合い、物語は大団円で幕を閉じる。


 鑑賞後、互いに感想を語り合った際。


 ――そういえば『聖女クリスタベラ』には、原作があるみたいだよ。


 サムウェルによると、『聖女クリスタベラ』には『聖女姉妹物語』という原作にあたる小説が存在するという。彼自身も読んだことはないとのことだが、『聖女クリスタベラ』はその原作から大衆向けにだいぶ改変されているらしい。


 ――もし気になるなら、見つけたときにでも読んでみるといいよ。


 そうサムウェルは言っていたが――今まさにモニカの目の前にあるのが、その『聖女姉妹物語』だった。

 厚みがある本で、手にとるとそれなりに重い。頁を繰ってみると文章がやや堅苦しく、幼子には向きそうもない。


 (ソフィーにも読ませてあげられたら良かったけど......)


 やはり個人的に楽しむしかないか――と思っていると、


 「お客さぁん。立ち読みは勘弁してくださいよぉ」


 困り顔の店員に声をかけられ、


 「それ、買うんですか? 買わないんですか?」


 「あ、ごめんなさい。買います」


 慌てて懐から金を取り出すのだった。

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