二話 何もしなかったことを嘆く少年と、してしまったことを後悔する少女(4)-4
やがて強く風を感じられる場所にたどり着いた。マリーが蝋燭の火を消す。
「出口はもうすぐ先だよ。あたしが先に行こう。せいぜい出た途端に射られないよう気をつけないとね」
マリーがおどけた。
「いや、俺が行く」
ロランが体を前に出した。
「怪我してるのに、ダメよ」
「顔を出すのに怪我は関係ないさ。セバスチャン、二人を守ってくれるか?」
セバスチャンは何も言わずにマリーの前に立ちはだかった。彼にとってはマリーに先陣をきられるよりいいのだろう。
ロランがゆっくりと洞窟の外へ出ると、自警団の面々が松明を手に複雑な表情でこちらを見ていた。フランクやエンゾの姿も見える。ドルレアンもいて、彼の私兵たちは弓や弩などの照準をロランめがけて絞っていた。狼たちはどうして彼らの侵入を許しているのだろうか。そう思った瞬間、ドルレアンの足元にはひとつ獣の首が転がっているのに気がついた。銀色の体毛。見間違えようもなく森の王だった。憐れにも誇り高い森の王は、ドルレアンによって命を失っていた。
ロランにとって理解しあえる友をひとり失ったような、なんとも悲しい気持ちになった。クロエを執拗に追い詰めるドルレアンに対する怒りを憶える。
ロランは改めて周囲の状況を確かめた。洞窟の狭い出口は小高い岩山のちょうど中程のようだった。下には自警団とドルレアンの私兵が二十人ほど待ち構えている。上はまだしばらく急な傾斜の岩肌が続いており、逃げようとしても登りきる前に矢の餌食になるのは目に見えていた。洞窟の奥からは薄い煙が流れてきていている。戻れば空気を求めて苦しむ羽目になるだろう。まさに袋の鼠というやつだった。
さらにこの岩山からは町のわずかな明かりもよく見えた。松明の列が町からこちらに向けて登ってきている。続々とクロエを捕まえに人が集まってきているのだとロランは思った。
ロランが脱出策を考えている隙にマリーが横から顔を出した。灯りを指折り数えて
「やー、なんだ。思ったより観衆が少ないな」とがっかりした。
ドルレアンが腰に下げた突剣を抜いてマリーに向けた。
「お前が魔女か?」
「あたし? あたしは聖女だよ」マリーが存在感のある胸を張って答えた。
あたりがざわめいた。聖女など、教会の列聖(正式な認定)なく簡単に名乗って良い名前ではない。列聖は基本的に死後に対して与えられるので、自分から聖女だと名乗る人間が存在するわけがないのだ。
「魔女だ……」
どこからともなく非難する声があがった。セバスチャンは恐れていた事態に頭を抱えた。何か言おうと口を開きかけたクロエを、マリーが制止する。
「あたしは主の代理として天使様のお声を聞いた。大天使様のお告げを。ドルレアン男爵に騙されてはいけない。この男は看過できない悪事を働いている」
マリーは両手を広げて堂々とした声を発した。誰もが困惑した表情でマリーを見ていた。ドルレアン男爵だけが顔色を失ってうろたえている。
「き、貴様、何を言っている! 魔女だ、早く捕まえろっ」
ドルレアンは舌をもつれさせながら、私兵たちに指図した。
「待て!」
岩場に駆け上がろうとした私兵たちをマリーが凜とした声で押しとどめた。完全に全員がマリーの毅然とした雰囲気にのまれていた。
「ここに証拠がある」
マリーは袖から小さく丸まった書簡を取り出した。
「ドルレアン男爵がハンブルグの、とある貴族にあてた書簡だ」
それを聞いてドルレアンが顔色をなくした。
「昨夜ハンブルグ領から届いた書簡にはこう記してある。『約束の贄はどうなったのか』と」
マリーは書簡を掲げた。遠目からでは小さくて誰も読むことが出来なかったが、マリーのきっぱりとした物言いから疑う者はいなかった。
「贄がなんなのかなど、その書簡ではわからないではないか!」
ドルレアンは目をむいて反論した。
「エンゾという者はここにいるか?」
マリーはあたりを見まわした。呼ばれたエンゾがおどおどした様子で一歩前に出る。
「お、俺がどうした?」
「そなたの娘は、このドルレアン男爵の手にあるぞ」
マリーはドルレアンを指差した。
「出任せを!」
ドルレアンは即座に否定し、エンゾはどうしていいものか戸惑っていた。
そのとき、茂みから声がした。
「出任せではありませんよ、男爵」
暗がりから大きな羽帽子が現れて、松明の火が反射して白い炎のように揺らめいた。顔を出したのはジャンだった。それから続々と人が集まってくる。ロランはてっきり敵の増援かと思っていたのだが、あとに続いて現れたのは女子供などの町の民だった。
「ペェル(パパ)……」
エンゾの妻マノンに抱かれて、娘のイネスが手を伸ばした。
「イネスッ」
エンゾは斧を放り投げ、家族の元に駆け寄った。イネスは少し衰弱しているように見えたが、父が抱きしめると嬉しそうに微笑んだ。
ジャンはドルレアンを茶化すようにわざと慇懃な態度で礼を言った。
「失敗しましたな、ドルレアン男爵。魔女狩りなどに夢中になって、すっかりお手元がお留守に。おかげで易々と侵入できました。お礼を申し上げまする、男爵」
「勝手に屋敷に侵入したというのか。なんと無礼な!」
ドルレアンの唇がわななく。それを見てジャンは不敵な笑みを浮かべて言葉を継いだ。もうそこにドルレアンを敬う様子はない。
「ドルレアン。お前に貸している屋敷から子供たちが見つかったぞ。どう説明する?」
「知らん! 知らんぞ! 勝手に紛れ込んで迷子になったのではないか? もしくは陰謀だ! 誰かがわしを殺しそこねて、今度は罠にはめようとしてるのだ!」
「見苦しいな。私はここ数年あちこちの町でも多発している子供の失踪事件を調べていたんだ。そのどれにもお前が関与している形跡がある。下級貴族の分際で、狩りを名目にあちこち飛び回っているのは誘拐目的ではないのか?」
「たわけ! 断じて知らん!」
「では服を脱いでみてはくれないだろうか。旅先での書簡の管理など、隠す場所は限られているからな。おおかた肌身離さず持っているのであろう?」
「誰が脱ぐものか! 貴様、何様の分際で貴族を罰するつもりだ?」
「別に何の資格もありはしないさ。ただ一人の人間としてお前を断罪する。保身と豪奢な暮らしのために、国を裏切り、民を売った罪は重いぞ、ドルレアン」
ジャンは毅然と言い放った。町民たちがドルレアンを取り囲む。
「寄るな! 近寄るんじゃない! こんな無礼なことがあってたまるか。寄らば斬るぞ。誰であろうと斬り捨てるぞ」
ドルレアンが剣を抜いて脅迫した。自警団の弓はロランからドルレアンと私兵たちに標的が移り変わっている。私兵たちは早々と投降の姿勢を見せる者もあれば、ドルレアンの側で武器を構えて抵抗する者もいた。エンゾが涙で顔をぐちゃぐちゃにしながらも憎悪の眼差しで斧を拾いあげた。




