この世界の話
「あ、違うと思います。それでは私はこれで失礼します」
「待て待て待て待て、は⁇お主マジか。このタイミングで失礼するでないわ、失礼な奴め。まあもう少しだけ話を聞いてくれ」
「はぁ」
村長は早急に部屋を立ち去ろうとしたモグリの腕を掴んでソファに座り直させた。
「困惑する気持ちは分かる。いきなり神かも知れん、なんて言われても『何言い出すんだこのジジイ』としか思えんだろう」
「はい」
「だが根拠はあるのじゃ。この島の限られた村人に代々伝えられてきた役割とその伝説があるのだ。貴殿は恐らく、伝説に記されている海神だと、ワシは考えている」
「そんな主語の大きな話、いきなり聞かされても困りますよ。ど、どう飲み込めと」
村長の、半ば強引にも見て取れる話の展開に困惑し続けているモグリ。村長はモグリの向かいのソファに座り直し、数回細かく頷いた。
「しっかり順序立てて説明するつもりじゃよモグリ殿。それに、この話をするにはこの世界についても話さなければならない。貴殿、この世界についての情報も無いのじゃろう?」
「はい。何も分かりません」
「であれば、それも話そう。そうさなまずは、」
「村長、村長」
村長が話し出そうとした所で、部屋の外から村人がドアをノックした。
「村長、怪我人の治療状況についての報告があります。並びに怪我をした村人達に会って頂きたいのですが、お取り込み中でしょうか」
「いや、しばし待て」
村長はソファから立ち、襟を正すと自身の机に戻った。
「すまないモグリ殿。貴殿との話は明日にも席を作ろう。ついワシも優先事項を忘れておった。それで良いか?」
「ええ、構いません。今日は俺から来ましたし、村長はお忙しいでしょうから。それに疲れました」
「はははっ。だな。宿に案内しよう。勿論宿泊代はタダで良いぞ。貴殿が神かどうかはさて置き、村の英雄なのは変わりないのだからな」
「恥ずかしいからもう感謝の言葉は良いですよ。それより村長、すぐ済みますから一つだけ質問に答えて欲しいのですが」
「なんじゃ?」
「俺を地下室で殺そうと提案したのはどなたですか?」
「ささ、宿には温泉もありますし。どうぞごゆるりと過ごすが良いぞ」
「おいジジイ」
◇ ◇ ◇
翌日。
モグリは宿の部屋の窓を開け、シオサイの村を眺めていた。柔らかな朝日と爽やかな風が心地よい。宿が小高い丘にある為、民家立ち並ぶ住宅地から港まで見渡せる。流石は島の村。朝早くからひっきりなしに港に人や船が出入りしている。が、北の港からは船が一隻も出ずに復旧作業が行われていた。
朝食の際に宿の人から、北の港以外から出る船も通常の半分以下でしばらくは島から見える距離にしか漁に出ないように決まったらしいと聞いた。海賊がまたいつ来るかわからない現状、そうする他に無いだろう。養殖漁も盛んとは言え、このままでは痛手だ。
現状の報告、並びに救援要請にランダスら10数人の村人がアバルバントに向かったらしい。無事に到着し、救援を被れられれば良いが。領地でありながら、こうなるまで何も対策をされなかった事を鑑みるにそう上手くいかないだろうと余所者のモグリでさえ思っていた。
◇ ◇ ◇
しばらく考え事をしていたモグリは、遠くから聞こえたウミネコの鳴き声で我に返る。
「さて今日はどうするか。村から出ちゃダメいけないんじゃな。かと言って外に出れば」
かと言って宿から外に出れば、昨日の夜の様に村人達に囲まれてしまうだろう。実は昨夜、役場にモグリが居ると聞きつけた村人達が役場に集まって大騒ぎになっていた。丁度一度役場に来たランダスらによって治められ、その隙に逃げる様にどうにか宿まで走ったのだった。
で、あるからにして、宿から外に出たらまた囲まれて動けなくなるだろう。囲まれて永遠に感謝や激励を浴びせられるだけなので、悪意から来る行動では無い事はモグリにも分かる。だがモグリはそもそも人混みが苦手だ。だから嫌だ。それだけだ。
「俺はいつになったら海に出れるんだか」
という感じでずっと海や村を見て黄昏れるしか、する事が現状無いのだ。
◇ ◇ ◇
モグリの宿泊している宿も、普段は貿易船の船員や貿易商など島の外からの人しか泊まらない。そのため、客は今はモグリしかいないらしい。という話を、現在部屋に紅茶を淹れに来てくれた女将から聞いていた。
「せやからモグリさんが泊まってくれて嬉しいわ~。村長さんからたんまりお代も頂いてるしなぁ」
「静かに過ごせてありがたいです」
「そら良かったぁ。好きなだけくつろいでな」
モグリは顔を上に向け、紅茶を仰ぐ様に飲んだ。この飲み方や食べ方は昨夜、宿のスタッフ総出で手伝って貰いながら編み出した方式だ。溢すわ濡らすわ皿落として割るわ、の一見そごう最悪のカス・カスタマーだが事情を知っている宿のスタッフ達は怒る事無く、手厚くサポートしてくれた。損失よりも、モグリへの感謝と村長からのお代が大きいかららしい。
モグリが会得した飲み方を意気揚々と繰り返していると、女将は
「けど⋯⋯」
と表情を曇らせながら茶請けのクッキーを摘んだ。
「けど、なんです?」
「けど、実はここも穏やかでは無くなるやも知れんのです」
「なんでですか。嫌だな」
「ここは村唯一の宿なんどす」
「はあ」
「で、お客様は島の外からのお客様だけ」
「あ」
「そうなんどす。モグリさんがここに居るって勘付いた村人達が宿の下で出待ちしとるんです。お客様以外は宿には入れませんからモグリさんが宿から出なければ大丈夫ですが、出れません」
「⋯⋯」
モグリはクッキーを口の中で擦り潰して飲み込むと、静かに窓を閉めてベッドに腰掛けた。
「なら窓から顔出すのは悪手ですね。こうして引き篭もt」
「ああ、あかん」
「え?」
「今日は天気が良いから、客が居ない部屋は窓を開けて換気しとるんです。北側の部屋はすぐそこが丘の急傾斜外ですから、横からの角度的に窓が邪魔で誰が居るかは見えないんどす。ただ今、窓が閉まったのを見たら」
「しまった、と」
「上手いこと言いはりますやん。おほほほ」
「窓開けるか」
モグリが窓を開けると外から、
「閉まった窓が開いたぞ‼︎」
「モグリさんはあそこだ‼︎」
「坂登ってなんとかして顔を見なければッ」
「女将にエントランスだけでも入れてもらえないか頼もうぜ」
と聞こえてきたため、モグリは再度窓を閉めた。一層、外が騒がしくなる。
「女将さん、村長にああいうのやめて頂けるように頼んで貰えませんか?」
「かしこまりました。この後役場に行くさかい、そん時伝えときます。ほんますんまへんなあ、騒がしくて」
「えぇ、まあ」
「おほほ。あ、ご昼食の要望はございますか?」
「海鮮でお願いします」
「かしこまりました」
女将が部屋を出るのを見送ると、モグリはベッドに寝転んだ。大人しくのんびりと昼過ぎまで寝る事にした。
が、
「モグリさん、村長がお呼びです。迎えの馬車も来てますよ」
「へ」
◇ ◇ ◇
モグリが役場に着き、村長の執務室に入ると村長はテーブルに地図や資料をざっくばらんに重ねながら待っていた。モグリの顔を見ると、やつれた顔で「やあ。おはよう。」と微笑んだ。
「おはようございます村長。宿の手配、ありがとうございました」
「うむ、気にするでない。急に呼び出してすまんの。昨日の話を続きをしようと思ってな」
「襲撃の後始末でお忙しいのでは?」
「まあそりゃそうだが今は肉体労働のフェーズじゃから、ワシがする事と言えば報告を聞いたり許可出したりするだけじゃ。それに、お主にこの話をするのも、ワシの重要な仕事だ」
「なるほど」
「長い話になる。お茶飲むか?」
「なら冷たい水下さい」
モグリは水を飲むと溜息を吐いた。村長はテーブルに広げた資料をモグリの方に向きを整えながら苦笑いした。
「村の皆には、お主に言われた通りに大人しくするように伝えたよ。今日役場に来る時は静かだったじゃろ?」
「ええ、ありがとうございます。まあ目線は凄い感じましたけどね」
「ははは。まあ、海賊の騒ぎが全て解決したら祝杯を挙げねばな。お主への礼もそこでな。そん時は諦めて我慢せいよ」
「その前に島から出るか」
「ん?なんか言うたかの」
「あ、いえ」
◇ ◇ ◇
村長が姿勢を正すと、モグリもコップをテーブルに置いて姿勢を正した。
「さて何も覚えてない海神様に、この世界の話をしてしんぜよう。ワシが知る限りでのな。なんせこの世界は人一人が語るには、広すぎて敵わない」
「⋯⋯」
真剣な表情の村長に、モグリは固唾を飲んだ。来て2日目のモグリから見ても、的確な指示と素早い対応、村人から信頼されているどこかひょうきんで朗らかな村長の初めて見る表情。一体、この先どんな世界が広がっているというのだろう。
「あ、やべ」
齧ったクッキーの食べカスが資料の上に落ち、村長は資料をバサバサと仰いだ。モグリはコンマ数秒前までの思考を捨てた。なんでこの流れで話し手がクッキー齧ったんだよ。
「この世界には大きく分けて2つの種族が存在しているんじゃ」
◇ ◇ ◇
この世界には、人類・魔族、が存在している。
人類というのは書いてそのまま人類。シオサイの村人を始め、世界の大多数は人類である。中にはハイヒューマンという人類の高種族が存在し、彼らはこの世界の英雄や勇者、歴史に名を残す人々にはハイヒューマンであった人も多い。嫌な遺伝子論みたいな話だが、彼らは優秀と呼ばれる人々の中でも更に明らか秀でているという。
加えて人類の中に、亜人が存在する。亜人は、エルフやドワーフを始め、人類と近しいながら動物の特徴を持つ存在を指す。村長曰く、モグリも亜人に属する。
そして、
魔族。人類を始めとする他の生物とは発生から異なるとされる種である。人型の魔人や、動物に似た姿の魔獣や異形な魔獣もいるが、知性や習性は魔族それぞれである。
魔族は長い間、人類と世界の主導権を巡って争っていた。この戦争を『頂界戦争』と呼ぶ。この頂界戦争は今から200年前、人類側が勝利。以降、この世界の覇権は人類側が握る事となった。魔族側もほとんどが人類側と共生するようになり、近年では魔族の中で人類と親しい種を亜人と改定しようとする思想が生まれている。しかし、人類と共に生きる事を選ばなかった一部の魔族達は、未だに辺境にて人類とは隔離した生活を送っているという。今のところ魔族による人類への大きな反乱は起きていないが⋯⋯
◇ ◇ ◇
「というのが、この世界の住民の大まかな説明じゃ。今のところで、何か質問はあるかの」
モグリは腕を組みながらしばらく考え込むと、「あ」と声を漏らした。
「魔族側との戦争に勝ったのち、人類と共生しているとの話でしたよね」
「うむ」
「魔族側のトップはどうなったんですか?戦いがあるなら、魔王的な立ち位置が居たのでは」
「うむ。永きに渡る頂界戦争の決着は、両者の代表による決闘により執り行われた。つまり、死じゃ」
「強いんですね、当時の人類の代表は」
「そうじゃの。人類最後の勇者じゃ。だが捨て身じゃった。終戦2ヶ月後にその時の傷により勇者も死んだんじゃ。その後は人類側は王子が即位し、新たな帝国の帝王に。魔族側も息子が新たに魔王となり、現在も存命だ。帝国領、魔族の国ボウキャルノ国の王として統治をしている」
「流石は魔族、寿命が永いですね」
「魔王の血筋じゃからの、普通の魔族よりも長生きだろうな。魔王の200年なんて、人類の2年みたいなもんなんじゃろ」
「そうかもしれませんね。で、俺は亜人なんですよね。ほら、やっぱり神とかじゃ無いですって」
「⋯⋯」
苦笑いを浮かべるモグリに対し、真剣な表情を崩さない村長。モグリも表情を引き締め直した。
「うむ。今は、そうかも知れんな」
◇ ◇ ◇
「話は頂界戦争後の情勢に続く。先程言ったな、今のところ魔族からの人類への大きな反乱は起きていないと」
「は、はい」
「大きな反乱、はな」
「⋯⋯」
頂界戦争後、魔族と人類の共生に相入れなかったのは者たちは何も魔族側だけでは無かった。
世界の各地、辺境に捌けた魔族。
世界の中で、魔族を許せない人類。
長い間、様々な人々の尽力により比較的穏やかな暮らしがあった一方で、
その長い時間は、不穏分子を煮詰めるに至っていた。
近年、そういった魔族や人類を勧誘して結成したのではないかと疑われる集団がいる。その名も、
『深淵海賊団』
ここ数年で既存の海賊団を次々に蹴散らして台頭してきた海賊団である。だが圧倒的な強さに加えて、何故か未だに情報が少ない。しかし目撃者は皆、「あの海賊団には人間も亜人も、魔族もいた」と口を揃える。
他の海賊船や、海賊島。商業船や漁船、海沿いの村を襲撃しては掠奪し燃やして暴れ回っている。人類も魔族も、お構いなく。その傍若無人振りに帝国は海軍の第一の殲滅目標としてつい去年から大々的に動き出した。200年前の世界情勢を再び巻き起こさない為に。が、深淵海賊団の勢いは止まらない。
そもそも昔の情勢と決定的に違うのは、魔族対人類では無く、魔族と人類対魔族と人類の構図になり得る点だ。即ち、世界勢力と反世界勢力である。このまま深淵海賊団の勢力が増していけば間違いなく世界情勢を脅かす存在となる。
「今回シオサイの村を襲い、君にボッコボコにされたのも深淵海賊団の一味だ。相対した村人や尋問中の海賊からの証言から、襲撃してきたのは深淵海賊幹部のオクトランスの部下、ポロボラ一家だと思われる。どうやら最近オクトランスの傘下に下ったらしく、一連の襲撃事件は手柄を立てようと先走った結果らしい」
「なるほど。深淵海賊団。ですが戦争から200年経って何故今更」
「先程も述べたが、魔族や寿命の長い種の亜人にとってはつい数年前の話かも知れん。まあ、海賊団の結成理由はあくまで帝国軍発の推測じゃからの。海賊の理念なんかより、実害の方が重要だろうて」
「確かに。撲滅すれば関係無いですからね」
「そゆこと」
◇ ◇ ◇
「さて、そろそろ村の話をしよう」
村長は村の地図に目線を落とし、モグリも促されるように地図を見つめた。シオサイの村の地図には所々に赤い印が付いていた。
「この地図はシオサイの村に設置してある鐘の場所が印されておる。鐘は悪天候や襲撃を報せる他、時報にも使われる。ボロボラが港に来た時に使ったのも、北の鐘じゃ」
「大体は灯台の中か、隣接して設置してあるんですね」
「そうじゃ。ほれ、ちょうど鳴るぞ」
村長がそう言いながら目を瞑ったので、モグリも目を瞑って窓の外からの音に注意を向けた。ほどなくして、
カーン カーン カーン
カーン カーン カーン
カーン カーン カーン
カーン カーン カーン
乾いた高い音色。時報はその時間によって使用する鐘を分けているようで、今鳴ったのは一番近い鐘から3番目の鐘だが、はっきりと聞こえた。風向きなどにもよるが少し沖合まで聞こえるのだそうだ。
「俺は地下室で拘束されてたから初めて聞きました」
「あそう」
「おいコラ」
「まあ、これが鐘の音じゃ。どうかの」
「どうかの?」
「お主が聞いた鐘の音と同じか」
「あっ」
モグリが耳にしたのは、もっと寂しいような悲しいような⋯⋯
「違います。もっと悲しい音色でした」
「具体的にはどんなじゃ」
「具体的に、ですか。えっと、こう。クオーン、みたいな。鳴き声みたいな」
「ふむ」
モグリの言葉に、村長は深呼吸しながら顎を撫でた。そしてモグリの顔を見ると、膝を叩きながら勢いよく立ち上がった。
「そうかやはりモグリ、お主は」
「神じゃないです」
「海神かもしれん」
「証拠はッ」
村長は帽子を被り、杖を手に取った。ドアノブに手を置くとモグリに振り返る。
「この世界についての話は以上だ。知りたい事があれば聞くといい。知っている事なら教えよう。なんせまだ記憶が無いのだ。無理に詰め込む必要も無かろう」
「ありがとうござi」
「だが今からの話は一回しかしないがしかと記憶に刻み込め」
「えっ」
「脅迫では無いがな。あまりペラペラと人に話すもんでは無いのじゃ。というか、現状お主にしか話せぬ」
◇ ◇ ◇
モグリは村長の後に続いて役場の中を移動し、役場の地下室に辿り着いた。様々な物が溢れ返り、埃は被ってはいないものの人の出入りはあまり感じられない。村長は地下室の鍵を閉めると、床に置かれた箱や壺を跨ぎながら地下室の隅に向かい、そこで足を止めた。村長はその隅の壁に手を当てると、何やらぶつぶつと唱え始めた。モグリは静かに横で眺めていた。
ガチャ
という音と共に、
「開いたぞ」
と、村長が壁を押した。すると石壁の一部が奥に開いた。村長が杖の先を光らせると、下に続く薄暗い螺旋階段が現れた。困惑したままのモグリに、村長は「足元に気をつけるんじゃ」と付いてくるように促した。
「村長、ここは一体?」
「シオサイの村の役割、そして、」
「世界の秘密、じゃ」
続く。




