迷惑料未払いにつき
アバルバント基地、本棟の会議室にてランダス、ガルバンダー、アサバ、ウィヌ隊長を含む軍の関係者と研究者、アバルバント領主の官僚らが会議をしていた。
シオサイの村の現状や今後、海賊島の管理や周辺海域の巡回計画、その他捕らえた海賊の取り扱いや報酬の分配、深淵海賊団の動向など様々な内容の議題を煮詰めていた。
「では、続いて、クラーケンやキングクラーケンを解析から判明した事案を説明致します。お配りしたお手元の資料を⋯⋯」
進行役の官僚が説明を始めようとしたその時、会議室のドアを叩く音が聞こえた。
「すいません、一時中断します。何事だ」
「失礼します。上官、至急の連絡です」
会議室に入ってきた軍人が、進行役に長々と耳打ちする。やがて進行役の軍人が顔を顰め、ウィヌ隊長らに目線を送った。アサバが「どうされました?」と彼らに尋ねる。
「え、ええ。まずは何からお伝えしたら良いか」
「⋯⋯モグリ殿が何か?」
「ええ。幸い、特段大事にはならなかったようですが」
「特段?」
ガルバンダーとランダスはまるで授業中にひそひそ声でふざける学生のように、顔を見合わせて笑いを堪える。アサバは2人を横目に睨んで瞬で黙らせると、改めて軍人らに向き直った。
「まずは、モグリ氏から我々への言伝を申し伝えたいのですが」
「⋯⋯お願いします」
「では、モグリ氏の言葉をそのままお伝えします」
「キングクラーケンが不味くなっていたのでもう要りません。皆さんに迷惑を掛けた謝罪も込めて、研究所にこのままお譲り致します。なので、研究素体提供分の報酬はシオサイの村の復興資金として全額寄付して下さい、との事です」
アサバは眼鏡を指で上げてから一呼吸置いた後に、会議室に話を伝えにきた軍人に尋ねた。
「念の為、そこに至った事の顛末をお聞きしても?」
「はい。先程、モグリさんを地下研究所のキングクラーケン引き取りにご案内した所⋯⋯」
軍人から地下での出来事を全て聞き終わったガルバンダーは、冷や汗掻きながらランダスの腕に肘をぶつけた。
「お前さんよ、今日から息子にもう少し優しくしてやれよ?あわや大惨事だったぜ」
「ルタイスに優しくしろ?それを言える立場か、お前らは」
「言うぜ、自分をドンと棚に上げてな。がははは」
「笑い事ですかギルド長。彼は仮冒険者、我々の管理下の人材ですよ」
「スマセンシタ」
縮こまるガルバンダーの横で、アサバは目を顰めて眉間を指で強く押さえた。そして深呼吸した後に軍関係者や領主の官僚に姿勢を正した。
「この度は我がギルドの冒険者がご迷惑をお掛けし、大変申し訳ございませんでした」
「いえ、こちらにも非がございますので」
ウィヌも立ち上がり、ランダスらに頭を下げた。
「私にも責任がある。あの時、しかとモグリ氏とキングクラーケンの今後の取り扱いについて話を擦り合わせるべきであった」
「いや、あいつがあん時ちゃんと話聞いてくれたかは、いささか疑問だがな」
ガルバンダーがそう言うと、ランダスとアサバも無言で頷いた。すると進行役の軍人が改めてランダスに体を向けた。
「モグリ氏からの提案、アバルバント軍としては受理しようと考えています。シオサイの村としては如何ですか?」
「そうですね。こちらとしては有り難い話この上無い。が⋯⋯」
ランダスはアバルバントへの賠償金支払い請求書に手を置き、アバルバント側に困り顔を向けながら口を開いた。
「正直、補償金やら報酬やら賠償金やら責任問題やら、もう、何が何やらって感じで。皆さんも同じでは?」
ランダスがそう言うと、アサバ以外が控えめながらも笑い合った。
「ですので、この件も一度村に持ち帰りさせて頂きます。しかし、モグリからの資金は受け取るとして現金額の半分のみとします。もう半分はモグリに渡して下さい。可能ですか?」
「はい可能です。しかし、モグリ氏はそれを受託するかどうか⋯⋯」
「ランダスがそう言ってたと、お伝え下さい。それで多分あいつは聞き入れますから」
「は、はい。では早速、伝えて参ります」
「よろしくお願いします。あ、ルタイスにも一つ頼んでも良いですか?」
「はい。何と?」
ランダスはグーサインをしっかり立てて、真顔でこう言い放った。
「ドンマイ!、と」
◇ ◇ ◇
基地の正門を潜り、モグリとルタイスは基地前の馬車駅に向かう。モグリは街への石橋の下を流れる堀の運川を眺めながら、
「魚は泳いでないんだね」
と、ルタイスに話した。ルタイスは頭の後ろに手を組みながら、馬鹿でかい溜め息を吐いた。
「はぁーーー。ったく、どうなるかと思ったぜ」
「ごめんね」
「次はああいうのやめろよ?まぁ、ワザとじゃないんだろうけどよ」
「うん⋯⋯」
「はぁ⋯⋯。良いよもう、この話はここで終わり。今は親父の方が、な、なんだよドンマイって、ドンマイで済むなら俺は要らねぇんだよ」
「違うよ。ルタイスが居たからドンマイで済んだんだよ」
「お前のせいじゃいッ‼︎」
「ドンマイ」
「がッッッ、投げナイフ弁償しやがれ‼︎」
モグリの尻を蹴ったり肩を殴ったり、飛び付いて首に噛み付くルタイスと、びくともせず真顔で歩き続けるモグリ。
その様子を、基地の建物の窓からランダスやガルバンダー、アサバやウィヌが遠目に眺めていた。ウィヌがランダスに振り返った。
「⋯⋯息子さん達は仲が宜しいようですね」
「そっすね」
アサバは表情を一切変えはしないが、小声で、
「ここまでとは」
と呟いた。ウィヌが「ここまで、とは?」とアサバに尋ねる。
「両者の距離の近さと、ルタイス殿の手綱の握り方の上手さです」
「あ?お前、分かっててルタイスをモグリに押し付けたんじゃねぇのか」
「適した人材として彼を当てたんです押し付けたのではありません。因みに私に仕事を押し付けているのはあなたです少しお静かにお願い出来ますかギルド長」
「ウッス」
アサバは後ろ手を組み、馬車に乗り込んだ2人を見送るとウィヌやガルバンダーらに体ごと振り向いた。
「報告や書類上で判断したので、実際ここまでとは予想外でした。ギルド長の言う通り、私はまだまだ、冒険者とは何かを知り得て無いようです」
「人と人なんざ、俺だって側から見てもよくわかんねぇよ。ま、だがお前にも勉強出来る伸び代がまだあるって事だわな」
「精進致します」
ウィヌは顎に指を当てて、深く考え込む。
「⋯⋯あのモグリ氏に何の恐れも無く蹴りを入れ噛み付くとは。それにモグリ氏は全く気にしていない。やれやれ、ルタイス氏のお陰で収まったとは言え、先程地下で痛い目を見た奴らが浮かばれんな」
「全くです」
「ですが、なるほど。やはりアサバ氏のご采配でしたか。流石であるな」
「恐れ入ります。して、この後、別室でモグリ殿に付いての報告と今後についてのお話が⋯⋯。出来れば、我々以外は部屋に入れずに行いたいのですが」
ウィヌは頷き、廊下を先導し始めた。
「扉が二重の会議室、厳密には会議室ではありませんが。適した部屋を手配致しましょう。信頼の置ける私の部下に扉の外も見張らせます」
「お願いします。ギルド長、ランダス殿」
「ああ」
「頼みます」
ランダスらが別の会議室に移動し、会議を始めた頃。
モグリとルタイスは余分な荷物をルタイスの部屋に置き、ギルドに足を運んだ。
「疲れててもう休みたいが、明日のお前の初依頼を選んどこうぜ」
「ついにか⋯⋯」
「楽しみか?」
「いや手続きが」
「何言ってんだか」
ルタイスは自身の三叉銛を片手に、モグリの顔を睨むように見上げた。
「さっきの、お前がその手続きとやらをしっかり踏んでればよ。あんな事は起きなかったんじゃないのか?」
「⋯⋯」
「こっち見ろ」
ルタイスがモグリの下顎をムギュウ、と掴み、自身の方に無理矢理向けさせた。
「きゃ、きゃえすことふぁもごじゃいましぇん」
「分かれば宜しい」
ルタイスはモグリの下顎から手を離し、モグリの少し萎れた顔に「はははっ」と笑った。
「しかし、半額とは言えまた報酬を手に入れたなお前。あ、これも計算の内か?」
「違うよ。まぁ、ランダスさんが言うなら村の総意だろうしって事で受け取る事にしたけど」
「実際、親父は村長代理でこっち来てるからな」
「あ、でも半額分をもう半分にして片方はルタイスにあげるよ」
「⋯⋯あ?何て?もう半分は俺にあげるよって聞こえたぜ?」
「うん」
ルタイスは嬉しさと驚きが入り混じった顔で、モグリの肩に腕を回した。
「どうしたんだよモグリ~」
「さっきの迷惑料と、今までとこれからの迷惑料。そして何よりも、神アドバイス料」
「神アドバイス料?」
「未来のご馳走様確保計画の、ね」
「あーね。はいはい、なら有り難く受け取らせてもら⋯⋯ん、ちょっと待て」
ルタイスは嫌な予感に足を止めた。モグリは不思議そうに振り返り、「ルタイス?」と首を捻った。
「さっきと今までの迷惑料は一旦置いといて、これからの迷惑料だって?」
「うん。これからも迷惑掛けるし」
「いやあの、迷惑を掛けないようにしようと努力する気は無いのですか?」
「まぁまぁお気になさんな」
「そっちが言うな」
「ルタイスだって今後の俺からの迷惑の気配は感じてるでしょ?」
「努力する気ゼロでお前からそれ言うのは話変わってくんだよ」
モグリは何処か遠い目をして、昼前のアバルバントの街並みを眺める。
「俺って、やっぱり何処か皆んなとズレてるみたいなんだ。村での最初の頃とか、街やギルドでの人の目。さっきも無意識に沢山の人を怖がらせたみたいだし、きっと今までもこういう事があったんだろうなって」
「モグリ⋯⋯」
「その度にルタイスには迷惑を掛けている」
「いや、そんな別にお前が悪い訳じゃなi」
「気がするんだよ」
「掛けてはいるんだよ自覚はしろ」
モグリはリュックから素材報酬の半額分の支払証書が入った封筒を取り出して、ルタイスに満面の笑みを向ける。
「だからさ、早いとこ受け取ってくれないかな」
「⋯⋯いーらねっ」
「あっ」
全速力でその場から逃げ出したルタイスを、モグリは封筒片手にスキップしながら追いかけていく。
「だあああああ、こっち来んなぁああああ」
「待て待て~」
「お前なんでスキップでそんな速いんだよふざけんなぁああ、だあああ⁈⁈」
「ルタイス君に、問題です。4分の 1足す2分の 1は、いくらでしょうか」
「うぜぇしうるせぇよ、こっちくんなああああ、ぎゃあああああああああ」
楽しそうに高速スキップを踏む謎のクジラ亜人と、その亜人から必死の形相で叫びながら逃げ続ける冒険者の姿を、街の人々はギョッと眺めていた。
が、余りにも速いスピードでギルドに向かっていったので街の人々は考える暇も無く顔を見合わせて苦笑いや困り顔を浮かべていた。
続く。




