彼の手綱を握るのは
双方の言い分を聞いた後、ルタイスはモグリの頭に手を置いて下に押し付けつつ自らも頭を下げた。モグリも大人しく頭を下げる。
「ウチのデカいもんが、怖がらせてすいませんでした」
「すいません」
兵士や、研究者達、隣の部屋から出てきた軍人やギルド職員、担当研究者は唖然としながら2人の謝罪を見ていた。2人が頭を上げると、ルタイスが担当研究者に顔を向けた。
「すいませんでした、しかし、これはどちらも怠った結果ですが、味がどの程度落ちるかのすり合わせをしていなかった事。そして内臓が無いのは、約束が違いますね」
「そ、そうですね。しかし、今も改めて確認しましたが、我々が受けた報告には味に着いての項目は、その、一切無くてですね」
「⋯⋯え、はい?」
「ヒイッ」
「モグリ、待て」
「ずっと待ってるよ」
モグリはルタイスからスルドイカの嘴の干物を袋ごと貰い、それを一つ飲み込んだ。研究者がルタイスに発言して良いか目線を送ると、ルタイスは浅く頷いた。
「しかし、ですね。鮮度の保証が出来かねる事には同意したのですよね?」
「⋯⋯続けて下さい」
「は、はい。鮮度が落ちるという事は、それ即ち味も落ちるという事ですので。その、ですから、内臓はサンプルを採取している内に真っ先に腐って溶けてしまいましたので⋯⋯」
「いやまあ、確かに。ですけど」
「なぁ、モグリ」
「⋯⋯何?」
モグリがルタイスに目線を向けると、ルタイスは腕を組み前を向いたまま話し始める。
「お前、あん時もキングクラーケンに頭が支配されてそこんとこよく考えて無かったろ。今考えれば、ウィヌ隊長に良いように丸め込まれたのかも知れねぇけどよ」
「そうかも」
「隣にいた俺がフォローしなかったのも、まぁあれだが。俺、あん時はまだお前の食欲についてよくわかってなかったしよ」
「⋯⋯別にルタイスは悪くないでしょ」
ルタイスは嘴の干物が入った袋をモグリから取り、袋の口を閉じながらモグリを横目に見上げた。
「それにな、お前がキングクラーケンをここに一時的に譲ってくれたお陰で、前話した通り、深淵海賊団やオクトランスについて色々分かった事があんだよ」
「それはまぁ、何よりだよ」
「これはきっと、深淵海賊団を倒して他の村や町を助ける一つの手掛かりになるぜ」
「⋯⋯うん」
「それによ、イカの締め方も覚えたし、一度仕留めた相手だろ?次は依頼とか無しに1人で勝手に仕留めて、勝手に全部食っちまえよ。前より上手く立ち回れるんじゃねぇのか」
「確かに。そうだね、それだ」
「だろ?だからもう一回、自分だけで謝れ」
「すいませんでした」
モグリが潔く頭を下げると、周囲に居たアバルバント軍側も全員頭を下げた。顔を上げると、兵士達はモグリとルタイスに敬礼した。研究者らも、続けてぎこちなく敬礼をした。
「申し訳ありません。こちらの確認不足です」
「我々も、味の観点に気付くべきでした」
モグリは担当研究者の手を優しく握り、驚く研究者らを他所に、
「味の研究、応援しています」
と微笑んだ。ルタイスはその背中を呆れて目を細めながら無言で見つめる。
イカ騒動が収まり、話し合いは一旦休憩を挟む事になった。モグリとルタイスは研究所の段差に腰掛け、台の上で豪快にはみ出しながら鎮座するキングクラーケンを眺めつつ紅茶を啜る。
「で、じゃあどうすんだこの馬鹿デカいイカは。お前、もう食べないんだろ?」
「いらない」
「だからどうすんのって聞いてんのよ。全部素材にすれば、かなりの大金だぜ?」
「甲とか嘴はともかく、身は装備になんの?」
「ちっちっちっ。素材ってのは、何も武器や防具、服とか日用雑貨の材料になるだけじゃねぇんだぜ?」
「あそう」
「こいつが何に使えるかは知らないけど。例えばポーションを始めとする薬品だったり、錬金術師の材料、他のモンスターをおびき寄せるトラップ用の餌。逆にモンスター避けに使ったりな」
「なるほどね」
「それに、このまま研究所に研究材料として売れば多分もっと高値になるぜ?」
「ふーん」
モグリは両膝の上に皿を置き、そこに両手で押さえながらティーカップを置いた。ルタイスは後ろに手をつき、足を組んでモグリに顔を向けた。
「で、どうすんだ?今さっき色々あったが、ありゃ変わらずお前のもんだ」
「うーん」
「どうするかはお前が決めるんだよ」
「うーん」
「今決めた方がすんなり行くと思うぜ」
「うーん」
「⋯⋯早くして?」
モグリはしばらく黙って考え込んだ後、キングクラーケンを見つめながら、「うん」と頷いた。
「それならねルタイス。俺は⋯⋯」
第4章 冒険の一歩目編に続く。




