鮮度不抜群
あー、これこれ
念願の、待望の、お久しぶりの
恋焦がれて待ちに待った
あの日、初めて口にした、衝撃の⋯⋯
ああああ⋯⋯
この香り、味と食感⋯⋯
ん、
ん?
「⋯⋯ん」
肉片を飲み込んだモグリが微動だにせず、満面の笑みから一変してその場で目をかっ開く。2人の研究者や、周りの研究者と兵士達がモグリのその表情と空気の変化に足を止めた。2人の研究者は恐る恐るモグリの様子を伺う。
「あ、あの、モグリさん?」
「どうされましたか?」
モグリは両手を硬く結び、頭や首、肩に腕の筋肉をビキビキと隆起させ血管を浮き上がらせる。表情こそ冷静なれど、その体の変化と異様な空気感に、周りの人々が一斉にこちらに振り向いた。モグリは研究者らを見下ろしながら、唸るように低い声を発する。
「⋯⋯違う」
「え?」
「こんな味じゃ無かった」
「あ、そ、そうですか申し訳ありません」
「格段に不味くなってる」
「け、研究と保存用に冷凍をし続け、何度か解凍を繰り返しましたので、あの、そうですね」
「美味しくない」
「え、あ、モグリさ」
「不味くして良いなんて、俺は一度も、誰にも言ってない」
「あわわわわわわわ」
モグリ渾身の怒りの形相の迫力に、2人の研究者はその場に尻餅を付いて後退り、周りの研究者達は逃げ出した。警備の兵士が急いで駆け付け、階段近くの兵士は応援を呼ぶように頼んでいる。
「これは俺の所有物で、貴方達に貸していた物ですよね?」
「ででででですが、このような研究の許可は上から出ておりまして、わ、我々はそれに従ったまででございまして」
「全体の2割が返還されない事以外、了承していないですよ。ウィヌ隊長とも話は着いてる筈なんですけれど?」
「およよよよよ」
「スンスンッ⋯⋯、あ?内臓も無いぞうぅ。内臓に関しては、鮮度の保証は出来ないと言われて私も話を飲みましたが、返還はされる筈では?」
「はにゃにゃにゃにゃにゃ」
兵士達が槍や剣の柄に手を掛けながら、キングクラーケンを背にしているモグリを取り囲むように半月型に陣を組んだ。
「モグリさんっ、落ち付いて下さい。それ以上はこちらも切先を向ける事になります‼︎」
「俺は何もしていませんよ?手も出していないですし、落ち付いて質問しているだけです」
「そ、それはそうかも知れませんが、とにかく、一度、深呼吸を」
「はぁ⋯⋯、先にこちらの質問に答えて下さい」
先頭の兵士達が顔を見合わせる。
「ど、どうする」
「どうするったって、どうすんだよ。報告通りなら、どうすんだよ⁈」
「俺は兄貴が島の作戦に行ったから、彼についての話を聞いたが」
「あ、ああ。聞いたが?」
「どうしようもない。終わりだ」
「おいドクター、今すぐキングクラーケンの味を戻すんだ‼︎」
「むむむ、無茶言わないで下さいよ、だいたい、自由に研究して良いって言ったのはあんたら軍の上層部だろ⁈」
責任を押し付け始めた兵士と研究者達は、モグリが徐に首を捻って音を鳴らすと悲鳴を上げた。
一方。
ルタイスらは、隣接するガラス張りの部屋で軍人や研究者から説明を受けていた。
「体内の魔力回路などを調べた結果から、このキングクラーケンとシオサイの村を襲撃したクラーケンはどちらもオクトランスの使役魔法により支配下に置かれていた事はほぼ明白となりました」
「オクトランス自身の強さと、彼の使役魔法の練度の高さ、そしてその使役権を譲渡出来る魔法具。こちらの魔法具は破壊されている為に現在も解析中ですが、どちらにせよ、これらの証拠から深淵海賊団幹部と見られるオクトランスの仕業であると考えられるのですぞ」
ギルド職員は顎を指で摩りながら顔を顰める。
「加えて、ハイオークも使役していたとなると、オクトランスの実力は底が測れませんな。ハイオークの強さはどんなものでしたか、ルタイスさん」
「そうですね、ハイオークも非常に脅威度の高いモンスターであり」
「⋯⋯失礼、ルタイスさん」
「はい?」
「おい何の騒ぎだ」
ルタイスの話の途中で、軍人が話を中断させた。話し合いに集中していた彼らは、ようやく部屋の外の騒動に気が付いた。ガラスの向こうの状況が目に入ると、ルタイスは
「⋯⋯あの馬鹿ッ」
と吐き捨てて、すぐさま椅子から立ち上がった。そして後ろ足で椅子を蹴飛ばしながら部屋を飛び出していった。
モグリは引き続き、本人の無意識の内に兵士達を圧迫していた。
「ウィヌ隊長はいますか?お忙しいところとは存じますが、あの人なら話を覚えていると思うんですけど」
「ウィヌ隊長は、現在ギルド長達と別棟で会議中だ。申し訳無いが今は」
「ならその部屋の前まで案内して頂けますか?会議が終わるまで待ちますから」
「いや、そういう訳にはいかないんです。キングクラーケンをモグリさんに正式に譲渡するまではこの研究所から出ていただく訳にはいかないのです」
「そうですか。なら⋯⋯」
モグリがゆっくりと一歩足を踏み出すと、兵士らが武器を握る力を強めた。モグリがもう一歩踏み出そうと足を上げると、先頭の兵士が鞘から剣を抜く予備動作を始めた。
その時。
「喰らえ、望郷の味っ」
ガラス張りの部屋から飛び出してきたルタイスが、モグリに向かってスルドイカのナイフを投げつけた。兵士らが「何をッ⁈」と驚愕する中、モグリは投げつけられたスルドイカを、
ぱくんっ
と一発で口で挟むと、そのまま飲み込んだ。何が起きたかわからない兵士は、自分らとモグリの間に転がり込んだルタイスに注意のつもりで声を掛けた。
「何をしているんですか‼︎彼に攻撃するなど、危険ですっ。刺激を与えぬように」
「ただの餌やりです‼︎‼︎」
「は⁇」
「ただの、おやつターイム‼︎」
「⋯⋯へ?」
「あははは、そうそう。おやつおやつ。おやつなんですよ、はい、後は任せて下さい。で、モグリッ‼︎‼︎‼︎‼︎」
ルタイスがモグリを怒鳴りつけると、モグリは目を丸くして瞬きをした。ルタイスが余りにも強くモグリに怒鳴ったので、周りの兵士や研究者らは急激に顔を青ざめさせて肝を冷やす。
「いや、だって。違うんだよ、あのね」
「話聞いてやるから、まずは深呼吸しろ。そのままじゃお前、宿の浴槽入れねぇぞ」
「え?何言って、え、うわ何これ俺の体。ムッキムキ」
「はい、深呼吸」
「う、うん」
モグリが深呼吸すると、モグリの体が元に戻った。それを見たルタイスは腕を組みながら溜息を吐いて、背後の兵士と研究者らに振り返った。
「で、何があったんです?」
「あ、あの、彼はもう、大丈夫なんですか?」
「はいすいませんね怖がらせて。ひとまず大丈夫です」
ルタイスがノールックで後ろにスルドイカのナイフを投げると、モグリは軽くジャンプして口に咥えた。
「⋯⋯ナイフだとあんま美味しくないね」
「これとどっちが美味しいんだ?」
「ギリ、キングクラーケン。いやでも、もうギリギリだよ」
「何となく今ので察しましたが、状況を話して貰えますか?」
「は、はい」
「お前にも聞くからな?」
「うん」
続く。




