アバルバント軍基地
翌朝、ルタイスとモグリはアバルバント軍の基地に向かうべく街を歩いていた。ギルドの駅から馬車に乗り、アバルバント基地の最寄駅で降りてランダスらと待ち合わせる。
昨日の夜、ギルドへ宿が決まった報告をした際にランダスとガルバンダーと会い、ルタイスとモグリの基地での予定について話をした。
ルタイスとモグリは、会議には参加せずに調査解剖が済んだキングクラーケンの引き取りに向かう事になったのだ。
「悪いねルタイス。付き合わせちゃって」
「なぁに、元々会議に参加しに基地行く予定だったし。キングクラーケン見に行く方がまだマシだわ」
「手続きとかさ」
「お前がやれよ、って言いたいがお前は仮冒険者だからな。保証人の俺がやるんだろうよ」
「あざす」
「はいはい」
馬車に揺られる事、数分。
「モグリ、着いたぞ」
「うん」
「見てみろ。これが軍の本拠地、アバルバント基地だ」
「はぁ。お、おお⋯⋯」
アバルバント軍、アバルバント基地。
カリョナ領主が保有する領軍、その中でも領都アバルバントと周辺地域の防衛を担うアバルバント軍の本拠地であり、同時にカリョナ領軍全体の中枢でもある。
街の奥の丘陵地形の上、領主の城を守るように配置された基地は、街を囲う城塞、街中の要所に置かれた防衛拠点、周辺海域の巡回を担う。
アバルバント基地は、灰色の強固な城塞や建物で構成された、青い屋根に金色の装飾を身に纏う。アバルバントの紋章が刻まれた旗が各所で棚引き、見張りの兵士や基地を巡回、訓練や行進に勤しむ兵士達の姿により、その基地の威厳を遺憾無く放っている。
モグリが基地の巨大な正門を指差す。立派な鎧とハルバート、槍や剣を持って背筋を伸ばしている何人もの兵士が目に入った。
「こ、ここ入って良いの?」
「そりゃ普段は観光でも駄目だが今回は用があるんだし」
「ルタイスも入るのは初めて?」
「ああ、そうさ⋯⋯。親父達いねぇな」
「ここで待ち合わせだったの?」
「の、筈なんだがな」
2人が辺りをキョロキョロ見渡していると、見慣れた制服をきた男性がこちらに駆け付けた。ギルドの職員だ。
「すいません、こちらでしたか」
「あら、おはようございます」
「おはようございます。ルタイスさん、モグリさん。実はもうギルド長やランダスさん達は基地で会議をしていまして、お2人はこのまま基地の研究所にいらして頂く事になりました」
「そうなんですね。良かったんじゃね、このままキングクラーケン貰えに行けるぜ?」
「はい行きましょう行きましょう」
「え、え、モグリさん?」
足早に正門へ足を運び始めたモグリを、ギルド職員は焦って追いかけた。ルタイスは呆れ顔で後に続く。
「あ、ちょ、モグリさん、基地に入るには入場手続きが、研究場の場所もお分かりにならないのでは⁈」
「そろそろ匂いでわかります」
「あもうモグリはほっといてください。どうせ門潜る前には止まりますから。おいモグリ、職員さんを困らせんなっ」
「下の方から微かに匂いがする。研究所とやらは地下か?」
正門を潜り基地内に入ると、待機していた案内役の軍人に研究所まで案内される。
「兵隊さん、地下への通路はどこですか?」
「お前急にしゃべんなよ普段口数少ない癖に。入場のサインも秒で書き終えやがってよ。昨日の宿の書類書く時なn」
「ん?この匂い⋯⋯鮮度が悪いからか、それとも地下にあるからか?」
「モグリさん。何故、研究所が地下にあるとご存知で?」
軍人がそう聞くと、モグリは頭の左上から、荒い鼻息を噴出した。
「匂うので」
「ははっ、イカ臭いってか?」
「ルタイスはうるさいよ」
「今のお前にはそのセリフ言われたくねぇんだよ」
基地の中をしばらく進み、戦闘訓練中の兵士達を横目にとある建物に入った。そして廊下を曲がり、その先の階段を降りていく。
「ここは研究所の、言わば裏口。表口は別にあり、大きな扉が設置されています。キングクラーケンもそこから運び入れ、ゴンドラで地下に送りました」
「何処ですか?」
「あ、いや、まだです」
「でもそろそ、イテッ」
せっかちなモグリのケツに、ルタイスは膝蹴りを入れた。
「もう獲物は逃げないんだから少しは大人しくしろよ、恥ずかしい」
「ごめん。頭じゃわかってるんだけど、体が⋯⋯」
「ルタイスさんも、好みの女性が横を通るとクエスト説明中でも上の空ではありませんか」
「え」
ギルド職員にそう言われ、ルタイスはバツが悪そうにズボンのポッケに手を突っ込み猫背になる。軍人は「あらあら」と笑い、職員は鼻で笑った。モグリは上の空なので、無反応である。
人員用の小型ゴンドラに乗り移り、モグリ達はようやくアバルバント基地地下の研究所に辿り着いた。
「ここはアバルバント軍研究所、地下大型モンスター研究施設です。軍が討伐、捕獲したモンスターやその生体の一部をここに運び入れ、軍や外部の専門家により研究・調査をす⋯⋯モグリさん?」
軍人の説明を聞き流し、モグリは目の前の巨大空間の真ん中、大きな台座の上からはみ出しながら横たわるキングクラーケンに駆け寄った。足の先端に両腕で抱き付くと、恍惚な表情を浮かべながら頬擦りする。
「あの、モグリさん。まだ諸々の説明が⋯⋯」
「すいません。どうせあいつは聞く気が無いんで、俺達が聞きます」
「すいません、ギルドからも謝罪します」
「あ、は、はい」
ルタイスとギルド職員が深々と頭を下げたので、軍人と説明しに来た研究者はモグリの行動と2人の切り捨ての早さに困惑しながらも了承した。研究者はキングクラーケンに頬擦りしているモグリを見ながら、何かをメモし始めた。
「いやはやそれにしてもマッコウクジラの獣人とは、今まで聞いた事も無ければ初めてお会いしましたな。討伐報告書に記されていた通り、クラーケンへの異常とも言える執着、いやはや、興味深い」
「やっぱ異常ですか?」
「獣人ですから、そりゃ元の生き物の食性や特徴は色濃く持ちます。が、特徴はともかく、食性による獲物へのあれほどまでに強い執着は稀ですぞ‼︎いやはや、面白い⋯⋯」
「モグリさんも、解剖されなきゃ良いですね」
「は、はい⋯⋯」
軍人が、今回のキングクラーケンへの調査で判明した事と素材報酬の話をする為にルタイスとギルド職員、担当研究者を連れてガラス張りの隣の別室に移動した。ルタイスはモグリが見える位置の椅子に腰掛けると、背もたれに寄りかかった。軍人がルタイスに声を掛ける。
「モグリさんは本当に良いので?一応、討伐者であるモグリさんには我々からの説明をする決まりが⋯⋯」
ルタイスはガラス越しに、キングクラーケンの足を大事そうに撫でているモグリを横目に見ると、改めて視線を軍人に向けた。
「あー無理無理、今は無理です。あいつは説明とか素材とかどうでも良くて、食べたいだけなんで」
「は、はぁ」
「いやはや、我々もこの後、モグリさんとお話しても?」
「話になるかはわかりませんが、ご自由にどうぞ⋯⋯」
研究者と助手がホワイトボードと机に資料とキングクラーケンの解剖図を配置すると、説明を始めた。
一方、モグリ。
「はぁ、今までこんな所にいたのか。可哀想に、色々解剖されて弄り回されたんだろ?あの時と匂いが変わったね、イメチェン?」
と、キングクラーケンに囁き声で愛情を注いでいた。近くで聞いていた研究者が、
「可哀想にって、この人が仕留めたんだよな?」
と隣の同僚に言い、同僚は肩をすくめて笑った。その研究者達がモグリに声を掛ける。
「モグリさん少し宜しいですか?」
「いいえ忙しいです。どうぞお気になさらず。ところで、こちらからも質問良いですか?」
「会話が無茶苦茶だぜ。この人」
「シッ!静かにしろ。これを仕留めた人だぞ、気に障ったらどうすんだよ」
「ええ?だってよぉ」
モグリがキングクラーケンの足の肉を摘んで引っ張りながら、研究者達に尋ねる。
「味見、しても良いですか?」
「ええ。あ、引き取りの書類の処理はまだですよね」
「味見、しても良いですか?」
「すいません。それがまだなのでしたら、味見は⋯⋯」
「はい?」
キングクラーケンから指を離し、モグリは真顔で研究者達を見下ろす。研究者達は慌てて作業台の上に置いてあるキングクラーケンの肉片を思い出し、ギュンッ、とそこへ顔を向けた。普通の人間の1人用の抱き枕程はある肉片を2人掛かりで担ぎモグリに差し出すと、モグリは片手で軽々と受け取った。
「こちら今さっき切り出したモノですぅ」
「解凍したばっかの、足の肉ですぅ」
「ありがとうございます。頂きます」
モグリは研究者らに礼を言うと、引き攣った顔の研究者の前で満面の笑みを浮かべながら肉片に齧り付いた。
続く。




