彼の者達の真意①
「モグリ殿には、グランド・ハイオークとその群れの海賊島からの脱出を幇助した疑いがあります」
アサバの言葉を耳にしたルタイスは、動揺しながらも、その言葉を徐々に飲み込んだ。そしてどうにかその意味を知熱で溶けそうな脳内で無理矢理にでも整理する。
モンスターを島から逃す手助けを?
あの、モグリが?
いや、証言と証拠。何よりアサバはこんな場で冗談を言うタイプでは無く、推測のみで物事を片付ける仕事は絶対にしない。モグリに助けられた村の代表であり、親しい自分やランダスを招いた場でここまで言うとなると、アサバの中ではかなり固まった主張なのだろう。
アバルバントのギルドで仕事をこなした冒険者なら、アサバの手腕は知っている。この港街であり大都会であるアバルバントでこのギルドが成り立っているのはガルバンダーの人柄と人望、冒険者としての経験値、そしてアサバの現実主義で冷静な采配あっての事だ。
⋯⋯しかし、それと同じくらいルタイスは⋯⋯
『エビの丸焼きってさ、皮ごと食べれてお得だよね』
『お前は何食っても大体丸呑みしてるだろうが』
『ん、なんて?聞いてなかった』
『今の独り言だったんか?』
『美味いね、これ』
『ああ。酒が欲しいぜ』
「⋯⋯もし、そうだとして」
ルタイスは、机に握り拳を突き立てて机の木目を見つめながら口を開いた。
「モグリがオーク達を逃したんだとして、それが事実だとして。多分、何か理由があった筈です」
「ほう」
「モンスターを逃して人々を危険に晒そうとか、そんな考えは無い筈。あいつ、何も知らないんです。この世界の事、なあんにも。自分で飯とトイレが出来て、喋り出した子供くらいなんです」
「⋯⋯つまり?」
「あいつはきっと、何か俺達にとって悪意や敵意じゃない理由で損得勘定無しで、後先考えないでそれをやらかした。そりゃ、悪意が無いにしろやった事の大きさは甚大です。けど⋯⋯」
「けど?」
ルタイスは握り拳を固く結び顔を上げ、アサバをしっかりと見据える。
「俺にそれを言わなかったのも、あいつにとっては済んだ事でその時はキングクラーケンの方が大事だったからです。知らなかったでは済まされないですが、あいつは、意識的に俺らの害になる事はしません。けれど、もし、この件で彼を罰するなら、俺も、いやどうか俺を」
「はぁ」
「ぐっ⋯⋯」
アサバが呆れ顔で溜息を吐くと、ルタイスは目を顰めながら口を閉ざした。アサバは眼鏡を指で上げると、ルタイスに冷徹で鋭い眼光を向ける。
「⋯⋯ほぼ感情論ですね。擁護の域を出ません。それに貴方を罰しても、今後オークらから発生するであろう事案を未然に防げる訳でも無く、そもそも何も解決しません」
「は、はい。で、ですがっ」
「ですが、そうですね。現状、一番モグリ殿の行動原理を分析し把握出来ているのはルタイス殿でしょう。モグリ殿の直接の情報が乏しい今、貴殿の主張を頭ごなしに否定する訳にも行きません」
「え(裏返った変な声)」
すっとんきょうな声で返事したルタイスを鼻で笑いながら、ガルバンダーはランダスを顎で差した。
「ランダス、お前はどうなんだ」
「俺か?ルタイスがそう言うならそうなんだろう。モグリは、ぼっ~として海鮮について以外何考えてんだか俺にはわかんねぇが、ルタイスとは良くやってる」
「だろうな」
「街でモグリ絡みで大事になって無いのも、いやまぁ昨日、あの、えー、愛情と憎悪だっけか?」
「親父、豪鉄の剣」
「だっけか?とはなんかあったが。モグリがルタイスの言う事には素直に従ってるからだろうしな」
「それも計画の内で、演技だとしたらどうします?」
アサバがそう言い捨てると、ランダスは戯けた表情で首を捻った。
「だとしたら、もう何が何だかな。ははははは‼︎逆に聞くが、だとしたらギルド側はどうすんだ」
「お手上げですね」
「お、アサバ氏にしては随分と思い切りの良いこったな」
ガルバンダーがそう笑うと、「貴方も同意見でしょう」と呟いた。ガルバンダーも頷くと、アサバは改めてランダスに応える。
「ただでさえ行動原理も理由も、我々には理解出来ませんから。加えて我々が調査しても、現状彼の素性も明らかになっていません。判断材料は証言と物的証拠と揃っているのに、です。彼の心理的内情が理解出来なければ⋯⋯」
「⋯⋯あの、すいません」
「ルタイス殿、なんでしょうか」
「なんでモグリに直接、事情を聞かないんです?」
ルタイスの発言に、アサバは即答した。
「ここまで話した通り、意味がありません」
「え?」
「もしモグリ殿をここに呼び出し、事情を聴取し事実を問いただしたとして、彼の真意がどうであれ我々が対処するべき問題は別にある為です」
「つまりなルタイス。モグリに悪意があれどうであれ、オークらが島から脱出して行方不明な事は別に何も解決しないだろ?それにな⋯⋯」
ガルバンダーが葉巻に火を付け、煙を鼻から吐き出しながらアサバを見上げる。アサバはガルバンダーに返事するように頷くと後ろに手を組みながら話し始めた。
「はい。モグリ殿の素性が善性なら問題無し。しかし、もし彼が悪意を持ちまたは敵意の元、ここまで行動してきたとします」
「っ⋯⋯、はい」
「その場合、問いただした時点で我々と明確な敵対関係に移行します。ここからは最悪の想定ですが、」
「今、彼がこのアバルバントの街で我々への敵意の元に暴走した場合、我々アバルバントには彼を押さえ込む術がありません。軍や現在街や周辺のA級、S級と協力して対処したとしても、街や人的被害は計り知れません。討伐出来たとさて街は最低でも壊滅。最悪、カリョナ領地全体が危険に晒されます」
「⋯⋯ああ、なるほど」
「それに地下室の海賊の死体の山と死因。今回の討伐作戦に置いて海賊の生死は問わず、でした。グランド・ハイオークの仕業かも知れませんがもしこれもモグリ殿の仕業だとすると彼には隠された残忍性がある事を示唆しています。まぁ、それより数々のネームドモンスターとの戦歴の方がよっぽど重要ですし、海賊を討伐した事には相違ありませんから今回は不問です」
「海賊を仕留めてんのは、何もモグリだけじゃねぇからな。なぁ、副隊長」
「ええ、我々も複数手に掛けました。勿論、致し方なくですが」
「⋯⋯そう、ですか」
A級以上の冒険者しか討伐記録が無いクラーケンとキングクラーケンが捕食対象である。加えて、S級以上でも討伐記録が極端に少なくそれ故に討伐方法が確立していない為に討伐が極めて困難なグランド・ハイオークと対等に渡り合い、その上で飄々と生還したモグリ。
「ご気分を害したら申し訳ありません。一つの指標としてお聞き下さい。もしモグリ殿にモンスターランクを指定するとした場合⋯⋯」
「彼は、S、またはSS。それ以上のランクである可能性があります」
続く。




