副長のお眼鏡①
翌日。
モグリとルタイスは朝からギルドに出向いた。受付の職員に話を通すと、2階に案内される。職員の後を着いて廊下を歩いていると、廊下の先に3人の男性が立っていた。ルタイスがモグリの腕を肘で小突き、小声で囁く。
「⋯⋯アサバ副ギルド長だ」
「噂の」
「ああ。話は俺が合わせる」
「うん」
ギルド職員がアサバに頭を下げると、その場を後にする。アサバが取り巻きと見られる2人の男性から半歩前に出ると、モグリをじっ、と見つめる。
ぴっちりとした金髪の七三分けに刈り上げたもみあげと長めの襟足。シャープなシルバーのリムレス眼鏡の下から、眼光鋭い一重の瞳がモグリを見ている。モグリより少し高い背丈で、背筋が伸びた長身のモデル体型。白いローブとネクタイのギルドのピシッと着こなされた制服からは何処か緊張感さえ覚えてしまう。
人を見た目で判断するな、とモグリを守ってくれたルタイスの横でこのような事を考えてしまうのは非常に後味が悪いが、聞いていた話から想像していた人柄と見た目が120%シンクロしている。
まだ一言も言葉を交わしていないが理解出来る。これはガルバンダーと噛み合わない訳だ。
「おはようございます、アサバさん」
「おはようございますルタイス殿。朝早くからご苦労様です。それに⋯⋯」
アサバがモグリの顔を凝視し、すぐに頭を下げた。
「お初目お目に掛かりますモグリ殿。アバルバントギルド、副長のアサバと申します」
「はじめましてモグリです」
「海賊島での噂はかねがね。」
「あ、いえ」
「この度は仮冒険者登録おめでとうございます。モグリ殿の冒険者活動の行先をお祈りいたします」
「どうもありがとうございます恐れ入ります⋯⋯」
見た目通りの固い挨拶だが、現時点で毒は感じない。もっと深入りされると警戒していたが、どうやら無駄を省くタイプか。
「モグリ殿は別室にて過ごされるとの事で、空いている執務室をご利用ください。ご案内を」
アサバの取り巻きの職員の1人がモグリに「では」と頷き、モグリは職員とその場を後にした。
モグリが角を曲がり姿が見えなくなると、アサバは眼鏡を指で押し上げながらルタイスに問い掛けた。
「⋯⋯彼がモグリ殿、ですか」
「は、はい」
「聞いていた通り、普段は落ち着いた青年のようですね。しかしあの体躯の良さ。何より⋯⋯」
「魔力量、ですか」
「ええ。ルタイス殿、あなたはどうお考えです?」
「あいつに自覚が無いのは前提として、隣で戦っている時に確信しました。モグリは⋯⋯」
「こちらになります」
「はい、失礼します」
案内された執務室は、ソファに机と椅子、自然光を取り込む窓のある質素だが落ち着いてコユからの宿題が出来そうな部屋だった。モグリはリュックをソファに置いた。
「お飲み物はこちらに冷茶があります。おかわりやその他ご要望がございましたら、気兼ねなくお声がけください。お手洗いは部屋を出て右奥です」
「はい」
「それでは失礼致します」
職員が部屋を後にすると、モグリはリュックから本や筆、紙を手に取り椅子に座った。卓上の灯りの魔道具を付け、本を開いて筆を握った。
⋯⋯が。
「⋯⋯やばい。一千万円、あ違う。一千万ミリアルの事が脳内を駆け回って何も手に付かない。ど、どうしよう。いやだって一千万、一千万?」
モグリは椅子の背もたれに片腕を置き、後ろの窓からアバルバントの朝の景色を眺める。段々と活気に満ちてきたアバルバントの街では朝市で買い物をする人々や、飲食店のテラス席で朝食を摂る人々。出勤、通学と見られる馬車に揺られる人達に、早速ギルドに向かうべく広場を歩いている冒険者達の営みが望める。
「⋯⋯海、行きたいなぁ」
ここからどの方角に港があり、海があるか土地勘が無い為に全くわからない。
モグリは肘に下顎を埋め、溜息を吐いた。
アサバとルタイスが会議室に入ると、先にガルバンダーとランダス、アバルバント軍の兵士が数人、席に着いていた。ルタイスはランダスと軽く挨拶を済ませると隣に座り、上座で項垂れているガルバンダーを指差した。
「あれ生きてんの?」
「ギリギリな」
「げっそりしちゃって。申し訳ねぇな」
「あいつ、昨日で10キロ痩せたらしいぞ」
「⋯⋯嘘だろ」
アサバは黒板の横に立つと、「ギルド長、皆様お揃いになりました」とガルバンダーに伝えた。
「あ、ああ」
「⋯⋯ギルド長。皆さん、席に着きましたが⁇」
「あ、あ、ああ?あ、おう、おうおう。お、おー!ルタイスか!いやぁ朝からすまねぇな」
「お、おう」
笑いを堪え細かく震えているランダスの隣で、ルタイスは心の中で必死にガルバンダーに心底謝っていた。
「では、この度のシオサイの村、並びに海賊討伐作戦の依頼完了報告と報酬分配、その他取り決めについての会議を始めさせて頂きます」
アサバがそう述べると、職員が皆に資料を配り始めた。
約2時間後。
(本人の等身大フィギュアと化したガルバンダーを座らせた)アサバのテキパキとした段取りにより、会議室での話し合いはスムーズに進んだ。
「⋯⋯では、各冒険者への報酬はこの分配計画書に則り本日から随時行います。海賊島からの押収品は元の持ち主を確認次第、返還。持ち主が判明しない押収品はシオサイ村、ギルド、アバルバント領で分配。この分配量は後日押収品の確認作業後に連絡致します。以上でよろしいですか」
アサバが全員を見渡すと、各々が頷いた。ガルバンダーも咳払いし、
「シオサイの村からの冒険者への報酬分はしばらくギルドが肩代わりして支払っておく。漁業が正常に戻ったら、アバルバントとの仕入れ値を調整してその差額を支払いとして計算する。まぁ、これも追々要相談だな。で良いかランダス」
「ああ。村長もそれで既に了承している、後で銀行でそれ用の口座を作りに行く」
「うむ。ではこれにて本日は」
「お待ち下さい」
半ば無理矢理席から立ち上がってお開きにしようとしたガルバンダーの言葉を、アサバが低い声でぶった斬った。
続く。




