世界の澱み
約一時間前、アドベント・プレパスにて。
場面はルタイスと店長の会話に遡る。
「そうですね。はい、実はとある事情がございまして」
「話せる所までで良いっすから、話してみて下さい」
「はい。実は⋯⋯」
「数週間前に先程の店員、彼の故郷が深淵海賊団の襲撃に合い甚大な被害を被りました。」
「⋯⋯具体的には」
「はい。村人に多数の死傷者を出し、誘拐されたと見られる若い女性や子供達もおります。彼は両親を殺害され、弟夫婦の娘、彼の姪っ子も誘拐されたのです」
「んだと⋯⋯?」
店長の話に、ルタイスは固く拳を握って顔に血管を浮かばせ静かに、しかし激しく憤っていた。当然だ。
もし、モグリがいなかったら初手のポロボラの襲撃時でシオサイの村も同じような被害を受けていたのだろう。
店長は一呼吸置いてから、再び語り出した。
「その時の襲撃を率いていたのがシャチの獣人だったらしく、その、失礼な物言いになってしまうとは存じますが⋯⋯」
「モグリの姿が、そのシャチ野郎を連想させたって訳か」
「はい恐らく⋯⋯。彼もモグリ様がそうでは無いと頭では理解しているとは思うのですが」
「⋯⋯そうか」
モグリも試着室から鼻先だけ出しながら話を聞いていた。
無理もない。ただでさえこの世界では珍しい海棲哺乳類型の獣人の姿をしているのだ。シャチとマッコウクジラは似ても似つかないが、数週間前の出来事ならばモグリのこの姿は強烈なトラウマを引き起こすには充分だろう。
よりによって確認例が無いマッコウクジラの獣人とならば、より一層不安分子だろう。
ッ⋯⋯⋯⋯。
そうか、この世界でのモグリへの訝しむ、不安な視線。
普段生活を共にしているイルカやサメ、その他深く浸透している隣人である獣人とは違い、未確認のマッコウクジラ獣人のモグリは、
深淵海賊団を連想させるのだ。
「お前、いつまでそうやってそこで鼻だけ出してんだよ」
「いや出るにも出れなくて」
モグリが試着室から出てくると、店長が頭を下げた。
「モグリ様には不快な話を耳に入れてしまい、申し訳ありません」
「いや。逆に私への街の人の視線の謎がわかりました。単に珍しいというだけでは無い、何か別の意味があるような気はしていたんですが」
「こいつが深淵海賊団?だとすりゃ、大層な裏切りなこったな。にしてもそうか、さっきの店員には改めて俺からの詫びを入れといて下さい。事情を知らなかったとは言え、尚更あの言い方は無かった」
「痛み入ります。しかと、お伝えいたします」
「俺の手が届かない場所が多い、歯痒いったらありゃしない」
ルタイス自身も、どちらかと言えば店員側の立場の筈だ。それでも気丈に振る舞うその姿に、村長から続くシオサイの逞しい血筋を感じる。
先程の、商人の護衛がメイン業務だった話からも、恐らく彼は助けを必要としている普通の村人や街の人々を守るのが目的なのだろう。
悔しそうな顔で拳を握っていたが、ふと顔を見あげ、モグリに向き直った。
「ま、お前は深淵海賊団にしてみちゃ天敵みたいなもんだからな。今度あの店員に会ったら、お前がなんて言われるか楽しみだぜ」
「ルタイスだって戦ったじゃないか」
「お前に比べたら走り回ってただけだ。んで、早く会計しようぜ」
「う、うん」
そして、現在。
酔った冒険者の言葉に目を丸くしたモグリは脳内で先程の店でのやり取りを思い出していたのだった。
酔っ払いの彼も、もしかしたら?
こんだけの人が居るんだ。一人一人にどのような事情があるか、とても想像出来ない。
何度もルタイスに言われた通り、モグリは無視して歩き出そうとした。
しかし。
「おい。今、なんつった」
ルタイスがモグリの横から身を乗り出し、モグリに暴言を言っていた5人組の冒険者に怒り凄んだ。5人組の席の前に立ち、深淵海賊団かと言い放った冒険者の前に立ち塞がる。
「荷物運びだ魔族だの発言は見逃してやる。善良な魔族にも失礼だがな」
「あ?誰だなんだお前?」
ルタイスに触発され立ち上がった冒険者はルタイスよりも一回り以上、身長もガタイも大きかったが、ルタイスは一切怯まない。
「だがな、俺のダチが深淵海賊団だと?聞き捨てならねぇな⋯⋯」
「あ?何だよ、冗談を真に受けやがって」
「冗談で言って良い事じゃねぇんだよ。彼に謝れ」
「あ?なんでだよ」
他の4人も立ち上がり、ルタイスに凄むがルタイスはそれでも全く退かない。
「偉そうだなお前ランクはいくつだ?因みに、俺達はB級パーティ、豪鉄の剣だ。次の昇格試験でA級昇格間違い無しの、」
「知るかッッ」
ルタイスが凄み、周囲が一瞬で静まり返る。
「なら教えてやる。あいつは俺達と一緒に戦って、俺の故郷の村を深淵海賊団から救ってくれた恩人だ。クラーケンを倒し、近くの島を不当に陣取ってたポロボラ一家を蹴散らし、キングクラーケンを倒した豪傑だ」
モグリの為に相手に凄むルタイス。
そのルタイスの背中を見ていたモグリは、何か胸が騒つくような熱を帯びるような経験した事の無い感覚を覚える。
そうか、これは⋯⋯
恐らく前世の艾理が彼に出来なかった事。
そして⋯⋯
ルタイス、君はもう⋯⋯
続く。




