初めてのお買い物
「あっ、ここだぜ」
「ほえ~」
ルタイスに連れてこられた店は、大通りから少し外れた路地に鎮座していた。古びた武器や防具が乱雑に詰め込まれた樽が置かれた店の外観は、いかにもな冒険者御用達と言った風貌。
「ここは、アドベント・プレパス。冒険者用の武器とか防具、雑貨から服まで取り揃えてんだ。初心者にも優しい値段と初期装備の品揃えも豊富だぜ?お前もしばらくはお世話になるだろうから、また来ようぜ」
「ふ~ん。服屋さんでは無いんだ」
「服屋さんは服屋さんで別で行こうな。まずは冒険者の服だ」
「ああ、そうだったね」
カランカランカラン⋯⋯
「いらっしゃいませぇい」
店内に入ると、モグリは隅々まで見渡す。店の入り口の外観より店内が随分広い。建物の一階全体がここの店なんだろう。左側には武器、中央には防具のスペース。右側には雑貨や服飾が壁や棚に陳列されている。
「すげぇ」
「ほぉ。珍しくお前のテンションが上がったか?」
「男子なら好きでしょこれ」
「違いねぇな。よし、こういう時はまず店員に聞こう。俺拳闘士じゃねぇし。すいませーん」
ルタイスが店員を呼ぶと、近くで作業していた男性店員が笑顔で駆け付けてきた。
「はぁいはぁい、お待たせしました」
「すいません。彼の服を見繕って欲しいんすけど」
「はぁいはぁい。あなた様で、す、ねぇ⋯⋯?」
「はい。ん?」
店員はモグリを見て早速困惑している。やり取りに気付いた他の客や店員もモグリを見て驚いている。
「あ、なるほど。あ、そ、そぉですねぇ」
たじろぐ店員に、ルタイスは金の入った革袋を取り出して目の前で揺らして見せた。
「別に金は払うんだ、俺の連れが何だって良いだろ。それともなんだ?あんた亜人差別者か?」
「あ、いえいえ、そういった訳では⋯⋯」
「おや。ルタイス様ではございませんか」
「お、店長さん。久しぶりです」
ちょっとした騒ぎになりかけたのを見かねた店長が、店の裏からルタイスとモグリの所に出向いてきた。眼鏡を掛けた初老の男性だ。
「申し訳ありません。ルタイス様とお連れ様に私の店の者が無礼な接客を致しました。全ては私めの下への教育不足、不得の至らぬ所でございます」
店長が頭を下げると、店員も頭を下げた。
「だってさモグリ」
「あ、いや、別に気にしてないです」
店長と店員が頭を上げ、店員は店長に裏に下がるように言われその場を後にした。店長の顔見知りの客とその連れに失礼を働いたと思ったのか、その店員の顔は青ざめていた。
「まぁ俺も気にしちゃ居ないが、連れを訝しまれたんで、良い気はしないんですよねぇ」
ルタイスがわざとらしく顔を顰めると、店長は「左様でございましょう」と申し訳無さそうにペコペコと頭を下げる。
ああ、なるほど。ルタイスはこれを使って後で値切りの材料にするつもりだろう。
「さて、改めて私めがご案内致しましょう」
「あざす。彼、今日から拳闘士として冒険者の卵を始めるんですけど、服も装備も無くてですね。ほら、彼、ガタイが良すぎるから選ぶの難しくて」
「かしこまりました。まずは冒険者になられるとの事で、おめでとうございます」
「あ、ありがとうございます。仮冒険者登録ですけどね」
「だとしても、喜ばしい事です。ふむ⋯⋯」
店長はモグリの体を見定めるように下から上に眺めると、腰のポーチからメジャーのような器具を取り出した。
「モグリ様。サイズを計測致しますので、少々お身体失礼致します」
「はい、お願いします」
「ふむふむ。流石は獣人の拳闘士になられるお方。言葉を選ばずに言わせていただくと、マッチョメンでございますね」
「そうなんすよなんでかなコイツ食って寝てばっかなのに」
「で、どうですか?」
店長は2人に微笑み、手で服飾と雑貨のコーナーを示した。
「お任せ下さい。同じようなオーダーの獣人のお客様も、多数請け負っておりますから。裾上げや微調整もお手のものでございます。こちらへどうぞ」
「お、良かったなモグリ」
「うん」
店長はとある服を手に取った。黄色い何かの皮で出来た袖無しの服だ。
「こちらマリアルザウルスという水棲の大型爬虫類モンスターから作られた装備でございます。とても伸縮性があり、刃物や火属性にも強い丈夫な素材で作られたおります。水棲モンスターの素材ですので泳ぎの邪魔にもならず、海棲哺乳類の獣人であるモグリ様には相性が良いかと」
「ほー。流石は店長。モグリ、合わせてみろよ」
「うん」
モグリは手に取って体の前で合わせてみる。ほぼピッタリだ。袖が無いから、肩周りの筋肉の邪魔にもならなそうだ。爬虫類の素材と聞いたが、変な匂いもしなければ手触りも程よく滑らかでひんやり心地良い。
「実際には、下にインナーや時にはチェインメイルを着ますから、そちらも一緒に揃えて試着するのが良いかと存じます」
「そうですね、まとめて見繕って下さい。それで良いよなモグリ」
「うん。お願いします」
「かしこまりました。それでは続きまして⋯⋯」
20分後。
全て着揃えたモグリは、鏡の前で仁王立ちしてみる。そして屈伸したり腕を回したり、足を上げてみたり、シャドーボクシングをして動き易さを確認する。
「良いですね」
「うん、良いよな。俺もそう思う」
「左様でございますか。それは何よりです」
袖無しのチュニック風の黄色い上着の装備に、革ベルトと水牛のモンスターの丈夫な革ズボンと丈夫な革靴と丈夫なリュック。そして、先程のお詫びにとおまけに貰った、モグリの肌より濃いウルトラマリンブルーの色をしたマント。ルタイスも値引きの代わりとしてこのマントは相応しいらしく、満足そうにニヤけていた。
それにしても、初めて着たとは思えない着心地。
冒険者用のインナーや靴下も良い感じだ。これは複数買っておきたい。
「よくお似合いですよ、モグリ様」
「揃えて頂いてありがとうございます。気に入りました買いです」
「ありがとうございます。不躾ですが、ナックルダスターやメリケンサック、ガントレットなどは如何されますか?いかにモグリ様がクジラの獣人でございましても⋯⋯」
「あ、いや店長。ありがたいんだが、多分武具の方がモグリに耐えられない。いずれ必要になったらまた見に来ますよ。それにしばらくは俺同伴でEランクの依頼しかしないから、今はこれで充分っすよ」
「かしこまりました。その時はまたご利用くださいませ。では微調整後、お会計で宜しいですか?」
ルタイスがモグリを見るとモグリが頷き、ルタイスは革袋を取り出した。
「はいお願いします」
「ああ。よろしく頼むよ店長」
「では、一度お預かり致します」
「あ、そうだ店長さん」
「はい、なんでしょう」
モグリが試着室で着替えながら何かを思い出したかのように呟いた。
「先程の店員さん、どうか咎めないで下さい」
「なんという心遣い、痛み入ります」
「いやまあ、マントも貰いましたし」
「ありがとうございます」
「⋯⋯ここの店員が、あんなに取り乱すなんてな」
「申し訳ありません」
「いえいえ、俺もちょいと強く言い過ぎたかもな。ただ⋯⋯」
ルタイスは壁にもたり掛かり、店内を見渡す。様々な見た目の冒険者が商品を手に取ったり、店員と会話をしている。
「ここの店は店長をはじめ、どんな種族だろうが身分だろうが差別しないから気に入ってたんだ。だから多分あの店員も普段はそうなんだろ。んで、モグリが珍しいとは言え、あんな露骨に狼狽えるとは思ってなかったんすよ」
「それはそれは、そのような評価を頂いていたとは、喜ばしく思います。同時に申し訳なく⋯⋯」
「なんかあったんすか?」
着替え終わったが出るに出辛い雰囲気を感じ、何故かモグリは試着室のカーテンから鼻先だけを出してそのまま大人しく様子を伺った。
「そうですね。はい、実はとある事情がございまして」
「話せる所までで良いっすから、話してみて下さい」
「はい。実は⋯⋯」
アドベント・プレパスでの買い物を終わらせたモグリとルタイスは、ルタイスの賃貸に辿り着いた。かすれた橙色と白色の煉瓦造りの小さなアパート、だろうか。ベランダには洗濯物や花壇が置いてある部屋もあり、どうやら住人は冒険者だけでは無く、一般のアパートのようだ。
2階に上がり、鍵を開けて部屋に入る。
「ただい、うわ、窓開けるわ」
「お邪魔します」
前から思っていたが、ルタイスは意外に丁寧な生活感をお持ちでいらっしゃる。整理整頓された部屋の中には最低限の家具と雑貨が置かれていた。釣竿やルアーが壁に掛けられており、いかにも島育ちの漁師っ子という感じだ。
しかし、ベッドの横には。
「あらまぁ観葉植物なんか置いちゃって」
「うるせぇ。適当に荷物置いとけ、すぐギルド行くからよ」
「うんわかった」
「ん?」
ベッドの横の低いテーブルには、木の棒が刺さった瓶が置いてある。
「何これ。微かに石鹸みたいな良い匂いがする」
「ああ、出てる間にひあがったか。買い直さないとな。それアロマな」
「うわ⋯⋯」
「ちがっ、下心とか関係ねぇから‼︎好きで置いてんだよ。あんま見るな俺の部屋、もう行くぞほらっ」
「はいはい」
「⋯⋯女受けの為だよ(ボソッ)。うるせぇ言わせんな、早く靴履けよてめぇよぉ~!」
「たはっ、はいはい」
続く。




