始まりの港街
朝方にシオサイの村を出発したギルド船は、昼前にアバルバントの沖合に辿り着いた。甲板の日傘の下で昼寝していたモグリは、ルタイスに起こされて船の前方に連れていかれる。
「ほら、モグリ見てみろ。あれが南部最大の港街、アバルバントだ」
「んな、自慢げな⋯⋯。おお⋯⋯」
渋々に街の方に目を凝らしたモグリは、アバルバントの景色が鮮明になるにつれその情景に圧倒された。
隅々まで整備された巨大な港には、大小様々な船が停泊し、港と運河を船がひっきりなしに行き来する。港には木箱や穀物が入っているであろう袋の山が所々に置かれ、船員や港の人々が牛車や馬車に荷物を載せている。昼寝していて気付かなかったが、既にこのギルドの船からも、周囲の海上に様々な船が行き来しているのが見えた。
更に港に近付くと、より街の姿がモグリの目に入って来た。
所謂、昔ながらのヨーロッパ風の港街という風貌で、色とりどりの建物と屋台が並んでいる。馬車や沢山の人々が軽やかな喧騒を醸し出し、ここが商業的に栄えた重要な拠点である事を示していた。
「アバルバントはな、帝国の経済特区でもあるんだ。ダンジョンやモンスターの出る森も近郊に多いのも理由だが、荷運びの際の護衛の傭兵として冒険者は需要が高いのさ」
「ルタイスもやってたの?」
「そうさ。俺はそっちメインだったかもな。山賊とか強盗団とかよ、アバルバントから離れると結構出くわすからな」
「それが村長が言ってた、将来的な商人とのコネに繋がる訳か」
「そゆことよ。あ、船着くぜ。降りるぞ」
「うん」
船から降りると、ギルドの職員がギルドの馬車に荷物を載せていた。ガルバンダーがモグリ達に気付いて手を振る。
「さて、着いた訳だが。ひとまずの感想はどうだ?」
「そうですね、思ってたより大きな街です。船から街の向こう側が見えなかったです」
「はははは‼︎そうだろうそうだろう。ここには色んな物や人が集まり、交わり、そして変化していく。新たな文化が生まれるのはこういう街だ」
「はえ⋯⋯」
「ここで面食らってちゃ、街に入ってからが心配だな。がはははは‼︎」
モグリはルタイスの横に並び、辺りを見渡す。見るからに力持ちなムキムキのライオンやクマの獣人が荷下ろしをし、普通の人間と和やかに談笑している。アシカっぽい獣人が、同じ服装の人間と蛇の獣人とリストを見ながら大きな虫系のモンスターの素材を確認している。
なるほど。海賊討伐隊の時に、冒険者や兵士の中に獣人が居るのは見ていたが、ここまで普通に生活しているとは。元の世界で言うところの国籍、いや、この分だと地域が違うだけの人という感じで特に隔たりは無いようだ。
(まぁ、マッコウクジラの獣人の見た目をしている人が考える事としてはおかしいが、中身はそうでは無いのだから)
例えるなら⋯⋯
大阪の人と東京の人が同じ職場で働くとして、方言やら習慣やらで食い違いはあれど、別に会話は成り立つし仕事は出来るし、そもそも国は同じですやん。ぐらいの肌感を、モグリは港で働く人々から覚えた。
「⋯⋯こんなに獣人が居て、なんで自分が珍しがられるんだろうってか?」
「え、あ、ああ」
ルタイスはモグリの肩に腕を置き、顎でアシカの獣人を指す。
「アシカやイルカ、サメの獣人も普通に居る。ただ元々深海に住んでたり沖合にいる種が元の生き物の獣人は珍しいんだ。深海ザメとか、深海魚の獣人は少数民族なんだよな」
「フカヒレスープと煮付けが食える可能性が出てきたって事か。興味深い話だな」
「真面目に答えてあげたらすぐこれだよ。これだからMr.シーフードは⋯⋯」
「冗談だよ」
「だから、もしかしたらお前さんの仲間も見つかってないだけで海のどっかにいんのかもな。現にお前がいる訳だしよ」
居ないんだよなあ、と内心では思いつつモグリはルタイスに頷いた。
「居たら戻んのか、海に」
「いやまあ会ってみたさはあるけど、家族かはわからないし。何より記憶も無いのに探し方も戻り方も暮らし方もわからないよ」
「そっか。ま、焦らず行こか。ギルマス!」
「ん?」
ルタイスが声を掛けると、ガルバンダーはランダスと共に振り返った。
「俺達、このまんまギルド行ってモグリの仮冒険者登録済ませてくるぜ」
「あ、いや、ちょっと待て」
「えなんで?」
「俺がギルドに戻ってからにしろ。お前らの事情を知ってる職員もいるが⋯⋯、ほら、アサバとかよ。何言ってきてややこしくなるか分かったもんじゃねぇや」
「う、うわあ、そ、ああ⋯⋯。そっかアサバさんいんのかー(苦虫を潰した顔)」
「だから俺が先に戻って睨み効かせっからよ。ギルド入ったら職員に俺が何してるか聞け。会議中ったら、俺がアサバと話して時間稼いでるって事だからその隙に済ませちまえ」
「あんがとよギルマス!」
ルタイスはモグリの耳元で、
「ギルマスはこういう悪ガキみたいな知恵は働くんだぜ」
と囁いた。モグリも頷きながら、
「アサバ副ギルド長?って人、村長も曲者って言ってたな」
「爺ちゃんは嫌いだろうな、ああいう人。別にアサバさん自体は悪い人じゃないんだがな。で、じゃあ、俺達どっする?」
ランダスが財布を取り出し、ルタイスに手渡した。
「なんだよ親父、小遣いなら要らねぇよ」
「違うわ馬鹿。これでモグリの服買ってやれ。仮とは言え、冒険者登録すんだ。それなりの服買わないと俺達がコユにどやされる。だろ?」
「あっは。確かにな」
「なんかすいません、ありがとうございます」
頭を下げたモグリの頭を、ランダスは「気にすんな」と乱暴に撫でた。
「じゃあひとまず服買って、俺の家に荷物置いてから向かうわ。1時間くらいかな」
「よしわかった。アサバは俺が丁度よくどうにかしてやる。お前らはお前らで上手くやれ、俺は俺で上手くやるぜ」
「あんがとよギルマス。親父はどうすんだよ」
「ガルバンダーに着いてく。色々、確認する事もあるしな。仮登録の時は俺も居なきゃだから、受付前で会おうか」
「わかった。よし、行くかモグリ」
ルタイスが歩き出し、モグリも「あとで」と言いながら彼の後に続いた。
2人が港を出ると、露店や屋台が立ち並ぶアバルバントの港前通りを進む。船の上からでも見えていたが、なんて賑やかな街並みだろうか。様々な見た目の人々が、雑貨や武器、果物などの店先で品定めしたり店主と値切り交渉をしたり。
食べ物の屋台では、手軽な肉や魚の焼き物から見た事無い料理が並べられており、ルタイスは列に並ぼうとするモグリの首の襟元を掴んで引き摺る。
「エビの丸焼きぃい⋯⋯」
「わかったよ。けど昼は俺の好きな店に連れて行きたいから、今は程々にしろよ?」
「そこは何屋さんなの」
「何でもだ。ギルドの横の店だから、よく行くんだよ」
「へぇ」
丸焼きのエビを両手に持ち、口にはエビを咥えながら、モグリは服や帽子を売っている露店の前を通り過ぎた。ルタイスが立ち止まらなかったのでモグリも通り過ぎたのだが。
「服もお気に入りの店があんの?」
「ああ。着いてきな」
にしても⋯⋯
街の人々が皆、モグリの姿を興味深そうに窺う。ヒソヒソ話をしたり、人を呼んで一緒にモグリを遠くから見始めたり。勿論、良い気はしないがこうなる事は事前に分かり切っていた事だ。
前の世界でも、何度か似た場面に遭遇していた。
こういう時は黙って静かに、下を向いて⋯⋯⋯⋯
「⋯⋯気にすんなよ」
ルタイスが串を咥えながら、低い声でそうモグリに伝えた。
「最初だけだ。実在しても、見た事無い獣人なんか世界中にいる。俺だってそうだ」
「う、うん」
「んな事より、お前着てみたい冒険者の服とかあんのか?」
モグリは食べ終わった串をルタイスに渡しながら首を傾げた。
「う~ん。全然想像付かないけど、拳闘士って鎧で固めるって感じじゃないよね。身軽でこう、とにかく動き易さ重視って感じ」
「だよな。お前特にガタイ良すぎるから、お前の身長で入る装備なんてオーダーメイドしなきゃ無いだろうしな。」
「俺、兜絶対無理だしね」
「あはははっ!ま、とにかくまずは店見てみようぜ」
「うん」
しばらくして、更に広い大通りに出た。露店や屋台はめっきり数を減らし、逆にガラス張りの店舗や飲食店が軒を連ねる。文字はまだ満足に読めないが、ショーウィンドウや看板の絵、窓から見える店内の様子で大体何屋さんかは把握出来る。
ルタイスがとある店の前で立ち止まり、店内を指差した。コップに湯気の絵。カフェかレストランか?
「ここは?」
「お気に入りのカフェさ」
「へぇ。カフェとか行くんだ」
「ここは女子受け良いし、何より、店員がマージで可愛いんだぜ。いやぁあの新人ちゃんまだいるかなぁ?」
「早く服屋行くよ」
「グゲッ」
モグリはルタイスの首根っこを掴んで引き摺って歩き出す。
続く。




