息子の見送り
夏休み中の、ある日。
今日も今日とて、艾理と彼は市の図書館に来ていた。2人で植物図鑑を読んでいた所、静かな館内に外からの市内放送がくぐもって聞こえてきた。
「あ、もう17時半か。良い子の皆さんは帰りなさいだってさ」
「僕ら、はたして良い子かな」
「違うな」
「だよね、じゃあもう少しだけ」
気にせず次のページを開こうとした2人の背後から、咳払いが聞こえた。2人がゆっくり首を動かし後ろを見ると、司書が照明をバックに笑顔で仁王立ちしていた。
「悪い子だろうが良い子だろうが、大人の人と一緒じゃないなら帰りなさい?」
「う、うい」
「失礼しましたぁ」
がこんっ
2人は自販機で飲み物を買い、帰路に着いた。
「⋯⋯ ぷはぁ。なら前から思ってたけどよ。放送も、悪い子も良い子も帰りましょうって言えよなって話」
「確かにね。僕ら、悪い子なのにね」
「ああ。俺ら、ほぼ毎日図書館に通ってる悪い子なのにな」
「ふっ」
「はっ」
「あはははっ」
いつもの歩道橋の手前に着くと、彼は艾理に振り返った。
「そうだ艾理」
「あ?」
「僕、明日から数日会えないんだ」
「へぇ。旅行?ばあちゃん家行くとか?」
「ん、まあ、そんな所かな」
ぎこちない笑顔を返す彼に多少の違和感を覚えつつ、艾理は腕を組んだ。
「俺がお土産をせびるとでも思って言えないのか?」
「君は悪い子だからね」
「うるせぇよ」
艾理が彼を軽く小突くと、2人は笑い合った。
「じゃあ、帰るよ」
「ああ。気をつけてな」
「うん。帰ったら僕から電話するよ」
「わかった」
「じゃあ、またね」
何気無い、別れと再会を願う言葉。
また明日、また今度。
人は皆、当たり前に次があると、繰り返しその次があるんだと思ってしまう。
勘違いしてしまう。
それが親しい仲なら尚の事。
だってその繰り返しを人は、
日常と言うのだから。
そうだろう?
「じゃあ、またね」
◇ ◇ ◇
小鳥の囀りと、カーテンの隙間から溢れる日差しに照らされてモグリは目を覚ました。ゆっくりと体を起こし、窓縁に片肘をついて顎を乗せた。
「⋯⋯ ああ、そうだな」
またね、か。
結局、その日から1週間、彼とは会えなかった。戻ってきた彼は以前より痩せていた。
恐らく手術前の検査入院だったのだろう。
思えば、あの時のぎこちない笑顔。
その違和感。
具体的に彼に何が起きているかまでは、ガキの自分には理解出来ないにしろ、彼が何かを隠していた事には気付いた筈なのに。
それを言ったら、
またね、の、また
それが来ない事が目に見えてしまう気がして。
せめて何か気の利いた言葉を彼に⋯⋯
掛けてやる勇気も語彙も無かったんだろう。
だから、あんな別れ方だ。
「⋯⋯俺は悪い子だよ」
モグリがそう囁くと、背後から
「はあ?」
と言う声が聞こえた。モグリが慌てて振り返ると、顔を引き攣らせたルタイスが突っ立っている。
「あ、お、おは、おはようルタイス」
「あ、ああ。おはよう。お前、朝はそんな感じだっけ?」
「いや違くて」
「目覚めたら儚い系になりましたってか?」
「いや違くて」
「今日からはそんな感じで行くのか。ん、ギルドでもそう登録しろよ。儚い系男子ですって」
「いや違くて。ってかなんで勝手に部屋入ってんのさ」
「お前声掛けても全然返事無いから、窓から逃げたのかなと思ってな」
「逃げれば良かったな⋯⋯ 」
「ははっ」
◇ ◇ ◇
既に港に出かけたランダスを除き、モグリ達は朝食を済ますと、すぐに出発の準備をする。モグリはランダスの服に着替える。村にいる間、モグリはサイズの似た彼の服を借りていたのだ。
「安心しろよモグリ。街に着いたらお前の服揃えるからよ。そんな加齢臭染みついた服いつまでも着ていちゃ、お前が可哀想だぜ」
「いやいや。でもいつまでも借りる訳にはいかないし」
「お兄ちゃん、モグリ様に似合う立派な服を仕立てて貰ってよね?」
コユがモグリのカバンにスルドイカのあたりめや、焼き菓子やら干し肉やら色々な軽食を詰め込んでいく。
「うし。こんだけあればモグリ様でも2日は持つかな?」
「コユ、悪いね。ありがとう」
「どういたしましてモグリ様。冒険者になるなら携帯食は必需品だからね」
「お前が何を知ってんだか⋯⋯ 」
「お兄ちゃんにはあげない」
「余計なお世話じゃい。持ってるしそんないらねぇよ」
コユがモグリの手を取り、目を見て微笑む。
「あのね、モグリ様。港に行ったら人が多いしバタバタするだろうから今の内に簡潔に言うね?」
「ん?」
「モグリ様、ありがとう。なんだか色々、ごめんね」
「ごめんって?」
「村のあれこれに巻き込んで。それに、モグリ様は海で暮らしたいのにアバルバントに行かなきゃなんでしょ?お兄ちゃんも付き纏うし」
「おいこらコユお前」
突っかかってきたルタイスにノールックで足を掛けて転ばせると、コユは無視してモグリの手を握った。
この子はおませだが、賢い子だ。
こうして、気持ちを真っ直ぐ伝えられる人だ。
モグリがコユやシーロア家の人に馴染めたのは、彼らがこういう性格だからだろう。性格的に難ありなモグリに気後れせず、かと言って適度に踏み込まず。
ああ、そうか。
きっとあの日、自分がこんなふうに⋯⋯
モグリはコユの手に自身の手を重ねて握った。コユは驚いてモグリの顔を見上げる。
「コユ。改めて、あの日俺を見つけてくれて、助けようとしてくれてありがとう。もう少しだけ、頑張ってみるよ」
「モグリ様ぁ⋯⋯ 」
「文字の勉強も出来るだけ頑張っ」
話している途中のモグリの四角い額に、コユは背伸びして軽く口づけをした。
「へ」
「ふふ。おまじない♪」
「な、参ったな、ど、え、え?」
「モグリ様ったら、困っちゃって可愛い」
「お前を殺すッ‼︎おま、母さん。止めないでくれ」
銛に手を掛けたルタイスの肩にミエラが手を置いた。
「ルタイス、忘れ物は無い?」
「無いよガキじゃあるまいし」
「本当?靴下は足りているの?ハンカチは?ハンカチ無いと恥ずかしいわよ?」
「だから大丈夫だって母さん、もうガキじゃねぇんだよ俺。大きい荷物はもう船積んであるしよ」
「あらそう。飲み物は?」
「さっき母さんがくれたろ。大丈夫だよ」
心配そうにルタイスの身嗜みを整えるミエラの両肩に手を置き、ルタイスは彼女に笑顔を向けた。
「安心しろよ母さん。また帰ってくるから。今度は1カ月くらい休み作って、漁も手伝うしよ」
「ルタイス⋯⋯ 。私ったらごめんなさいね。わかってはいるんだけど、いざまた、あなたを冒険者として見送ると思うと⋯⋯ 」
涙ぐむミエラにハグをすると、ルタイスは自身の胸を叩いた。
「俺は死なねぇよ。爺ちゃんと父さんの次は俺が村長だ。爺ちゃん家のだだっ広い土地は俺のだ‼︎」
「あ、その土地はもう遺産相続の話し合いで決まって、ランダスが引き継ぐから、あなたが村長になってもしばらくはあなたの、」
「ああ知ってるよその話冗談だよ冗談。⋯⋯ 安心しろよ。俺はあんたらの息子だぜ?」
「ええそうね。要らない心配だったわね」
ミエラがルタイスをハグすると、ルタイスも抱き締め返した。
「行ってらっしゃい、ルタイス。気をつけるのよ」
「行ってきます。母さん。母さんも元気でな」
2人が離れると、ミエラはモグリにも両手を広げた。
「え、ええ?俺は⋯⋯ 」
「えいっ」
「おわあ」
コユがモグリの背中を押し、モグリが前によろめくとミエラがモグリを優しくハグした。
「嫌だったらごめんなさいね」
「いや別に⋯⋯ 」
「あなたも、強いのは知ってるけど。頑張ってね。あなたなら大丈夫」
「ミエラさん⋯⋯ 」
「あなたの事をよく知らない人から、とやかく言われても、気にしちゃ駄目よ。私達は知っているから。あなたが村のために戦ってくれる、優しい人だという事を」
「ありがとうございます。ミエラさん、本当にお世話になりました。コユとミエラさんは命の恩人ですから、その、」
「はいはい、それは私達にとっても、ね。またルタイスと帰ってらっしゃい。イカスミパスタ作って待っているわ」
「はい‼︎‼︎」
「あらあら。聞いた事無い程大きな返事だこと」
腕を組んでしみじみと眺めていたルタイスの横に、コユがちょこんと並んだ。コユも同じく腕を組む。
「お兄ちゃんも気をつけてね」
「おう。なんだ珍しいな、んん?やっぱ寂しいか?」
「気をつけてね、女性問題」
「うるせえってんだよお前は」
「いや、割とマジで」
「ッス」
続く。




