お別れ会
その日の夜。
ランダスの家で村長やランダスの家族と、アバルバントへ向かう前の別れの会を開いていた。漁に満足に行けない中でのやり繰りしたご馳走、モグリの為に海鮮中心の料理が食卓に並べられていた。元々そういった食生活だとしても、食卓から溢れんばかりの海鮮のご馳走。
乗り切らなかった分の皿を持たされているルタイスが満面の笑みをモグリに向ける。
「一応、俺への会でもある筈なんだが?なんで料理持たされてんの」
「お兄ちゃんは家帰ってきただけでしょ」
「一応帰省じゃんか」
「ついでじゃん」
「⋯⋯色々落ち着いたら休み取って帰るよ」
ランダスが笑いながらコユの頭をワシワシと掴む。
「あんま遊べなくて寂しかったって言ってあげろコユ」
「別にそんなんじゃない」
「ルタイスだってギルドへの依頼申請から軍への協力要請とか、最初から最後まで結構頑張ったんだからよ」
「ふぅん。寂しかないけどね」
視線を料理に向けて瞳を輝かせているモグリの袖を掴み、コユは上目遣いで顔を覗き込む。
「でもモグリ様までこんな早く村を出て行くなんて、もうちょいここでのんびりしなよぉ」
「いやモグリがあちらさんの要件と言うか」
「ん?お兄ちゃんには話しかけてないけど、どうしたの?モグリ様の料理が落ちちゃうから他所見しないでね」
「このチビがッ」
「モグリ様、アバルバントなんて抜け出して遊びに来てね?」
モグリは料理が食卓に並び始めてから一度も話を聞いていない。
「これイカメンチとアジフライかな?」
「約束ね?」
「うわぁ♪イカスミパスタだぁ♪」
「あ、私が遊びに行っちゃおう~」
「アクアパッツァなんて豪勢ですねぇ♪」
「都会の変な女に騙されちゃ駄目だからねモグリ様」
「それはルタイスに言うべきじゃない?」
「お前のその都合の良い耳は何?」
「お兄ちゃんは手遅れだから」
「うるせぇよ」
「大体、手出してんのお兄ちゃんからだし」
「だろうね」
「うるせぇっつってんだろ」
「私はシオサイの村の未来を憂いてるの」
「やかましいわ」
「はいはいはいはい。2人とも、こんな日にまで喧嘩しないの」
ミエラが手を拭きながら台所から戻ってきた。睨み合っているルタイスとコユの頭をペチンと叩くと席に座った。ランダスが「準備ありがとうな」と言うとミエラは微笑んだ。
「あなたもありがとう。皿を持たせてしまってすみませんね」
「なあに。片手分なんてモグリがすぐ平らげるさ」
「そうね。その大皿のイカスミパスタはモグリくんの分だから好きなだけ食べてね?」
「うわーい」
村長が杯を掲げると、皆も杯を掲げる。モグリもブドウジュースが入ったコップを掲げた。
「さて乾杯の音頭じゃが、島の海賊を片付けた祝いやらお別れやら、モグリやルタイスの幸先や村の行く末やら⋯⋯述べたい事は山々よ。まぁ、なんじゃ。上手くまとめられんから全部ひっくるめて、乾杯‼︎」
「かんぱ~い‼︎」
◇ ◇ ◇
「やっふあするふぉいふあのあふふああへっひんへぇすへぇ。いややふありみえははんのりょうひのうへでふかへぇ」
バケツ一杯分のイカスミパスタを頭と顔を真っ黒にして頬張りながら、モグリはミエラにグーサインを向ける。
「やっぱスルドイカのパスタは絶品ですね、いややはりミエラさんの料理の腕ですかね、ですって?もうモグリくんったらぁ」
「よく今の聞き取れるな母さん。あとお前はどうやって食ったら首から上が全部真っ黒になんだよ」
「ごっくん。ミエラさんの料理も食い納めかぁ。それだけが心残りだな」
「やだもうモグリくんったらぁ」
機嫌の良くなったミエラはどんどん料理をモグリの皿に取り分け、モグリはパスタを絡めたフォークを片手にもう片手のフォークで口に運んでいく。ランダスはそんなモグリを見ながらワインを飲み干した。
「俺もミエラの料理に胃袋掴まれたしな」
「知ってるかモグリ」
「知らない」
「まだなんも言ってねぇよ。少しは話に興味を示せや」
「ん?」
「親父が母さんと知り合ったのはとある街の冒険者ギルドの食堂なんだぜ」
「⋯⋯ランダスさんも冒険者やってた時あるんですよね。ルタイスも冒険者してるし、なんかそういうしきたりでもあるんですか?」
村長がランダスの杯にワインを注ぎながら「ああ」と頷いた。
「次期村長、というより村長の子は一度村を出て冒険者となって外の世界を学ぶという習わしがあるんじゃよ。実際に世界を渡り歩かねば分からぬ事は多いからの」
「なら村長も?」
「そうじゃ。まあワシは元々体が弱かったからすぐ村に戻ってきたが、それでも良い経験になった。そん時に知り合ったツテで、今も貿易をしている商家や飲食店もあるしのう」
「なるほど。結構重要なんすね」
「それにワシは幼馴染と結婚したが、ワシの親やランダスは外で知り合って結ばれとるしの。いやまあ、こいつらは遊び過ぎな気がするがな」
ランダスは苦笑いを浮かべ、ルタイスは村長に睨みを効かせる。村長はおちゃらけた顔をルタイスに返しながらワインを飲む。
「それも含めて人生経験さ」
「あなた街の女性から評判悪かったわよ」
「俺を拾ってくれてありがとな」
「じゃあなんで母さんはお父さんを選んだの?」
コユの質問に、ミエラはランダスの肩に頭を寄りかかりながら微笑んだ。
「近くのダンジョンからモンスターが流れ込んできた事件があってね。ランダス達は別の街から戻ってきたばっかなのに、そのモンスターの群れから私達を守ってくれてね。避難誘導してた私を庇って重症を負ってしまったの」
「あらまあ」
「そん時の怪我が原因で冒険者は引退したが、ミエラが手に入ったから割の良い報酬だわな」
「こんな事言ってるけどランダス、もうじきAランク昇格って時だったのに無茶してね。流石に申し訳無かったわ」
「街と惚れた女の危機に肩書き気にして引っ込んでちゃ、男なんて嘘だろ」
「やだもう」
いちゃつき始めた両親に嗚咽するルタイスに対して、コユは目を丸くして興味深く耳を傾けていた。
「へぇ⋯⋯。お兄ちゃんはそこまでやれる?」
「やれるわ舐めんな。ただ初めて聞いたなこの話」
「ね。そんな馴れ初めだったんだ」
「まあ未だに先輩冒険者にランダスの息子って言われる事もあるしな。んでモグリは話聞いてんの?」
「ん?ギルドの食堂で知り合ったんでしょ?」
「こいつ全然聞いてねぇな。あとなんで肩まで墨で汚れてんだよ」
モグリはサラダを頬張りながらおしぼりで顔を拭く。
「ガルバンダーさんと知り合ったのもその時期ですか?」
「あいつとはパーティーの仲間だったんだよ。俺が剣士であいつが重騎士でな」
「へぇ、そうなんすか」
「どっちが多く手柄を取れるかで前衛突っ走って、リーダーに2人で叱られてたな。いやあ、懐かしい懐かしい」
「ギルドマスターになった人と競い合うなんて、ランダスさんも強かったんですね」
ランダスは自慢げに胸を張り、ミエラは嫌だわもう、という感じでランダスの肩を叩いた。ランダスは昔を懐かしむ様に天井を見上げる。
「まあな。あいつはその事件の後にAランクに昇格。高ランカーで忙しいだろうに俺が負傷したのは自分のせいだとか抜かして、村に素材やら報酬金を仕送りしやがってな」
「ガルバンダーがギルドマスターなった時にその金で盛大に祝い返してのう。もう仕送りをやめろだのやめないだので、祝いの場で殴り合いを始めた時は傑作だったわい」
「結局、私達の結婚式を最後に辞めてくれたけどね。よく分からないけど、これが男の友情って奴なのかしらね?」
「腐れ縁だ」
ルタイスは肘を付きながら話を聞いていた。
「ギルマスは情に厚いからな。情け無い話、俺が気にかけて貰ってんのは親父のお陰だろうし。アバルバントのギルドに勤めたのもそれが理由だろ。でモグリ、話聞いてたか?」
「俺が剣士であいつが重騎士なんでしょ?」
「ちょっと一回食うの止めれるかお前」
ルタイスに睨まれたモグリはイカスミパスタを飲み込み、口を拭いながら頷いた。
「嘘嘘、聞いてたよ。なんだっけ、ルタイスが勤めた親父のオカゲンダーで気にかけて貰ルバントの情け無い話?」
「お前いい加減にしろよ」
「まぁ、ちょいと真面目な話をするがのう」
村長は姿勢を直すと、真剣な表情をモグリとルタイスに向けた。2人もその雰囲気を掬って村長に視線を向けて座り直す。
「もうルタイスは痛い程理解していると思うが、冒険者ってのは危険と隣り合わせじゃ。そんな中で生き残れるかが村長に成れるかどうかの試験という訳じゃ。ルタイスが村長になりたいかどうかは別じゃが、少なくとも冒険者に成ったという事は、そうなんじゃろ?」
「ん、まあ、村長なるかどうかは決めきれてないけどな。あんま口に出したくは無いが、爺ちゃんや親父の事は昔から尊敬してるし。その血を引いているなら、習わしに従って初めて俺も一人前の男に成れるかなと。いや、成る為だ」
「女遊び云々は目を瞑るとして、」
「スイマセン」
真面目な話の最中に釘を刺されたルタイスは、思わず背中を小さく丸めた。コユとモグリが鼻で笑う。
「改めてその気概をお前の口から直接聞けてワシは嬉しいよ。今回の件も然り、ガルバンダーやランダスから話を聞いたがのう。随分、街で走り回ってくれたようじゃな」
「もう良いってそれは⋯⋯」
「ワシはお前を誇りに思うよ」
ルタイスは顔を赤らめながら「うっす」と頭を掻いた。
「じゃから、この先も村の事で迷惑を掛けるじゃろうなぁ。申し訳ないのう。自由に冒険者をやりたいじゃろうに」
「気にすんなって。死にかけの爺ちゃんをあちこち連れ回す訳にもいかないし。親父だって爺ちゃんの補佐があるし、村の漁の責任者なんだから村を長期間空ける訳にもいかないだろ?」
「死にかけの爺ちゃんを労わる優しい孫を持ててワシは嬉、死にかけって言った?」
「糞が付くほどの田舎だが、なんだかんだ村の事好きだしよ。海賊やら国のいざこざに村が振り回されたままなのは癪だからな」
「少し褒めたら綺麗事言いやがってこの馬鹿息子は。一丁前に生意気に成りやがってこいつ」
「んだようるせぇな、いてぇな蹴んなよ」
「がはははっ」
ランダスが机の下でルタイスの足を蹴り、ルタイスは舌打ちしながら足を払った。
「モグリよ」
「はい、村長」
「くどいようじゃが、この際じゃ。本意で無いにしろ外の世界を知る良い機会と思って、社会の荒波に存分に揉まれてこい。この先どう生きるかお主の勝手じゃが、必ずお主の糧になるじゃろう」
「村長⋯⋯」
社会の荒波。
しばらくそれに揉まれる事になるだろう事は、モグリもなんとなく察していた。普段飄々としている老人だが、何十年と村長としてこの村を守ってきた人だ。軽口叩いてばかりのルタイスが素直に尊敬していると言う辺り、社会の荒波とやらを痛い程知っている筈。
潮騒の鐘の洞窟で話した事も、そういった経験から来たものだろう。冒険者として村の外を渡り歩き、村長となってからも幾度も外の人や街とで社交の場や貿易のやり取りをしている筈だ。
にしても、ミエラは食堂で働いていたのか。この料理の腕も納得だ。女遊びをしていたらしいランダスを料理で射止めたのだ、当時から中々の腕前だったのだろう。⋯⋯このイカスミパスタともお別れか(2回目の悲しみ)。
「記憶を取り戻す手掛かりやきっかけが掴めるやも知れんしな。なんにせよ、海で暮らすのはもう少し後になるだろうしの。それまでの寄り道と思って過ごせば良いさの」
「そんなのんびり出来るとは思わないんですけど」
「はてさて?」
「でしょ、ルタイス」
「うん。申し訳ないがしばらくはお前の好きには動けないだろうな」
「うへぇ」
コユは首を傾げながらアクアパッツァをモグリの皿に取り分ける。
「モグリ様は冒険者にならないの?」
「俺が?冒険者に?なる?なんで?」
「いやてっきりお兄ちゃんとアバルバントに行くから、ついでに冒険者になるのかと思って。だってギルドに行くんでしょ?」
「別に冒険者に成るために行くんじゃ無いし。ルタイスなんだよその顔、余計な事考えてんなよ?」
「いや実際問題な。お前、身分を照明するもんが一つもないだろ?」
「あ」
ルタイスの発言に、モグリは食事の手を止めて固まった。コユがモグリの口元を拭う。
「でも街で調べれば記憶を無くす前のモグリ様の事、何か分かるんじゃないの?名前が分かってるし」
「あ、ああ、確かに」
まずい。モグリは記憶はあっても、記録は無いのだ。このままでは記憶が無いと言った事が嘘になってしまう。アバルバント側からの疑いが強まってしまう。
いや、
アバルバントはその事を追求する為にモグリを召集したのでは無いか。理由の一つではあるだろう。
「それはどうじゃろうな」
村長が腕を組みながら唸った。
「マッコウクジラの亜人なんて聞いた事が無い。もしかしたら未開の海の世界で暮らしている亜人の種なのかも知れん。そうであれば国の戸籍にも未登録じゃろう」
「でもそうなると、逆に面倒じゃない?モグリ様の元の住処を探そうってなるんじゃない?」
「まぁ行く行くは、そうなるじゃろうな。だがしばらくはモグリがその件で振り回される事は無いじゃろ」
「なんで?」
「深淵海賊団を追い払える実力があるんじゃぞ?住処を探すより先にまずは、そうするじゃろ。少なくとも、」
「ガルバンダーならそうさせるな」
ランダスが深く頷いた。モグリは訝しみの目線をランダスに差し向け、ランダスは苦笑いした。
「悪い悪い。そうさ、そうさせる手筈なんだよ。コユの言った事、あながち捨てがたいんだぜ?」
「冒険者、ですか?」
「ああ。冒険者になれば、モグリへの采配はギルドマスターであるガルバンダーの命令が最優先となる。アバルバントからの詮索がやかましい時は、ガルバンダーに別の要件を渡されれば其方を優先出来る。まぁ、先延ばしの範疇を出ないし、流石に帝国から直接指令が来たら無理だがな」
「ガルバンダーさんってそんなに権力あるんすか?」
モグリの目には、ガルバンダーは大柄なただの自由人にしか見えていなかった。が、考えてみればギルドのマスターだ。元の世界での警察署長とかそんくらいの地位はあるんだろう。
そんな人が前線で暴れていた訳で。
何してんだ。
「それもそうだが、今アバルバントは今回の件やら別件やらでめちゃくちゃだからな。押し通そうとすれば、押し通せる」
「めちゃくちゃですね」
「今まで村を助けなかったツケを払わせるんだよ、良い気味だぜ」
「もう!モグリ様にツケ払わせないでよ‼︎」
プンスカ頬を膨らませるコユに、ランダスは「すまんすまん」と平謝りした。モグリは黙って話を聞いていたが、しばらくして口を開いた。
「え、俺が冒険者?」
「流石にモグリ様、耳大丈夫?」
「あ、いや。そんな大層な職業に就けないよ」
「そうでも無いわよ。お爺ちゃん達はともかく、お兄ちゃんも成れたんだし」
「ともかくって何だ」
ランダスが懐から名刺のような紙を取り出し、ぴらぴらと指で挟んではためかせる。
「これがギルドカード。俗に言う、身分証だな。持っておくと結構便利さ」
「ナンパで振りかざすとか?」
「違うわ」
「でも冒険者に成るにも戸籍とか身分とか、必要なんじゃない?不詳の人をおちおち冒険者にするほど、ギルドも節穴では無いでしょ」
「その事なんだがモグリ。一つ、方法がある」
「ほう?」
「仮冒険者登録だ」
ランダスが仮冒険者登録について説明を始めた。
◇ ◇ ◇
仮冒険者登録とはギルドで行う事が出来る手続きの一つだ。
身元不明者・難民・流れ者・奴隷など、一般的な身元を保証出来ない人物が一時的な冒険者資格を取得できる制度。取得には保証人が必要になるが、それさえクリアすれば大抵の場合取得可能である。
ただし仮冒険者資格には、様々な制限がある。
例えば、Eランク依頼のみ受注可能・街の外へ出るには許可が必要・単体では身分証にならない・宿泊は指定宿のみ・定期的なギルドへ報告(ダンジョンでの寝泊まり込みの依頼では後日まとめての報告)。
加えて前提、保証人やその保証人の代行者との合同クエストに限る。仮冒険者単体でのクエストは受注不可能という事。
これは、他国や犯罪者の暗躍に使用され無い為の決まりだ。
そして数週間~数か月後、素行良好で有り、一定数の依頼達成、犯罪歴なし等の幾つかの条件をクリアするとギルドによる本登録審査が行われる。
その審査を通過すると、冒険者登録がなされる。
つまり、正式な帝国の身分を得ることが出来る。
◇ ◇ ◇
ランダスの話を、モグリはアクアパッツァのスープにパンを浸しながらもしっかりと聞いていた。
「急な戦力の補給や、気に入った奴隷への手向けとしてとか、色んな理由があるが大まかにはこんな感じだな」
「うへぇ」
「審査も試験があったりするが、そもそも保証人が通れば仮登録は受かるわな。仮冒険者証、臨時証の方が使うか。ひとまずこれがあれば無いよりは圧倒的に融通は効くようになる」
「あ、保証人はワシがなるし、保証人代行者にはランダスとルタイスが登録する。ガルバンダーにもワシらから話してあるから安心せい。ワシが直接手続きに行けないのは奴も了承済みじゃよ」
村長がモグリにピースし、モグリは控え目に会釈した。
「どうせアバルバントにいる間はランダスかルタイスがお前さんに付きっきりになるじゃろうて」
「皆さん、何から何までありがとうございます」
「良いんじゃよ。お主とは不思議な縁を感じるしのう。まあ詳しい話は船の上ででもランダスから聞きなさいな」
「はい。よろしくお願いします」
続く。




