亜人と神の狭間②
村長とモグリは潮騒の鐘の洞窟に場を移した。
深青の光の揺らめきが、鐘の下から洞窟全体を照らしている。普段は完全に閉め切られている筈の空間なのに、空気が澄み切っているのは何故だろう。
「モグリ、好きにくつろげや」
「は、はい」
村長は地面に寝転び、モグリは岩場に腰掛けた。腹を掻いた後に村長は口を開いた。
「あ。朝飯食べんの忘れてた」
「で、何の話ですか?」
「別に大した話じゃあないんじゃがの。アバルバントはまあまあ栄えとる港町じゃ。近くにダンジョンもあるし、主要な街に続く街道も幾つか走っておる。それ故に様々な人や物の行き来が盛んでの」
「あ、あの、何の話ですか?」
「つまりなお前さん。もうちょい外を知って来い」
モグリは村長の言葉にすぐには返事をせず、目線を迷わせていた。村長はそんなモグリの反応にニヤけ顔を返した。
「きひひひ、俺は海で暮らしたいんですってか?お主は本当面白いのう」
「いやだって村長ご存知ですよね。俺が海で暮らしたいっての、以前話しましたよね?」
「うん覚えとるよ」
「海賊討伐は協力しました。アバルバントでの事情聴取終わったら俺、とっとと海に行きますよ?」
「どうじゃろうなあ」
「⋯⋯俺が海神になるってやつですか?どうでもいいって言ってませんでしたか」
「どうでもいいのう。好きに生きぃや」
「は、は?ならなんで⋯⋯」
「多分、そんなすぐ海では暮らせんよ」
「と、言いますと?」
村長は体を起こし、壁に背を付けて座り直した。胡座をかき、腕を組んで真剣な表情になる。
「モグリ。お主も分かっとると思うが、アバルバントの対応にはワシも違和感を抱いとる。今まで碌に対応しなかった割に、ポロボラが襲撃したとなった途端に討伐隊を編成。アバルバント軍側が編成した兵士の数も極端に少数。俗に言う少数精鋭?いや、ワシは初めからアバルバント軍は海賊島の勢力を把握していたように思える」
「⋯⋯確かに、少なかったですね」
「お主の存在を追及しなかった点も引っかかる。嫌な言い方じゃが、海賊島での戦いでお主の力を測っていたんじゃと思う。アバルバントへの招集が日を置かずになされたのも、お主を逃がさないための策じゃろう」
「ならギルドの立ち位置はどうお考えで?ギルド長が直々に来ましたけど」
「あれは奴の現場大好き主義によるものじゃ。それにガルバンダーはしがらみとか大嫌いなタイプじゃから大丈夫じゃろ。ただ、副ギルド長のアサバは切れ者での。出身も地方貴族の出だから、アバルバントや他の上層部との繋がりもあるやも知れん。まあ、つまり。なんかややこしい事態にもうお主は巻き込まれてるじゃろうというこっちゃな。あひゃひゃひゃひゃひゃひゃ」
「あ~あ楽しそ」
「いやだって、あひゃひゃ、本人の嫌な事ばっかり、あひゃひゃひゃひゃ」
「よし、逃ーげよ」
「この世界は、近い内に荒れる」
「⋯⋯は?」
「前にも話したが、お主は恐らく海神オルヴェインの生まれ変わりじゃ」
「違うと思いまs」
「どう逃げ回っても、お主にはその疑いの目や運命が付き纏う」
「運命?」
「海神伝説とその神器である潮騒の鐘があるこの村にお主が流れ着き、鐘の音でお主が覚醒した事は、紛れもない事実じゃ。無関係とは、言えまいな」
「ぐぬ⋯⋯。あ、昨日、キングクラーケンと戦ってる途中に鐘が聞こえて音波が使えるようになったのですが。それは村長の仕業ですか?」
「お陰って言えや」
◇ ◇ ◇
「そうじゃ。ワシが鳴らした。村の鐘を鳴らす時間に合わせてな」
「実を言うと、助かりました。結構ギリギリだったもんで」
「へぇ良かったのう。まぁ何かお主の役に立てば良いなと思って祈り半分に鳴らしたんじゃがの」
「お陰様で、音波を自分の意思で使えるようになりました。攻撃と状況把握。ですがまだほんの昨日の出来事でして」
「うむ」
「音波の練習をする為に海に出る許可を村長に」
「うむ」
「頂こうかと思っていたのに明日からアバルバントとか言われたからどうすれば良いんです?」
「今からやれば?そっから海に入れるじゃろ」
「ピキピキ」
「あ、ピキった。超ウケるんじゃが。あひゃひゃひゃ」
村長はピキったモグリを見て腹を抱えて笑っていたが、次第に笑い声を抑え、姿勢を正した。突っかかる気でいたモグリも、その村長の態度に気付き、岩に座り直した。
この村長は、冗談を言う時と真剣な事を言う時の落差が激しい上に切り替えが早い。全く、この村では村長の血筋に振り回されてばかりな気がする。
「モグリや。お主は普通の時と、獲物を前にした時の立ち振る舞いが極端に掛け離れとるとランダスやルタイスから聞いた。ワシもそう思う。何かお主には人には言えない、もしくは自分でも知らない奥底に眠る何かがあるのかも知れん。同時に、それは亜人と神の狭間で揺れ動き不安定な状態である事を示唆しとるように、ワシは考えておる」
「っ⋯⋯」
モグリにも、その自覚はあった。
転生前の性格を持ちつつ、この体になってからは人と幾分か会話が出来ている。冗談を言えたり、突っ込みを言えたり。
だがそれ以上に、イカを始めとした海産物(海棲の獲物)を前にすると自制が効かなくなる。本能暴走、と片付けようとしていたが、なるほど。亜人と神の狭間で中途半端な存在な故に自我が不安定になっているという解釈も出来る。村長はそう言いたいらしい。
「モグリや」
「は、はい」
「明日までしか時間は無いが、海に出て良いぞ。まぁ、アバルバントに出向いてからでも時間はあるじゃろうが今の内にやれるだけやっときぃや」
「ありがとうございます」
「後で村の皆んなには言っとくからの」
「はい」
「本当はのう⋯⋯」
「?」
村長は申し訳無さそうに頭を下げた。
「海賊討伐とお主へのお礼に、盛大に祝杯の宴を開きたいんじゃが。この状況じゃあ生活も危ういじゃて⋯⋯」
「そんな、気持ちだけで充分です。北港の再建に、漁が安心して行えるようになるまでまだ時間が掛かると聞きました」
「漁は海賊島と村に軍が滞在してくれるからどうにかなりそうじゃがの。本当に気持ちだけで良いのか?」
「え?」
「いやだって宴じゃよ?色々な海の幸が盛り沢山⋯⋯」
「俺今日の夜は暇っすよ」
「話聞いてた?」
続く。




