う わ あ あ
シオサイ村、外れの古い港。
砂浜の奥の堤防にて、モグリは再び腰掛けていた。すっかり日が暮れ、星と月明かりで柔く照らされた海が広がっている。
「海は広いな⋯⋯大きいな⋯⋯塩辛⋯⋯」
モグリは項垂れて溜息を吐いた後、星空を見上げると乾いた笑い声を出した。
「ははは。再生するなら再生し切る限界まで下足千切って海底に隠しておくんだったなぁ。⋯⋯いや、一旦忘れよう。勝ったんだから」
ミエラに貰ったサンドイッチを頬張ると、アイスティーを魔法瓶からコップに移す。
「ここに居るって言いたくなかったけど、まあ、ミエラさんになら良いか。にしても、色々あったなぁ」
モグリは寝っ転がると、瞼を閉じて今日一日の出来事を振り返る。
ルタイスと突撃し、隠し通路から内部へ侵入。
ハイオーク、グランド・ハイオークと戦闘。
あ。
グランド・ハイオークとオーク達。
キングクラーケンにお熱になったせいで今の今まで頭から抜けていた。
お熱になったお陰で、音波を多少使えるようにはなった。使いこなすには、まだまだ訓練が必要だろう。海でマッコウクジラの亜人として生きていくには、必要な能力だ。
しばらくは忙しいだろうから、後々村長に海に出る許可を貰わなければ。それにウィヌにキングクラーケンの取立ても行わなければならない。
いや、今はそれより、彼達が心配だ。今は島にアバルバント兵は居ないが、数刻後には輸送船が着く。アバルバント兵も大勢乗船している筈だ。
シオサイ村からバレずに出て様子を伺いに行きたいが、モグリの最高速でも時間が掛かり村人にバレる。加えて、海図が読めないので場所もわからない。
どうにかすると彼は言っていたが。
「⋯⋯無事かな」
「誰が」
「う わ あ あ あ あ」
気配無く真後ろに立っていたリッカに驚き、モグリは間抜けな声で叫ぶ。リッカはそんなモグリを笑うでも無く、真顔で見下ろしている。
「前もこんなんだったな、やめてよ⋯⋯」
「すまない。間が悪かったようだ」
「いや、気にしないで。怪我は治ったの?」
「ああ。本調子では無いが、明日にはいつも通り動けるだろう」
「良かった」
「君とポーションのお陰だ。礼を言う」
胸に手を当て目を瞑ったリッカに、モグリは目を丸くして固まってしまった。返事が無いのを不審に思ったリッカが目を開けた。
「何か?」
「あ、いや、別に」
「モグリ」
「ん?」
「君は強いな。形容し難い程に強い」
「いやぁ、そんな」
「謙遜は止して。それとも、キングクラーケンに為す術無かった私への皮肉?」
真顔で、1ミリも表情の変わらないリッカに気押され、モグリは海面に視線を落とした。
「美味しそうだったから、つ、つい⋯⋯」
「美味しそうだったからつい?訳が分からないが、じゃあそれが理由だとして、ハイオークを瞬殺し、グランド・ハイオークと対等に渡り合っていたのは何故なんだ?」
「さ、さあ?」
「さあ?」
お礼しに来たんとちゃうんかこの人。
「君ほどの実力、冒険者ならSランク以上確定だ。記憶が無い状態でこの村の砂浜で数日前に発見されたらしいが、それは本当なのか?」
「は、はい」
「本当に何処にも属していないのか?」
「は、はい」
「⋯⋯本当に?」
「ゆ、許してぇ⋯⋯」
「見つけた、モグリ様ああ‼︎」
コユがモグリ目掛けて飛び上がり、モグリの上に尻から着地した。
「おぼぉ」
「モグリ様お帰りなさい♪」
「それ帰ってきた時やったよ」
「何度でも♪」
「ルタイスは?」
「巻いてきたの」
「村で巻くな」
コユがキッとリッカを睨み上げる。
「あんたがリッカ?」
「そうだけど」
「命の恩人に詰め寄るなんて大層な態度じゃない」
「何?」
「あんたウチの兄にもそんな感じだったらしいわね。ヒスな女は同性からも煙たいわよ」
「兄?」
「あ、ああ、この子はコユ。ルタイスの妹だよ。こらコユ、リッカも村の為に戦ってくれたんだから、シオサイ村にとっては命の恩人だろ?」
「あのねぇ、モグリ様も‼︎」
「へ俺?」
「モグリ様は強いんだからもっと堂々としてよ。こんな女ぶん殴って黙らせちゃえ‼︎」
「無茶苦茶言うな。あーもう、ルタイス早く来いよ。場所知ってるくせになんで巻かれてんだあいつ」
しばらくして、ルタイスが息を乱しながらモグリ達の所へ到着した。すぐ様コユの頭を引っ叩く。
「あんな道使うな‼︎大人が通れる訳ねぇだろッ」
「近道なんだもんッ」
「人ん家の庭を次々につっきんな‼︎」
「知り合いだもん‼︎」
「バレたらどうすんだ‼︎」
「ママ以外の大人が謝ってよ」
「教育を始めます」
取っ組み合いを始めたルタイスとコユを他所に、リッカがルタイスに小さな四角い紙を渡した。
「これは?」
「私の名刺⋯⋯のようなものだ。今住んでいる宿の住所も書いておいた。明日、私はアバルバントに帰還するがしばらくはそこに滞在するつもりだ。もしアバルバントに寄る予定があれば訪ねて欲しい。話をしたい事があるの」
「ふぅん。わかった、受け取っておくよ」
「さっきはすまなかった。態度が悪いとよく言われるのだが、自覚が無いんだ。不快な思いをさせて申し訳ない。コユも、すまない」
「わかればよいさね」
「アバルバントに来る時はどうせルタイスも、一緒なんだろ?」
「どうせってなんだよ。まあそうだろうな、アバルバントは俺の拠点だし」
「なら一緒に訪ねて。では、私はこれで」
リッカがその場を後にし、姿が見えなくなるとルタイスがモグリに詰め寄った。
「ところでヨォ、なぁんでお前だけ名刺貰ってんだよあはあん?」
「知らないよ見抜かれてんじゃないの、手癖」
「いや流石にあのヒス短髪にもお兄ちゃんは勧めないかな」
「ねぇルタイス、このコユの口の悪さは誰のせいなん?」
「話逸らすなクジラ野郎」
「お前のせいじゃねぇか」
「あんな性格の人にも手出すの?お兄ちゃんって好き嫌い無くて偉いね」
「いや、リッカは無いね。あいつ、ずっと俺の事を何処か見下してるから、こう、嫌なんだよ」
ルタイスは「⋯⋯いやまあ」と急に冷静さを取り戻すと、モグリの横に腰掛けた。
「リッカが何かお前に言いたがってたのは確かだぜ」
「え?」
「タイミング的に今じゃ無くて、事が落ち着いたら話す予定だったんだろうよ」
「ふぅん」
「モグリ様、あの女は無いわ。絶対無い。やばいあいつ。お兄ちゃんでさえ選ばないって時点で察して欲しい。顔が綺麗なだけ。中身やばい」
「⋯⋯人なんてみんなやばいんだよコユ。なぁ、ルタイス」
「そうだぜコユ。おませになって人を知った気になるんじゃねぇよ」
「お兄ちゃんだって数だけこなして女を知っ」
「お前が俺の何を知ってんだよ黙れや‼︎」
「私はシオサイの未来を憂いてんの‼︎」
「余計なお世話じゃ‼︎」
「じゃあ世話掛けさせないでよ‼︎」
「すません」
「弱っ」
言い返せずに俯いてしまったルタイスを見て、モグリは笑いを堪えた。
「心当たりが、多々⋯⋯」
「⋯⋯コユ。ルタイスだって俺だって、色々あんだよ。そっとしてあげて」
「大人って可哀想だね」
「やめてよ」
「いや、なんか上から言ってるけどよモグリ。お前がキングクラーケンを目の前にした時の方がやばかっただろ。どっちかと言えば倒した後か」
「ルタイス静かに。もう寝なさい」
「え⁈⁈兄上、詳しく‼︎‼︎」
「ありゃ倒した後の話なんだが」
「ルタイス氏?」
続く。




