ひとまずの帰還①
アバルバント軍船にて。
ウィヌ隊長を始め、アバルバント兵や同乗している冒険者達は遠く海賊島の方を眺めていた。望遠鏡を用いている者も居たが、キングクラーケンとその争いの規模が大きい為、遠くからでも全貌が見て取れた。
で、あるが故。
モグリがキングクラーケンを裏返して内臓を抱き締めたまま宙に舞う様子も、全員が見ていた。皆、ただただ驚愕し固まるのみ。海賊討伐作戦が終了したのにも関わらず、歓声も勝鬨も上がらない。波の音と潮風が帆に当たる音。船の揺れで鎧や武器がカチャカチャと鳴る音。人々の静かな呼吸音のみが辺りを包んでいた。
「ウィヌ隊長」
「分隊長。どうした」
「対象の討伐、確認致しました」
「だろうな」
ウィヌの横に並ぶと、分隊長は兜を外して脇に抱えた。ウィヌは腕を組んだまま、目を瞑る。
「分隊長、この結果をどう捉える」
「どう、ですか」
「ああ」
「そうですね。端的に言うのであれば、脅威、でしょうか」
「脅威か」
「はい。現に今回、モグリ氏がこの作戦に参加していなかったら最初から結果は違っていたでしょう」
「突入からオーク、そしてキングクラーケンとの戦闘。我々だけでは私や君、ガルバンダーを除いて、グランド・ハイオークの時点で半壊していただろう。いや、半壊では済まぬか」
「であるから脅威です。我々では⋯⋯」
「ああ」
「モグリを倒す力を、我々は持っていない」
◇ ◇ ◇
ぷ~かぷか浮かぶキングクラーケンの上。
「~♪」
モグリは仰向けに寝そべり、横に置いた内臓の端や柔い軟骨の部分を千切っては口に放り込んで食事を楽しんでいた。
「クラーケンの何倍も体躯があるのに、大味という訳では無い。足もワタも軟骨も、とにかく旨味が濃ゆい。色々美味いもん食ってたんだろうなコイツも。美味けりゃ良いので、生物濃縮による健康被害は考慮しません。あ~ん、うまうま」
勝利の馳走を堪能しているモグリの元に、アバルバントの船がギルドの船を先頭に近づいて来る。航走波による揺れにも一切気付かず、モグリは千切った軟骨を頬張っている。
「おい。おーいモグリ」
「うまうま」
「おーい。おいったら、おーい」
「うまうま」
「おー、モグリおいコラッ」
「うるさいなルタイス。聞こえてるよ」
「じゃあ返事しろや」
ルタイスが船の上から手を振ると、モグリは手を振り返すフリをして軟骨を千切った。
「食い意地で倒したって感じだな」
「シオサイの村の為さ」
「嘘つけーい」
「うまうま」
「適当に会話しやがってこの野郎」
「あげないよ?」
「いらな⋯⋯、いやモグリ、その事なんだがな」
「へ?」
「我々の勝利だー‼︎」
「うおーーー‼︎」
ガルバンダーが拳を上げると、続けて皆が一斉に勝鬨を上げる。アバルバント兵達も冒険者達と肩を組み、勝利を喜んでいる。
「勝ったんだね」
「そうだな。お疲れ様、モグリ」
「ルタイスもね」
「まあ、お前は疲れてないのかも知れんがな」
「摘み食いしながらだから保ったんだよ」
「いや、うん。まあ、もうそゆことでいいや」
2人がくっちゃべっていると、小舟が数隻、キングクラーケンに集まってきた。
「モグリ氏。此度のご協力、誠に感謝する」
「⋯⋯えっと」
ウィヌに声を掛けられたモグリは、船の上から眺めているルタイスを見上げて目線で助けを求めた。ルタイスを始め、周囲の人間は呆れた様子を見せるが、それでもウィヌの仏頂面は揺るがなかった。
「おま、お前マジか」
「い、いやぁ」
「そのご馳走の上に乗って良いか?」
「ルタイスなら良いよ」
船からキングクラーケンに飛び降りたルタイスは、すぐさまモグリに耳打ちした。
「ウィヌ隊長。忘れたのかお前」
「ウィヌ隊長。お疲れ様でした」
「ああ。モグリ氏、早速で申し訳ないがこのキングクラーケンの死骸は一度我々に預からせて頂く。ご了承願う」
「は⁇」
目を血走らせ、低い声で唸ったモグリにウィヌの背後に居たアバルバント兵が剣の柄に手を掛けた。ウィヌは落ち着いた様子で手を挙げ、アバルバント兵達を制止させる。
「勿論、単独討伐したモグリ氏にこのキングクラーケンの所有権がある。武器や防具、魔石の素材にするも、売るも貴殿の自由だ」
「素材⋯⋯?売る⋯⋯?」
「食べる以外の選択肢無さすぎんだろお前」
首を傾げたモグリの頭をルタイスが軽く引っ叩いた。
「このキングクラーケンが野生個体では無く従えられた個体ならば、この死骸を調べればオクトランスや深淵海賊団の何かしらの情報が掴めるかも知れないのだ」
「⋯⋯」
「検体も摘出する故、完全にお返しする事は出来ないが8割は返還すると約束しよう」
「墨袋と肝もですか」
「ああ」
「非常に傷みやすい部位と存じます。新鮮な内に返還して頂けるのですか?」
「すまない。それは確約出来かねる」
「内臓の大きさ的に全体の2割以上は占めてるのに⁇⁇」
「ステイステイ、待てモグリ」
ルタイスがモグリの肩を組み、モグリの頭をよしよしと撫でる。
「あのなモグリ。このキングクラーケンを調べて深淵海賊団について何か判明すれば、シオサイの村みたいな被害を被ってる村や町を助ける手掛かりが掴めるかもなんだよ」
「⋯⋯確かに。そうだね」
「だろ?内臓は残念だが、身は8割貰えんだ。母さんに何か作って貰おうぜ」
「うん」
「それにキングクラーケンは希少なモンスターだが、希少ってだけで全くいない訳じゃない。一度倒したんだ、次はソロ討伐して独り占めしちまえよ。な?」
「そうだね、ごめんルタイス。俺、なんか取り乱してたかも」
「気にすんな。あれだよ、気疲れしてんだよお前」
「うん。音波疲れかも」
「なーんそれ」
◇ ◇ ◇
「では詳細はシオサイ村に帰還してから話し合うとして、承諾して貰えたと受け取って良いか」
「はい。摘み食いした分は見逃してくださいお願いします俺別にそんなつもりは無かっt」
「落ち着いてくれモグリ氏。勿論だ。君の言う摘み食いは戦闘による攻撃と見なそう。今さっきまで寝そべって食べていたのも看過しない。この話をする前だったからな。活躍してくれた貴殿に対して、その上で討伐したモンスターの所有権を一時譲渡してくれと言っているのはあくまで我々だからな」
「はい。あ⋯⋯」
突如顔を引き攣らせたモグリに、ルタイスは呆れ顔を向ける。
「おいモグリ。とっと全部食っちばえば良かった顔やめろや」
「うぅ、うにゅい」
「何語?」
露骨に落ち込み、モグリはキングクラーケンの上でしゃがみ込んでしまった。ルタイスも横にしゃがみ、モグリの肩を優しく叩いて慰める。ウィヌは部下にキングクラーケンを測定する準備をするように指示した。
「モグリ氏、続けて申し訳ないのだが、一度このキングクラーケンを海賊島の砂浜まで運んで貰えないだろうか?」
「?」
「その後はアバルバントの大型輸送船で軍の基地まで輸送する。今の船では牽引出来ないし、このままではいずれ沈んでしまう。頼めるか」
「わかりました。もう運びます?」
「ああ。軍の船で先導する」
◇ ◇ ◇
キングクラーケンを運ぶモグリと、先導し海賊島に戻るアバルバント軍の船を見ながらガルバンダーは葉巻に火を付けた。
「終わったな、ランダス」
煙を吐くと、風に煽られた煙の中からランダスが出てきた。
「けっほけっほ」
「喫煙中の風下に立つんじゃねぇ」
「あぁ?」
ランダスは腕を組み、ガルバンダーの横に並んだ。
「ひとまず、はな。後処理も残ってるし、それに⋯⋯」
「アバルバントと深淵海賊団の繋がりか?」
「安心しろガルバンダー。お前がそういう裏工作とか賄賂とか、暗躍出来るほど頭が足りてるとは思っちゃいねぇよ」
「じゃかあしいわ。わからんぜ?アホな奴の芝居かも知れんだろう?」
「こんな筋肉ダルマな名役者がいてたまるか」
「いるには、いるんじゃねぇか?」
「⋯⋯まぁ、なんにせよ今回はあれだな」
「お?」
「バカ息子やモグリ達の手柄だな」
「お前がルタイスを褒めるなんて珍しいな。本人に直接言ってやれや」
「死ぬほど調子乗るんだよ知ってんだろ」
「がははは‼︎全くだ。お前の悪い所全部遺伝しやがった、がははは‼︎」
「はっ、言ってろ」
「さてと、俺らは村に戻るか。よしお前らシオサイの港に戻るぞ、舵を取れ‼︎」
続く。




