激旨 キングクラーケン②
更に波が荒々しく立ち、船が激しく揺れる。
その海の中。
そんなルタイスの心配、何処吹く風。
「ん?3時の方向、何かが急浮上して来ます‼︎」
「来なすったぜ。どんな戦況かなと⋯⋯」
ドッ
パアアアアアアンンン
キングクラーケンが大量の水飛沫と共に海面から打ち上がり、船の帆よりも高い空中まで舞い上がった。
「イギャアアアアアアアアア」
キングクラーケンは血と墨を吐きながら宙を舞い、海に着水した。巨木のような触手をうねらせながら、怒り狂った様子で唸り声を上げている。ギルドとアバルバントの船はキングクラーケンから距離を取るように移動を始める。
「うわあああ、ガチでキングクラーケンだ」
「デカ過ぎんだろ⁈」
「これ大砲効かねぇよ。帰りたい」
「あんなの足の一本が軽く当たっただけで船が潰れっぞ」
「足が何本か無い。モグリさんが食べたのか?」
各々驚嘆している冒険者達を他所に、ルタイスは辺りを見渡している。
「モグリは何処だ。まさか今のは相打ちしたんじゃ、痛ああ⁈」
突然、キングクラーケンの肉片がルタイスに激突した。ルタイスは肉片と共に甲板を転がる。なんだなんだと集まりだした冒険者を他所に、モグリが別の肉片を掴みながら海から飛び出した。船の柵に着地すると、肉片をルタイスの横に投げる。
「ルタイス、それ俺のだから預かっといて」
「モグリこらっ、食べ物を投げんな‼︎」
「あ、ごめん」
「怪我するとこだったぜ。まあいいや。で、足千切って怒らせて来たって感じか?」
「めちゃ旨いよ。焼いて食べたい」
「会話しろや」
モグリは軽くストレッチするとキングクラーケンに身体を向けた。キングクラーケンもモグリに気付き、
「イガイガイガイガッ」
と、触手を揺らし怒りながら近づいてくる。同時に冒険者達が慌て始め、船の上で騒いで走り回る。
「モグリさん早く戦って下さい、ヘイトがこっち向いてるんだってば‼︎」
「あの切り身、俺のなんで食べないで下さいね⁈」
「食べねぇから早く行けって‼︎」
モグリは後ろに振り返ると、いそいそと肉片を縄で縛っているルタイスに声を掛ける。
「ルタイス、もっと船を離すように言ってくれ。どれくらい暴れるか予測できない」
「了解だ。好きなだけ食っちまえ」
「あいよ」
「それとなモグリ」
「ん?」
ルタイスが親指で指差した先、リッカが壁にもたれ掛かりながら真顔でモグリを見ていた。
「リッカ⋯⋯。良かった」
「皆んな無事だ。後はお前が無事なら、俺達の圧勝だ」
「そっか」
「って、お前は怪我無いのか」
「つまみ食いしながら戦ってるから怪我しても治ってるみたいだ」
「⋯⋯うん、よし。じゃあ早よ頼むわ。ちょ、まじ早く、あの、ちょ、しょ、触手伸びて来てるから死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ」
「やべ」
モグリは船から飛び上がり、伸びて来た触手を両足で踏み付けてキングクラーケンへ向かった。モグリが踏み付けた触手は叩き落とされ、海中に沈んで行く。
次々とモグリを狙って放たれる触手に対し、モグリはそれを足場にしてキングクラーケンへの距離を詰めていく。
踏み付け、殴り、身を翻し、頭で打ち付け、軽々と宙を舞う。
その表情は、まるで獣が獲物を追い詰めるが如く。
目を青々と輝かせ、下牙を剥き出し、口角を限界まで上げていた。
「はっ。なんなんだよあいつ」
ルタイスは冷や汗をかきながら、半ば呆れたような乾いた笑いを浮かべていた。モグリが強い事は理解していた。クラーケンを倒した事も、キングクラーケンと殴り合っていた事も。
しかし、目の前で繰り広げられているのは一方的な蹂躙。
「マッコウクジラですらダイオウイカを狩る時は、もうちょい苦戦する筈だぜ」
今までに何度か、父親の漁に同行した際にマッコウクジラの群れを見た事がある。海面付近を悠々と泳ぐその群れの一匹一匹の全身、特に頭の周辺には吸盤型の傷が沢山刻まれていた。
「コユ。お前の王子様は偉いこっちゃだぜ」
「ねぇ、ルタイス」
「ん?なんだリッカ」
「彼の瞳って、あんなに青かったかしら」
「瞳?あ、ああ確かに。目が輝くって比喩でも無く実際にな」
「その瞳と言い、動きと言い、先程まで島で戦っていたモグリとは何か違う」
「キングクラーケンが相当美味くてテンション上がったんだろうよ」
リッカは目を細め、膝を抱えている腕をぎゅっと締めた。空のポーション瓶を握り、瓶にヒビが入る。
「私達と別れ海中でキングクラーケンと戦っている最中、彼に何かしらの変化が起きた」
◇ ◇ ◇
その実、モグリには明確な変化が起きていた。
超音波攻撃の行使による身体能力の上昇。
キングクラーケンを捕食した事による回復と、同じく身体能力の上昇。
二度目の超音波行使により、モグリの超音波能力が開花。視認できない海中でキングクラーケンの触手を全て回避し、狙って攻撃を当てる事が可能となった。未だ荒削りで未完成甚だしいが、意図的に超音波を発射出来るようになった。
それを底上げしたキングクラーケンの栄養。神話級を除いた中で最上位に属する推定SS~SSSクラスのモンスターの肉を大量に喰らった事による、モグリの身体的な能力の向上。運動能力、五感、回復力。あらゆる面で先程までのモグリを数段上回る性能に至っていた。
しかし、
本人に、そこまでの自覚は無い。
そう。
本人的には、
ただ単に、キングクラーケンが美味くてテンション上がっていた、のである。
触手を踏み付けると、キングクラーケンの真上に飛び上がった。
「これ以上は墨が減るし身が痛む。そろそろ〆ようか」
頭を下に振り勢いを付けると、回転しながらキングクラーケン目掛けて急降下を始めた。
「イ、イガイガ、イギャアアア‼︎」
キングクラーケンは千切れた触手を一瞬で全て再生させると、魔力を込めて強化させた。熱を帯びて赤黒く脈打つ触手により周囲の海面が沸騰し、キングクラーケンと海水から湯気が立ち昇る。
そして、その灼熱の槍と化した触手をモグリ目掛けて次々と打ち始めた。
「イガ、イガ、イガ、イガイガイガイガイガイガイガイガイガイガアアアアア」
モグリは高速回転したまま落下を続け、触手に直撃して行く。ギュルギュルと音と火花を立てながら、触手の上をタイヤの様に疾走する。そして触手を飛び移りながらキングクラーケンへと接近していく。
(凄い。さっきの海ん中でもそうだったが、弱い音波を出し続けると、なんとなく周囲の事が分かる。いや、視える。硬いのか柔いのか、熱いのか冷たいのか、動いているのか止まっているのかまでが。視える以上だ。この能力は、もっと鍛えないとな。)
キングクラーケンは触手を全て縮め、交差させて盾を作った。
ギャリンッッ
「イガッ」
ギャリギャリギャリギャリギャリギャリ
触手の盾とモグリが衝突し、火花と煙を激しく散らす。キングクラーケンはモグリと鍔迫り合いが出来ていると思っているが、それは勘違いである。
モグリはこれ以上、可食部位を減らすまいと、
力加減をしていた。
(まずい。イカの締め方わっかんないや)
これ以上力を込めると、盾にしている触手を破り、キングクラーケンの胴も頭も粉砕してしまうだろう。かと言ってこれ以上力を抜けば、永遠に仕留める事が出来ない。倒さないと食べれないし、海賊討伐作戦も終了しない。
(どうすれば⋯⋯)
イカの締め方を知ってる人なんて近くにいる筈が、
(あ)
全然有ったのである。
モグリはキングクラーケンの押し返す力を利用し、盾を踏み台にして弾かれるように跳んだ。アバルバントのギルド船目掛けて一直線、まるでトビウオのように。
ギルド船の手前数十メートル付近で身を翻し、身体を大の字に広げた。空気抵抗により急ブレーキをかけ、そのまま両足から滑るように着水した。
船に乗っていた冒険者や兵士達は、突然飛んできたモグリに驚き、モグリが沈んでいった白波立つ海面を覗き見る。
「なんだ?モグリさん飛ばされてきたぞ⁈」
「や、やられたのか」
「お終いダァ」
「違うな」
ルタイスがそう首を横に振ると、冒険者達は不思議そうな顔で騒めく。リッカは冷や汗を掻いた。
「ええ。形態変化したキングクラーケンの力を利用して、彼は自ら飛んできた」
「でもなんで?」
首を傾げるルタイスの前に、モグリが海から飛び出して柵にしがみ付いた。
「あ、ルタイスいた」
「だああああ⁈びっくりしたなんだ急にお前、キングクラーケンはどうすんだ」
「え?あ、ああ」
キングクラーケンはモグリの踏み付けにより姿勢を崩し、盛大に後方へ倒れている。
「その事なんだけどルタイス」
「あ?」
「イカの締め方教えて」
「イカの締め方⁈あれを締める気か?」
「うん」
「いやまあ、お前なら出来るか」
「なるだけ身を傷つけないやり方を教えて欲しい」
「一般的なのは、目と目の間の少し上を突くやり方だな。色がスッーと抜けて白くなったら成功だ」
「無理かも」
「なんで?お前なら殴ればイケるだろ」
「いや多分今の俺の感じだと粉砕しちゃう」
「ふ、ふんさ」
「おん」
「おん」
2人が数秒黙り合ったのち、ルタイスが口を開いた。
「なら、身をひっくり返す方法だな。これはタコに使う方法だが、クラーケンは両方の性質を持っているらしいし有効かもな。頭と胴の隙間に手を入れて、胴をひっくり返すんだ。で、ひっくり返す勢いで内臓もひんずり剥く」
「なるほど」
「普通はこれも目と目の間の上を刺突してからやるし、イカには甲があるから上手くいくかは知らんが。まあ、締めるだけならやれんじゃね?」
「まずは締めちゃえば良いって事ね」
「そうそう。因みにイカの胴って上だからな。足、頭、胴の順番だから」
「それは知ってた」
「ならちゃっちゃと締めてしまえ。いいか、勢いが大事だ。一気にズルんと剥いてしまえよ?」
「わかった。ありがとルタイス」
「おうよ」
ルタイスがグーサインを向けると、モグリも両手を柵から離し、グーサインを返しながら海に飛び込んだ。そしてキングクラーケンへ魚雷のように海中を猛スピードで接近していく。
ルタイスは腕を組みながら、ぐんぐん遠のいて行くモグリを眺める。
「⋯⋯普通のイカを締めた事も無いのに、あのデカさのをどう締めるんだ?」
続く。




