激闘 キングクラーケン①
「腹が減っている⋯⋯」
モグリの言葉に面食らったリッカは、顔を上げた。
「本当に食うつもりなのか。このキングクラーケンを」
「やってみる」
「⋯⋯」
「隙が出来たら、ルタイスと共に上に逃げてくれ」
「そう、したいが」
リッカが力無く壁にもたれ掛かり、壁や床に血が垂れる。既にキングクラーケンによる攻撃により、リッカには動ける余力が残っていなかった。青ざめた顔で、乱れた前髪の隙間からモグリに目配せする。
「このザマだ。私には構わずに戦ってくれ」
「君を庇いながらはキツそうなんだけど」
「だから私には構うな」
モグリは体の向きをキングクラーケンに向けたまま、
「ルタイスッ‼︎」
と声を張り上げた。
「あ⁈なんだモグリ」
「2人担いで行けるか⁈」
「え⁈無理‼︎とは言えない状況‼︎」
「なら任せた」
「はいよ」
モグリはズボンのポッケに手を入れると何かを取り出し、肩越しに後ろ投げしてリッカへ渡す。
「こ、これは?」
「回復ポーション、らしい。さっき地下で拾った。どんだけ回復するかは知らないけど、飲んだ方が良いと思って」
「だが、私は」
「ふぅ⋯⋯」
既にキングクラーケンの意識がモグリに向いている為、今リッカやルタイスが襲われる事は無い。その隙を狙い、
「失礼。ポーション落とさないでね」
「なっ」
モグリは振り返るとリッカを抱き上げた。そして、
「ルタアアアアアアイスッ‼︎」
と名を呼びながらリッカをルタイスへぶん投げた。リッカは「ほわ」と言いながら宙を舞い、ルタイスは「オーライ‼︎」と言いながらリッカを受け止めた。
「うぐっ、思ったより重いな」
「痛い」
「はいはいすいませんね先輩。はっ、モグリ危ねぇ‼︎」
「え」
キングクラーケンがモグリに向けて触手を正面から叩きつけた。モグリはその攻撃に拳をぶつけて弾く。が、モグリもその反動で後ろに押され、踏ん張ったが壁に当たるすんでの所で止まった。
「⋯⋯やるな」
と、モグリが口角を上げた一方、リッカとルタイスは、改めてモグリの力に目を丸くして驚愕した。ルタイスは苦笑いした後、モグリに声を掛ける。
「モグリ、死ぬなよ」
「このやり取りさっきもやった」
「ははっ。確かに」
「まぁなんだ。つまみ食いしてやるよ」
「お前以外あれ食わねぇよ馬鹿が」
「あはは。頼んだ」
「ああ。そっちもな」
ルタイスがリッカを背負い、穴を潜る際にモグリは抱えられたリッカの様子を遠くから伺った。リッカもモグリを見ていたようで、2人は目が合った。ルタイスの肩にもたれ掛かったリッカの顔からは髪で隠れ、片目しか見えなかったが、モグリはその表情から、
謝意でも感謝でも不安でも無いような、
いや、全て混じったような複雑な感情を、
または、全く別の感情を受け取った。
あれは⋯⋯
「今は気にしてる場合じゃあないな」
ルタイスとリッカがいなくなったのを見届けると、モグリは視線をキングクラーケンに戻した。リッカの先程の表情の意図は気になるが、目の前に聳え立つその相手は考え事をしながら戦える余裕がある相手では無かった。
「とは言ったが、ひとまずデカ過ぎる」
モグリはキングクラーケンの全体像をまじまじと眺める。キングクラーケンの大きさはクラーケンの3倍はあるだろう。触手の数も見えているだけで15本以上。灰色の光沢した肌、こちらを睨む巨大な瞳。荒い呼吸で膨張と収縮を繰り返す漏斗。
ハイオークを切り伏せたリッカにここまでダメージを負わせ、この地下空間を半壊させた力。モグリも目の前の怪物が、規格外だと言う事を肌で感じている。
ここでこの怪物を仕留められなければ、海賊島にいる味方もオーク達も、シオサイの村も甚大な被害に遭うだろう。いや、全滅するだろう。皆の命が掛かっている。
だが、
それ以上に。
やはり。
「いやあ~。デカ過ぎるなぁ」
キングクラーケン⋯⋯
巨大な、巨大な巨大な、
頭足類。
「こんだけ巨大だと」
モグリにはキングクラーケンは、
モンスターというより⋯⋯
「食い切れないなぁ」
食い切れぬほどの巨大な
ご馳走に映っていた。
「シオサイの皆さんに保存食にしてもらうように、お願いしなきゃなぁ」
目を輝かせながら舌舐めずりしたモグリに、キングクラーケンは怒りが込み上げた。灰色の体が茹で上がった様に真っ赤に染め上がり、触手を荒々しく揺らし始めた。
「イガアアア‼︎‼︎」
「よし。やってみるか」
「ガア‼︎」
「どっっっ。たはっ、やっぱ凄い」
キングクラーケンが振り下ろした触手を、モグリは正面から受け止めた。地面がより一層激しくヒビ割れ、地下室全体が揺れる。
◇ ◇ ◇
ルタイスはリッカを背負い、ポロボラを小石を蹴るように蹴飛ばしながら地下通路を駆け抜けていた。やがて階段の前に辿り着くと、一度しゃがんでリッカをその場に降ろした。
「今のうちにポーション飲んじまってくれ」
「ああ」
リッカがポーションを飲んでいる間にルタイスはポロボラの両足首を縄で縛り、銛に手際良く結びつけた。そして銛を握りながら腕を後ろに回す。
「飲み終わったか」
「ええ」
「まだおぶられとけ。ほら」
「すまない」
横になった銛に腰掛けるように、リッカはルタイスの背に乗った。ゆっくりと立ち上がると、階段を上り始めた。引き摺られているポロボラの頭が階段の段差に雑にぶつかる「ガンガンガン」という音が、地下通路に響く。
「モグリは、ちょけてる訳じゃない」
「え」
ルタイスは階段を上りながら、リッカに声を掛けた。
「さっきの言動はモグリの生態からくるものだ。本能だから君を煽っている訳では無い。マジで腹減らして、マジで喰おうとしているだけだ」
「そうか」
「俺も含めて言いたい事は互いにあるだろうが、それは生き残って再会したらだ。良いな先輩。まずは作戦遂行、だ」
「ああ。すまない」
「俺に言うなよ。俺だって手こずっちまったせいで、あんたに手間掛けさせたしな」
「それは、別に」
「それよりポーションの効きはどうだ?」
「先程よりは意識がはっきりしてきた」
「なら、まだおぶられとけよ。部屋の外で冒険者達が待機してる筈だ。そこまでは運んでやる」
「ああ⋯⋯。わかった」
◇ ◇ ◇
キングクラーケンの触手の猛攻撃を、モグリは受けては交わし、殴って相殺し、なんとか持ち堪えていた。が、次第に受けを貫通して触手がもろに体に当たる回数が増えていく。しかし、モグリ本人は、
(流石にクラーケンの比じゃないな。気を抜いたら簡単に潰されて死ぬ)
と思いながらもその実、
(死ぬと食えないな)
としか考えていなかった。
旨そうな匂いにぶっ叩かれ続け、モグリは段々と正気を失いそうになる。
(せめて、ひと齧りでも出来ればこの空腹を⋯⋯)
だが噛みつこうにも触手の動きが速く激し過ぎるのに加え、触手が太過ぎて噛みつきも手掴みも出来なかった。
(俺の弱点はスピードなんだな。いつまで経っても掴めな⋯⋯、あ)
モグリはとある事に気づいた。
(なんでこのまま齧る事にこだわってんだ俺。別に倒してから食えばいいや)
モグリは触手を受けて捌く動きから、腰を入れて拳や蹴りを打ち込み触手を叩き返す動きに変えた。
「イ、イガアアアッ」
触手を潰す勢いで反撃され痛みを感じたキングクラーケンは、多少狼狽えながらも更に激昂した。数本の触手を絡め、モグリ目掛けてその触手を振り下ろした。
「しめた」
触手が束ねられた為、先程までの触手乱打では存在しなかった横の隙間が生じた。モグリはそこに全力で滑り込み、スライディングしながら着地した。そしてキングクラーケンの瞳を目掛けて跳躍し、拳を固める。
「まあ、ここを狙うわなッ」
グジャアッッ
「イギャアアアアアアアアア⁈⁈」
片目を殴り潰されたキングクラーケンは、痛みによりのたうち回り、眼球の破片や体液が地下室に散らばる。
「目玉は煮付けで食いたいからな。片目は残しておこう。さて、潰したのは俺だけど、あの、そんな暴れられると、この部屋が、あわ、おおおっ」
「イギャアアア‼︎」
「わわわわわっ」
キングクラーケンがのたうち回り、半壊していた地下室が本格的に崩れ始めた。天井が岩盤ごと落下し、壁が倒れ、床が沈み出す。脱出口を中心に沈む床の隙間から海水が溢れ出し、地下室に海水が満ち始めた。キングクラーケンは自ら先に脱出口から海に潜って行く。
残った方の瞳を赤く光らせ、モグリを睨み上げながら。
「こりゃ、逃す気も逃げる気も無いみたいだ。第二ラウンドって感じか」
モグリは息を大きく吸い込むと、脱出口から海に飛び込んだ。
続く。




