逃げる訳には
数分前。
モグリがグランド・ハイオークを引き受け、ルタイスとリッカがポロボラ討伐に向かった。
その道中。
「今回の討伐、ポロボラの生死は問われていないが、尋問した方が良いに決まってるよな」
「⋯⋯」
「だがキングクラーケンが居るんだったら、んな事言ってらんねぇわな」
「⋯⋯」
「なんか言ったらどーすかね。これ独り言だと思われてる?」
走りながらジト目で睨むルタイスに、リッカは目もくれずに「はあ」溜息であしらった。
「そんな状況把握なら既にしている」
「いや、再度確認と言うかな。大事だろ」
「そうか。では不足点を補おう。キングクラーケンなんて出現したら私達では太刀打ち出来ない。ポロボラの動向を確認し、早々に伝達しに離脱するべきだ」
「あーあーあ、ありがたいねぇ。どうもご親切に。だがな、逃げ道は一本だぞ?グランド・ハイオークがいるだろ。どうやって逃げんだよ。はい論破」
「モグリが抑えているだろう。もしモグリが倒されていたら、私が時間を稼ぐ。ルタイスが伝達して」
「あんたに時間稼ぎ出来んのかよ」
「私はルタイスよりは強い。可能性があるのはこの策」
「そりゃ凄い。頼りにしてますよ先輩」
「⋯⋯」
ルタイスとリッカの前に、鈍重な岩で出来た扉が現れた。門番などは居ないようだが、扉からは何か力を感じた。
「施錠の上から魔力を感じる」
「魔法による多重ロックでしょうね。簡単には開かない」
「逃げる気満々だな。よし。下がってろ」
ルタイスが銛を構えて体勢を低くした。リッカは言われた通りに後ろに下がり、ルタイスを黙って見ている。
「扉を壊す気?多分無理だと思うけど」
「誰がわざわざ扉から入るって?」
「え?」
ルタイスは狙いを扉からずらし、その横の岩肌に狙いを定めた。魔力を銛に集中させ、螺旋状の水流を纏わせる。
「モグリならこうしたさっ」
水魔法 不可避のトライデント。
「おらああああああ‼︎‼︎」
ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッッッッ
トライデントが岩肌を削り、掘り進めていく。
「もうちょいだぜ、逃す⋯⋯」
ガガガガガガガガガガガガ、
ガッッッッ
ドオオオオ‼︎
トライデントが岩肌を貫通し、ルタイスは内部の空間に飛び出した。
「かあああああああああああ、ポロボラァ‼︎」
「はああああああ⁈なんだと⁈⁈」
ルタイスは地面に着地すると、周囲を見渡す。岩肌剥き出しの空間には中央に海面が揺らめき、そこに潜水艇が浮かんでいた。そして今まさに、ポロボラが乗り込もうと梯子を登っている最中であった。想定外の場所からの来客に、ポロボラは叫びながら梯子から滑り落ちる。
「てめぇ1人か」
「だ、誰だお前は⁈」
「村と妹が世話になったなゲス野郎」
「あの小娘の兄弟か、はは、なんだ」
ポロボラは銃を取り出すと引き金に指を掛け、ルタイスに向けた。
「そうか。あの亜人じゃねぇなら良いんだ。あのオークが役に立ってるみてぇだな。げへへ」
「鉛玉当たったくらいじゃ俺は止まらないぜ?」
「そんな人間いねぇよ馬鹿が。あの村の人間は総じて能無しらしいな」
「言ってろ三下海賊。大人しく武器を捨てて降伏しろ。そうすれば」
「だから馬鹿だと言ってんだ間抜けめ‼︎」
「あ?」
首を傾げるルタイスの背後から、岩穴を潜り抜けてきたリッカが声を張り上げる。
「ルタイス下がれ‼︎」
「は、何言っ、て、まさかっ」
ルタイスが海面に視線を向けた隙に、ポロボラが銃の引き金を引いた。
「死ね‼︎」
発射された銃弾を、音も無く駆け付けたリッカが斬り落とした。そしてそのまま銃を縦に斬り上げると、ポロボラを岩肌まで蹴り飛ばす。
「がはっ、誰だテメェ」
「ルタイス。ポロボラを持って逃げろ」
「んな事言っても無理だろこりゃ」
「その時間は稼ぐ。急げ」
「いや、だがよ、マジか⋯⋯」
2人の視線の先には、潜水艇を握り潰しながら引き千切る太い触手。こちらをギョロッと見つめる巨大な瞳が海面から水飛沫を上げながら現れていた。徐々に這い出てくる触手の本数も増え、地面にヒビが入り始める。
「出たなキングクラーケン。こいつ仕留めりゃ、村が潤うぜ」
「冗談を言っている場合では無い、さっき話した通りに動けルタイス」
「確実に死ぬぜあんたっ」
「作戦に従え‼︎」
岩肌にもたれかかったままのポロボラは、目の前でキングクラーケンに慄いている2人を見て笑い声を上げた。
「馬鹿めが‼︎最初っからキングクラーケンを控えさせておいてるに決まっておろうが‼︎」
「モグリにまた食われるだけだとは思わなかったのか⁈」
「モグリ⋯⋯、ああ、あのクジラの亜人か。クラーケンは食われたとは言え、数分は保ったんだ。上位種のこいつならそれより時間稼ぎにはなろうぜ。そもそも亜人はここにいねぇ」
「ちっ、いきなりめちゃくちゃ喋りやがって」
「さあ、キングクラーケンよ俺を助けろ‼︎」
ポロボラの声に呼応するかのように、キングクラーケンは「オオオ」と雄叫びを上げながら巨木のような触手をポロボラに伸ばす。最初は満面の笑みを浮かべていたポロボラは、その触手が近付くにつれ段々と顔を強張らせ仕舞いには目に涙を浮かべ始めた。
「わ、わあ、わあああ‼︎殺されるぅ‼︎」
「お前が助けろって奴に命令したんじゃん」
「そうは言ってもこんなのに巻きつかれたら、ぐ、ぐえええ」
「あ。なんか間抜けな絵面過ぎて見過ごしちまったぜ」
「ええ。そうね」
ルタイスとリッカに見守られながらキングクラーケンに持ち上げられ、全身が軋んでいるポロボラは「ぎゃあああ」と叫び声を上げながら海面に徐々に引き寄せられていく。
「大体よお前。海中じゃ息持たないだろ。どうすんの?」
「そこ、そ、そこまで考えて、な、無かった」
「馬鹿じゃん」
「そ、そうだ、キングクラーケン‼︎俺を守りながら、こいつらを殺せええ‼︎」
「うお。やりやがった」
瞬時に身構えるルタイスとリッカ。にんまりと2人を見下すポロボラ。キングクラーケンが2人に体の向きを合わせ、複数本の触手を持ち上げた。
ピシッ。
「あ?何の音だ」
が、謎の音が聞こえ、キングクラーケンの動きが止まった。ポロボラの顔色がみるみる内に青ざめていく。
「わ、わあ、ああ」
「なんだ?」
「装置が」
「あ?」
「キングクラーケンの制御装置の魔法具が、壊れた」
「は」
「え」
ポロボラの足元に、魔法具であったであろう金具のや魔法石の破片がパラパラと落ちていく。
「おわりだあ」
「終わりだ?制御装置が無いとどうなるんだポロボラ」
「暴走だ、皆殺しだ。こいつは、俺もお前らもこの島全ても喰らい尽くす怪物だ。ええいこうなりゃ全部壊しちまえキングクラーケン‼︎」
「イガアアアアアアアアア‼︎‼︎‼︎」
咆哮を上げたキングクラーケンは、掴んでいたポロボラを投げ飛ばした。ポロボラは壁に直撃し気絶した。そこにキングクラーケンが触手を振り下ろし、それにリッカが即時反応。自身に身体強化を掛ける。高速移動でポロボラをキャッチすると、ルタイスにポロボラを投げ飛ばした。そのまま横に飛び退いてキングクラーケンの触手攻撃を回避した。振り下ろされた触手が地面を砕き、壁にまでヒビが走った。そのヒビに中央の海面脱出口から海水が漏れ出し、吹き荒れ始めた。
「そいつ持ってさっさと上に向かえ‼︎味方にキングクラーケンが暴走したと報せろ‼︎」
「リッカ、あんたは⁈」
「構うな。作戦を遂行しろ」
「村人でも無いのに、何をそんな」
「行けッ‼︎‼︎‼︎」
「ちっ、煮え切らねぇ」
ポロボラを抱え、ルタイスは自らが開けた穴を目掛けて駆け出した。リッカはその様子を横目に確認すると、鞘からソードを抜き出して構えた。武器に冷気を纏わせると、フラー(中央)から両刃に掛けて霜が走る。
「ふー⋯⋯」
「イガアアア‼︎」
暴れ出したキングクラーケンは触手を縦横無尽に振り回し、地面に壁に天井に見境無く叩き付ける。地面が割れ、壁と天井が崩れていく。リッカはなんとか触手を回避し、落ちてくる瓦礫を次々に切り裂いた。
「狙いもなく暴れているから回避出来ているが、そうでないなら命は無いな」
ルタイスもなんとか跳ね回って回避している。が、ポロボラを肩に担ぎながらでは中々思うように動けず、何か叫びながら触手を避けた。
「だああ⁈辿り着く前に俺が潰れらあ‼︎」
「霜走り⋯⋯」
リッカの口から冷気が出ると同時に、ソードに纏わされた霜がより一層濃くなる。体を横に向け、切先をキングクラーケンの巨大な眼球に狙いを定めた。
「 星霜斗牙」
ドッ‼︎‼︎
リッカが飛び、キングクラーケンの眼球に渾身の突きをお見舞いした。
しかし。
「眼球でこれか」
突き刺すつもりで穿ったその切先は眼球の表面に少しの傷を付ける程度で、弾かれてしまった。推定S~SSランクの最上位モンスター。眼球という、表面に存在する中では恐らく最も柔い部位。そこですら他の上位モンスターの甲殻に匹敵する硬度を誇る様だ。
ギョロリ。
「ッ⋯⋯」
キングクラーケンの瞳がリッカを捉える。リッカに向かって伸びてきた触手を、眼球を蹴った反動で身を翻して避けた。崩れた瓦礫に着地する。キングクラーケンは狙いをリッカに定め、触手を振り上げた。ルタイスもキングクラーケンの動きの変化に気付き、リッカに振り返る。
「リッカ‼︎」
「何度も言わせるな。作戦を遂行しろ」
「お前、お前なんなんだよっ」
「遂行しろッッ」
「イガアアアアアア‼︎」
キングクラーケンの怒涛の触手連打の応酬がリッカ目掛けて放たれた。リッカは身体強化をありったけ掛けたが⋯⋯。
「ごばっっ」
高速移動と剣技による凌ぎにより致命傷は免れたものの、身体中をめった撃ちにされ触手攻撃の下から弾き出された。
「がっ、ぐぐ⋯⋯」
急激に掛けた身体強化の反動とキングクラーケンによる攻撃により、リッカはその場で動けなくなる。剣は綻び、鎧は大部分が破損。なんとか身を捩りながら片膝を立て、キングクラーケンを見据える。
わかっていた事だ。
理解して囮を引き受けた。
だが、
それでも、
これほどまで、
差が、
差が、開き過ぎている。
続く。




