海賊島の激闘②
2人は部屋を隅々まで見渡す。
赤い絨毯が引かれた広い部屋。豪華な金の装飾が施された家具や壁掛け。高級そうな食器がびっしり入った食器棚。部屋にはまだまだドアがあり、同じような豪華な部屋が幾つかあるようだ。差し詰め、略奪品や金品をふんだんに使用したお頭の部屋、VIPルームだろう。
「ルタイス」
「ああ。こいつは中々」
吹き飛んだ大扉が、部屋の先の何者かにそれぞれ弾かれ、手前側に倒れたのだ。砂煙の中、屈強な2つの影が揺らめく。
「こいつら、道案内の奴が言っていたお抱えってのか?」
「みたいだね」
「この体躯。オークか」
砂煙から出てきた巨大で強靭な体躯の持ち主。大木のような足腰に両腕。古びているが極厚の鎧。鎧の無い部分や顔の黒い緑色の肌に、尖った牙と鼻息荒い豚鼻。
「オークだな。しかもハイオーク。んで使役されてる点からして厄介だな。Bランク以上、下手したらAランクだ」
「やばくない?ルタイス的には倒せる?」
「無理だね。はっきり言って無様にお漏らし案件だ」
「え」
「だが、クラーケンより下だぜ?クラーケンはAからSランク相当だからな」
キメ顔で期待の目線を向けるルタイスに、モグリは頬をポリポリと掻く。
「あれはクラーケンが美味しそうだったからで⋯⋯オークは食欲唆られないから」
「オークは豚肉だぞ」
「うーん。なら豚で良いかも」
「ならイカで良いよな⁈」
モグリは深呼吸すると拳を構え、目の前でノシノシとこちらに近付いてくるハイオークを見据えた。
「冗談さ。やってみる」
「頼もしいぜ英雄さん。俺もやってやらあ」
ルタイスも銛に水を纏わせ、体勢低く構えた。纏わせる水の出力を上げ、螺旋状に練り上げる。
「行くぜモグリ‼︎」
「ああ、ルタイス」
2人はそれぞれ、自分の前に立ち塞がるハイオークに向かって走り出す。2匹のハイオークが斧と棍棒を振り上げ、モグリとルタイスに振り下げた。
「うわ、やべ」
モグリは体躯の割に速いハイオークの攻撃を避ける隙を見出せず、猛烈な風圧と共に自身に降りかかってくる巨大な斧を、
ぱん。
「おっと」
真剣白刃取りして受け止めた。風圧と衝撃が辺りに散り、モグリの足元の絨毯が破け散り床がひび割れる。ハイオークも思わず「ハイ?」と鳴いたが、直ぐに気を取り直して両手で斧を握り、モグリを縦半分に叩き割ろうと力み始めた。
「うおっ。流石はAランク相当モンスター。普通のオークですら戦った事無いからよく分からないが、凄まじい力だな。一瞬でも気が緩んだら危なかった。危ない危ない」
これはゲームや物語では無いのだから。
にしては、
海賊との命のやり取りには余り危機を感じ無かった。ある程度の緊張はしたが、生き死にの瞬間とはこんなものなのだろうか。
モグリは頭を横に振りかぶり、斧の刃を側面から強打した。軸がズレた斧はそのままモグリの体擦れ擦れを過ぎて床に突き刺さる。同時にモグリが頭で打った斧の部分にひびが入り砕けた。斧に体重を掛けていたハイオークは体勢を前に崩し、そのハイオークに合わせてモグリは飛び上がって顎にアッパーをカチ当てた。
「ゴブッ」
ハイオークは口から砕けた歯と血を吹き出しながら倒れる。が、床に突っ伏す直前に両手を床につけ堪えた。
「流石はAランク相当モンスター。それなら、」
「ウゴオオ」
「これならどうだ」
ハイオークが両手でモグリを鷲掴みしようとしたが、それよりも早くモグリがハイオークに駆け出した。そして懐に潜り込むと、まあまあの本気で腰を入れた右ストレートをハイオークの顔面にお見舞いする。
「ウg、」
スパァン
ゴチャアッッッッッッ
「うわあ、汚ねぇ」
ハイオークの脳味噌と肉片と血と、頭部を構成していた色々な全てが床と壁に豪快に飛び散った。壁には右ストレートの衝撃が走り、爆心地のような凹み方をしている。モグリの右拳や右肩からは細い煙が立ち上がり始めた。威力が高すぎて、モグリ自身は何の汚れも付いていなかったが、靴がハイオークの肉片や首から床に流れ続ける血で汚れてしまった。が、元々全身びしょ濡れなので些細な事だ。
モグリは目の前で散らかる豚肉を見つめる。
(改めて凄いな、この肉体。ろくに体術とか習ってないのに。単純な身体能力だけでこれか。体の使い方には気を付けないとな)
「さて、ルタイスがこうなって無いと良いんだが。おーいルタイス、大丈夫か」
モグリが背後に振り返ると、ルタイスとハイオークと目が合った。ルタイスとハイオークはお互い目を丸くして棒立ちである。
「ルタイス、大丈夫?」
「あ、ああ。ってか何も始まってない」
「手伝う?」
「いや、うん。ちょっと頑張ってみたいけど、急がないとだし。お願いしようかな」
「あ、ルタイス」
「ん?」
「危ない」
「は」
隙を見せたルタイス目掛け、ハイオークは両手に持った大剣と斧を振り下ろした。ルタイスは顔を引き攣らせながら飛び退くと、着地と同時にハイオークの側面に回り込む。そして一呼吸の間に鎧の隙間を狙って正確な突きを数発放った。ハイオークの左脚の腱を断ち、よろめかせた。
「ほらルタイス、危なかったね」
「お前の尺度で落ち着いた声で知らせんな、危ねぇなッ。ってのはさておき助かったぜありがとう‼︎」
「はいよ」
が、片膝を付いたハイオークは怯む事なくルタイスに攻撃を浴びせる。ルタイスは全て攻撃を避けながら、突きの連撃を浴びせ続ける。
「くそっ。こんなんじゃ仕留められん。大技の貯めの隙を初手で潰された。どうにかして風穴開けれればダメージが入るかぁ⁈」
ハイオークが腕を交差させ、炎を武器に纏わせる。ルタイスはその交差する強烈な斬撃を掻い潜り、ハイオークの首元に狙いを定める。
「ここだ。水魔法、不可避の」
「ゴガア‼︎‼︎」
ハイオークが武器を瞬時に逆手持ちに切り替え、ルタイスに向けて素早く振り上げた。
「ルタイスッ」
モグリが駆け出したが、ルタイスは勢いを止めない。
「いいや。俺の攻撃は不可避だ、くらえ‼︎‼︎」
螺旋状の水の勢いが強まり、ハイオークの首元にあと一歩の距離に近付いた。しかし、ハイオークの炎の大剣と斧がルタイスの腰に迫る。
「くっ、届けええ‼︎」
「まずいルタイスっ」
モグリが踏み込もうとしたその時、
ヒュウッ
「っ⁈」
冷たい風が頬を掠めた。
「なん、」
モグリが風上に振り向いた次の瞬間。
ザザザザザザザンッッッ
ハイオークが細切れに切り飛ばされ、血飛沫が舞っていた。ルタイスは銛ごと壁に突き刺さり、モグリはハイオークを切り刻んだ冷たい風の吹いた先に視線を向けた。ルタイスは銛を壁から抜き着地すると、気まずそうに咳払いしてからハイオークを仕留めた人影に声を掛けた。
「すまない助かった。あんた誰だ」
視線の先のその人影は、剣に付いた血を振り払うと白い息を吐いた。そしてゆっくりと顔をこちらに向けた。モグリとルタイスは「あら?」と目を凝らす。
「あなたは」
その人影の主は、モグリの思春期シーンに出会し、先程船で2人で目にした後に話題にした件の女性であった。
ルタイスはその女性をまじまじと眺める。
「フード外した顔は初めて見たな。助けてくれてありがとう。俺の名はルタイス。貴女のお名前は?」
女性は前髪を指で撫で、横髪を耳に掛けた。そしてルタイスに冷たい視線を向けながら灰色淵の白いフードを頭に掛け直した。ルタイスは苦笑いし、モグリは口元を手で押さえて笑いを堪えた。
「おや、これは失敬。最初の一文がお気に召さなかったようで」
「ルタイスって下品だよね」
「うるさいな。助けてもらったんだ、ぞ」
ルタイスは眼下に転がるハイオークの亡骸を見て固まった。そして真面目な表情をし、銛を握りしめる。
「あんた、一体、誰なんだ」
「ルタイス?あ」
そうだ。そういえばあの女性の正体についての話をルタイスから聞きそびれていた。
「このハイオークを切った斬撃。切り口が全部、俺が付けた傷口から切ってる。ハイオークの外皮は硬いからな。この方が切りやかったんだろうが、どんなスキル使ったんだ?俺は今回の討伐クエストのみ、全冒険者の情報に目を通していてな。失礼かも知れないがあんたの名前とランクは知ってる。それを踏まえて言わせてもらうが、ただの冒険者では無いなあんた」
「なら、」
その女性が初めて声を出した。所々少し掠れた、繊細で透き通った声だ。女性は相変わらず睨むでも蔑むでも無く、それでいて明確にルタイスを警戒している冷たい目線を向ける。味方の冒険者同士とは思えない、異様な緊張感がこの場に走る。
「なら、何故私の名を問いた」
「初対面なら自己紹介くらいしませんか?」
「そんな契約、クエスト受注時や昨日の会議、船でも伝えられてない。私の聞き漏らしなら謝罪した上で名を伝える」
「は、何?なんかごちゃごちゃ、」
「けれどあなたは私の名を知っている。よって、名を明かす必要が無い」
「なんだこの人。昨日産まれたのか?人間社会2日目かな?」
いくら相手が女性とは言え腹が立ったが、助けてもらった手前、ルタイスはあまり強く言えずにいた。
『君はあれだな。マッコウクジラみたいな名前してるな』
『は?なんて?』
初めましてなんてさ、こんなんでも
良いんだよ。
「お名前、聞いても良いですか」
「え」
2人のやり取りを置物みたいに突っ立って眺めていたモグリが、急に声を出した。
「お前が、お、お前、お前から声掛け⁈」
過剰に失礼に驚愕しているルタイスを他所に、モグリは女性に体を向けて尋ねた。女性は相変わらず表情はそのまま。しかし明らかにルタイスに向けていた表情よりは棘を抜いた、真顔に近い表情になった。
「ですから私の名は、」
「俺はまだ聞いてません。ルタイス以外の冒険者の名前、知りません」
「なら別に私の名も知る必要は無いでしょう」
「友人を助けてくれた恩人に、感謝を述べたくて」
「⋯⋯」
顔を斜めにして真っ直ぐな瞳を向けるモグリに、女性は一瞬たじろんだ。
「冒険者も最後は義理人情らしいですよ」
「⋯⋯」
女性はフードを外し、モグリを真っ直ぐ見据えた。
「⋯⋯リッカ」
「ありがとうございます。俺はモグリ。改めて助かりました」
「私はあなた達の上司では無いから、敬語は要らない」
ルタイスがヘラヘラしながらリッカに歩み寄る。
「じゃあ俺は討伐依頼を出した依頼主だから、敬語使ってくれるんですか。リッカ様」
「そうですね。お怪我はありませんか、ルタイス様」
「うわあ。こいつやばいぜモグリ」
「2人とも俺からしたら同じ土俵だよ」
「悪かった。ありがとなリッカさん」
「リッカで良い」
「ありがとなリッカ。さてさて」
3人は気まずい空気のまま、部屋の奥に視線を移す。
「急ぎたいんだが、なんだこれ」
「今のハイオークの比にならない」
この部屋の扉の先に何かを感じ取ったらしいルタイスとリッカが、警戒を強めた。
「モグリは何も感じないのか」
「う~ん。何にも。匂い?」
「違ぇよ魔力だ。というか諸々込みの圧、かな」
「へえ本当?わかった振りしてカッコつけてない?」
「してねぇよ。命掛かってんだぞ」
「悪い悪い」
「だからよモグリ、場合によってはお前は先行け。ポロボラを逃す訳にはいかねぇ」
「わかった」
リッカがモグリの腕や拳を見定めるように見つめると、前に向き直った。
「あの頭潰れたハイオークはモグリが1人で片付けたの?」
「うん。危なかったけどね」
「そう。なら逆にモグリに任せた方が良いかも」
ルタイスも、
「かもな」
と頷いた。
「どんな奴か実際会わないと判断出来ないけれど」
「律儀に俺らが扉開けんのを待ってくれてるらしいが、モグリ」
「おう」
モグリが扉を蹴破ると、リッカとルタイスが構えた。
「な、おいまじか」
「想定以上の奴だ」
扉の先の相手の姿を識別した2人が、明らかに動揺し、数段深く構えた。よくわかっていないモグリも2人を真似て構える。
「想定以上ってどんな?」
「モグリ、お前あいつに名前聞いてみろ。嘘だ、冗談。絶対油断すんな」
「落ち着けよルタイス」
「悪い。悪いモグリ、こいつは⋯⋯」
リッカが口から白い息を吹き、剣の刀身に霜を走らせる。冷静な表情のまま、柄を握る力を強める。
「奴はハイオークの更に上」
鎧を纏っていない赤い体に、引き締まった肉体。何より先程のハイオークと違うのは武器を持たない点と、体の大きさが人間の大人と変わらない点。ハイオークは4か5m程あった。
が、小さいから弱いと言う訳では無いようだ。
リッカとルタイスの言動からそれは分かる。何より、モグリにもやっと理解できた。
奴が纏う気配。異様だ。
「奴は、グランド・ハイオーク。ハイオークの上位種。奴の等級は低くてAランク」
「それは⋯⋯厄介だね」
「良いかモグリ、こいつは低くてAランクだ。なんでこんな所に居るんだよこんな化け物の中の化け物が」
「え、低くてAって言った?」
リッカが、「ええ」と頷いた。
「記録に残ってるだけで一番高く付けられた等級は」
「S+。さっきのハイオークなんかあれに比べたら赤子。勿論、人間の」
続く。




