アバルバントからの来訪者
あれから3日後の朝。
モグリは宿の部屋のテラスで紅茶を片手に本を読んでいた。と言っても、幼児用の絵本である。わかりやすい絵に、比較的優しい文。話せはするが読み書きの出来ないモグリにとっては、申し分ない教材である。
が、
転生物と言ったら、最初から異世界言語の読み書きが出来るスキルやらギフトやらがお決まりだろうに、あの女神と来たら。まあ、話せるだけ随分マシである。お陰で、
「違うよモグリ様。これはタオルじゃなくてトマトって意味だよ。じゃないと、主人公がタオル食べた事になっちゃうよ」
「はい先生」
こうして小さなコユ先生に読み書きを教わる事が出来るのだから。
「コユ、そろそろ学校の時間じゃないか?」
「あやばい‼︎じゃあ修正の残りは私が帰ってからね、でも本は全部自分で読んでみてよっ」
「はい、コユ先生。ありがとう」
「じゃね‼︎行ってきます」
「気をつけてね」
「はあ。モグリ様が学校に来てくれれば、一緒に勉強出来るのになぁ」
「だから行かないってば。ほら、遅刻しちゃうよ」
「つまんないの。ま、気が変わったら私かおじいちゃんに言ってよね。ばいばーい」
コユは柵を跨いでテラスから屋根に飛び移ってスライディングすると、地面に軽々と飛び降りた。そしてモグリに手を振りながら丘を走って行った。
「学校、もう行かなくていいなら行きたくないしな。毎朝文字をわざわざ教えに来てくれるコユには申し訳無いけれど」
◇ ◇ ◇
3日前の夕方。
モグリが居るとは特に知らず、村長がランダスの家に訪ねてきた。リビングのソファでコユに絵本を読み聞かせされているモグリを見ると、村長は吹き出した。
「ぬははははっ。なんじゃモグリ、おままごとか?」
「あ、いや、これは、」
「違うよおじいちゃん。モグリ様に文字の読み方を教えてあげてるの。記憶が無いんだからしょうがないじゃん、笑わないでよ」
「そうか、悪かったの」
「それにもうおままごとなんて年齢じゃないから。で、おじいちゃん何の用?またモグリ様に長々お話しするつもり?」
「違うんじゃよコユ。あ?モグリ様?」
「うん。モグリ様」
村長は「はは~ん」という目線をモグリに向ける。
「ワシはともかく、ランダスが許すかのう?それに10歳じゃぞ、んん~?」
「違いますよ村長。そんなんじゃ」
「冷やかしに来たんなら帰ってよ。おじいちゃん」
「こらコユ。いくらお義父さんの間が悪いからって口が悪いわよ。ねぇ、お義父さん」
「すまなんだ許して下さい」
絵本を読んでいるモグリを見て、村長は顎髭を撫でながら何か考えていた。
「なあ、モグリ」
「ん、何ですか村長」
「お主、学校に通ってみるか?」
「学校?」
「そうじゃ。読み書きに計算に、最低限の事は学べるはずじゃ。コユを始め、村の人達も反対する者はおらんじゃろう。お主さえ良ければワシから学校側に話を付けておくぞ」
「嫌です」
「そうか。なら、ワシから校長にええ⁇」
「だから嫌です。学校は。無い筈の記憶が学校だけはやめておけと叫んでいます。それはもう猛烈に」
「ん、まあ、嫌なら無理強いはしないがのう。会話は出来るから最低限の生活は出来るじゃろうが」
「ご心配無く。俺はいずれ、海に出て⋯⋯。あ、そうだ村長。さっきコユさんから聞いたんですけど俺が村を守るために戦u」
「あーーー‼︎‼︎‼︎そうじゃモグリイ‼︎」
村長はモグリの言葉を強引に遮り、血でも吐いたんかという咳払いをした。
「おじいちゃんどしたの?」
「おいコラじじい、おい、またはぐらかs」
「そうじゃコユ。お主、モグリに勉強を教えてあげたらどうじゃ?成績良いじゃろ」
「あはあ、ナイスだよおじいちゃん」
「早起きして、少しずつで良いからモグリに読み書きを教えてあげなさい」
「うん!じゃあよろしくねモグリ様」
「あ、うん。ありがとうコユ。いや強引に決まったな。ってか、おい村長。さっきの話だが、」
村長はすぐ様踵を返し、玄関に向かって駆け出し、
「ばいばいミエラさんや、またなコユ。細かい男はモテんぞモグリ」
と家を飛び出して行った。
◇ ◇ ◇
「はあ。ちょっと海で泳ごうにも、俺が出ていくと思った村人達が全力で止めに来るし。海賊と戦うとか面倒なイベントが起こる前に本当は出て行きたいなあ」
モグリは溜息を吐きながら絵本のページをめくった。
昔々に世界を旅した冒険者の主人公がシリーズ物の絵本だ。今読んでいるのは、主人公が海を船で渡り海竜を倒す物語、だと思う(勉強中の為、推測)。変に今のモグリの状況を暗喩しているこの絵本を選んだのは、コユだ。そこに悪意は無いと信じたい。
「しかし絵本とは言え、読書だなんて久々だ。それこそ読書感想文を書くときの渋々読書を除けば、あの時以来か」
こうしてのんびり紅茶を嗜み、爽やかな朝の日差しと風を浴びながら読書というのはこんなにも心落ち着くものなのか。
静かな港時間を感じながら、心穏やかに過ごしているとなんだか、新しい自分になったようななってないような気がする。
その時、
「カーン カーン カーン カーン」
東の鐘の音だ。敵襲の際はもっと間隔狭く鳴らすらしい。とするとこれは、来訪者を報せる鐘だ。
「ランダスさん達が帰ってきたんだな。皆さん無事だと良いな」
と、気にせず本を読もうとしたが、明らかに役場の方から宿に向かって馬車が猛スピードで飛ばしてきているのが見えた。モグリはそっと本を閉じてテラスから部屋に戻り、カーテンを閉めてベッドに横になり目を瞑った。
(知らんぷり知らんぷりだ。海賊の島に攻め込むなんて、そんな面倒な事ごめんだね)
モグリがそう心で呟いたのと同時に、女将が部屋のドアをノックした。
「モグリさ~ん。役場から馬車が迎えに来ましたよ。ランダスさん達がアバルバントから帰って来たんだそうな」
「まだ寝てるって言っといて下さい」
「はい。まだ寝てると、本人が言っています」
「あかんやん」
女将が連れて来た客人が、モグリの言葉に「なぁに~?」と苛立つとドアを猛烈にノックし始めた。
「寝てる奴が寝てるって言う訳ねぇだろうが、開けろモグリッ。これから色々ややこしくなる前に、会っときたいんだよ」
「ZZZ......」
「ぜっとぜっとぜっとって何だよ。おい開けてくれ。俺はルタイス。コユの兄だよ」
「あ、今起きました。開けますね」
モグリはベッドから跳ね起きると、部屋のドアを開けた。ルタイスはモグリの姿を見ると目を見開き、次第にモグリに微笑んだ。
「おお。本当にマッコウクジラの亜人だ。どうやって前見てんだ?不思議な奴だな」
「初めまして、モグリです」
「おう、俺はルタイスだ。コユや村を助けてくれたんだってな。本当に感謝してるぜ。ありがとな」
ルタイスはコユと同じ青髪に同じ様な利発な声をしていた。髪の毛の左側を短く切って赤いメッシュを入れている。流行りの髪型なのだうか。キリッとした目元から青く澄んだ瞳をモグリに向けながら、モグリの手を掴んで固い握手を交わしてきた。
モグリがルタイスの握手に自分から手を握りにいくと、ルタイスは笑顔を浮かべながらモグリの肩を叩いた。
「うん。噂に違わぬ、逞しい身体だな。こりゃクラーケンも喰われる訳だ」
「ルタイスさんも強そうですね。冒険者でしたっけ」
「まあな。まだ駆け出しだが、この間C級に昇格したんだ。因みに今のは自慢な」
「は、はあ」
「E級から一年弱でC級ってかなり上澄みなんだぜ。これで俺も女の子からモテモ、痛ッッッ」
女将がルタイスの頭をチョップして背中を押し出した。
「痛ってえな女将さん、なんだよ⁈」
「なんだよじゃない。早く行きなさい。あんたの無駄話聞かせるために迎えに来たんじゃないでしょうよ」
「自己紹介だよ自己紹介。ま、宿ババアの言う通り、そろそろ行こうかモグリ」
「え、う、うん」
「さあ行った行った。モグリさんを頼むよ、付き合って一か月保った事無いくせに交際回数を経験値みたいに棚上げて自尊心保って性懲りも無くまた流行りの髪型にして冒険者って職業を好感度ポイントみたいに勘違いしてる未来の村長さん。いってらっしゃい」
「言い過ぎだが?」
◇ ◇ ◇
「あれ。馬車乗らないんですか」
宿を出てから村を歩く二人。モグリは宿に振り返って停めてある馬車を指差した。ルタイスはズボンのポケットに手を差し込みながら、
「そうさ」
と応えた。
「たまたま宿に荷物運ぶ馬車に乗せてもらっただけ。まあいいじゃねえか、俺は久々の村なんだ歩かせてくれ。それにもう少しお前と話をしたいしな」
「そうですか」
「はいそうですよ。なあ、一つ良いか」
「はい?」
モグリは顔を前に向けたまま、ルタイス側の片目だけを彼に向けた。
「はは。その四角い頭じゃ、そうやって見るよなやっぱり。あのさ、敬語使わなくていいぜ。ってか、使わないでくれ」
「いや、ルタイスさんは年上ですし、そういう訳には⋯⋯」
「その年上さんがお願いしてんだよ。実際、年もあんま変わんないだろ。お前の性格は母さんとコユから聞いてるけどよぉ。なら俺の性格も血筋に習って、例に違わず強引だぜ?一歩も引かないぜ?」
ルタイスは悪戯な顔をモグリに浮かべて肩と肩をぶつけてくる。
(会って数分だぞ?けど確かに村長とランダスさんとコユの血筋だし、本当に俺が敬語辞めるまで一歩も引かないだろうなぁ。うーん)
「なあなあ、どうなんだよ」
「わかりましたよ」
「あ?」
「わっ、わかったよルタイス。これで良いか」
「ぎこちないな」
「⋯⋯」
「嘘だよ悪かった。改めてよろしくなモグリ」
「ああ、よろしくルタイス。よろしく?」
ルタイスは顎をクイと上げて、港の方にモグリの視線を誘導した。
「ほら港の方見てみろ。アバルバントからの船が停泊してるだろ。今はまだ荷物下ろしたりなんなりしてるからよ、午後から役場で代表者達の顔合わせがあるんだ。お前も出るからな」
「げぇ」
「事情聴取はその後だとよ」
「代表者って?」
「冒険者とアバルバントからの派遣兵からのだ。帝国海軍からの援助は結局無理だった。親父曰く、申請に時間が掛かるとやらでな。でもよ、海軍ってアバルバントに駐在してんだぜ?少しぐらい手貸せよな」
「その事だけどさ」
モグリの言葉に、ルタイスが声を顰めて「そうさ」と返した。
「お前も知ってるみたいだな。やっぱり、アバルバントや帝国はあからさまに深淵海賊団への制裁を躊躇ってやがる。何が隠れてんだか」
「今回はアバルバントは兵を派遣してくれたんだね」
「しけた数だけどな。親父達が粘りに粘って一小隊だけだぜ、20人だぜ?だから俺や仲間が冒険者を募ったんだよ。お陰で50人程集まったぜ」
「お陰って自分で言うかね」
「間違い無く俺のお陰だぜ。なんせ今回、俺は報奨金無いしな。村を脅かす海賊を討てるチャンスなんだ、それ以外何も望まないね」
なんか軽い感じだが、ルタイスが村を想う気持ちは固いみたいだ。冒険者ランクの昇格もしている点、モテたい願望だけで冒険者をやってる訳では無さそうだ。
「いずれ暴いてみせるぜ。こうやって国からの支援を受けれずに海賊に怯えてる村や街はシオサイの村だけじゃないだろうしな」
「そっか。頑張ってね」
「そんでよ、助けた村や街の可愛い女の子から」
「それ以外望んでんじゃねぇか」
◇ ◇ ◇
ルタイスとモグリは港に着いた。荷下ろしを手伝う為だ。
「会議まで時間あるしよ、先に冒険者とかの雰囲気を知っといた方が良いと思うんだよ。お前、力持ちなんだろ?」
「普通の人よりは力持ちらしい」
「手伝ってくれたら、昼はご馳走するぜ?」
「ずっと村にご馳走になってるよ。ま、それはそれとして有り難く頂くよ」
「そうか。じゃあまず、あの大砲を降ろしてくれ。整備したいんだ」
「船の上じゃ駄目なん?」
「俺も頼まれただけだから、よくわかんないけど。駄目なんじゃね?」
「わかった」
ルタイスとモグリが港を歩くと、冒険者達がモグリに挨拶を交わしていく。
「冒険者達が寄って来ないのが意外か?」
「ん、うん」
ルタイスは「あはははっ」と笑うとモグリの肩を叩いた。
「爺ちゃんがいの一番にアバルバントからの使者に「モグリは人に群がられるのが嫌いだから気をつけるように。もし破ったら、命の保証は無いかも」って言ったんだ。誰もクラーケンを素手で仕留める奴に逆らいたく無いだろうからな」
「村長⋯⋯。俺別に群がられても殺さないよ。」
「だろうな。けど、嫌なんだろ」
「殴るかもね」
「だってさ皆んな」
冒険者達があからさまにモグリから顔を背け、おずおずと作業に戻った。冷や汗を掻いて無言で行き交い始めた冒険者達を見てルタイスは更に笑い、モグリは「冗談です冗談ですっ」とあたふたした。
「お前が殴るとか言うからだろ」
「場を和ませる冗談だってんだけどな。難しいね、人間」
「俺もそれは時々感じるけどな。あ、ギルド長」
ガタイの良い中年の男性がルタイスとモグリに歩み寄って来た。刈り上げた厳つい白髪に、筋骨隆々の体。着こなしているスーツがパツパツ過ぎて可哀想だ。
「紹介するよ。こちらアバルバントの冒険者ギルド長、ガルバンダーさんだ。通称、座しないギルド長」
「座しない?」
「こうやって遠征とかに本人が来ちゃうんだよ。ギルド長の仕事を副ギルド長に丸投げしてな」
「えぇ⋯⋯」
ガルバンダーがモグリに手を差し出し、モグリと握手した。なるほどこれは力強い握手。事務仕事丸投げで実戦に来そうな力強さを感じる。
「よろしくな。本当にクジラの亜人だな、珍しい。だが良い身体だ。おっと失礼、ルタイスからの紹介で事足りるとは思うが、俺はアバルバントギルド長のガルバンダー。ようやく深淵海賊団の一端をぶちのめせるってんで、俺も来ちゃったぜ」
「こんな感じだが、偉い人だぞ。元帝国軍分隊長だからな。こんな感じだが、俺も世話になってる。こんな感じの痛だだだだだだだだだだだだだだッッッッ」
「どんな感じだルタイス。あぁ⁈」
ガルバンダーにヘッドロックを喰らい悶絶するルタイスを無視して、モグリは周囲を見渡した。
「ルタイスがガルバンダーさんに声を掛けて、シオサイの村襲撃の海賊討伐の収集を行ったんですね」
「ああそうだ。ペーペー冒険者のこいつが「故郷助けるの手伝ってくだちゃい」ってクエスト立てても、人の集まりはたかが知れてんだろ?だからルタイスとこいつの親父さんから改めて話を聞いた後に、アバルバントとの話し合いも仲介して成立させて場にも同席してだな。その恩人に、こんな感じだぁ⁈ああ小僧ゴラッ」
「いやいやいや、話ししたのほぼ副ギルド長でしょうよ。あんたあの場で「うむ」しか言ってなかっ痛だだだだだだだだッッッ」
「あれも俺の権限あって成立した場だろうがッ」
「死ぬ死ぬ死ぬ、モグリ、このゴリラぶん殴れ‼︎」
モグリは腕を組むと、役場の近くで整列しているアバルバント兵を眺める。
「ギルドの緊急クエストとは言え、街の権限が必要だなんて⋯⋯。やはり街や国とアバルバントには何か裏が?」
「あったとしてだ。言えると思うか、俺の口から」
ガルバンダーがモグリを見下すように睨むと、モグリは首を傾げて戯けてみせた。
「冒険者も討伐に来ないんだから、ギルドも絡んでますもんね。余計に今回の遠征許可が通った理由が気になりますけど、まあ、気にするだけ無駄ですね」
「ギルドも帝国の組織だ。察してくれ」
「ギルド長、離してくれ。窒息死する」
ガルバンダーは空き箱の山にルタイスを投げ捨てると、輸送船を見上げた。
「ギルドの船は奥のだけで、目の前のとか他の船はほとんどアバルバント軍のだ。若者相手に大人の事情って言いたかないが、余計な詮索はしない事だ。こういった支援が打ち切られたら、我々だけでは立ち向かえん」
「わかりました。すいません余計な口出しをしました」
「気にすんな。ガキは少し生意気な方が可愛げがあるんだ。ルタイスは礼儀を知らないだけだから可愛くないからな」
◇ ◇ ◇
「で?降ろして欲しい大砲ってこれですか?」
モグリは船に登り、船員の冒険者に尋ねた。
「そうです。砲台も整備したいので、大砲は下でお願いしたいんです」
「いやでも、皆さん冒険者ですよね。屈強な皆さんなら数人で運べるんじゃ?だって今までの整備とか設置する時とかどうしてたんですか?」
「ま、まあ頼むわ。文句はギルマス(ギルド長)に言えよ」
「は、はあ」
モグリが大砲に手を伸ばすと、周囲がやたらとモグリに視線を向けている事に気が付いた。興味深そうに、されどモグリに悟られないように、しかし漏れ出るワクワクを抑えきれないと言った顔でモグリを見ている。船の上から、船の下から、近くの船の上からも。
「ははあ~ん」
モグリは船から身を乗り出し、腕を組んでいるガルバンダーを見下ろした。
「俺の力持ち具合を試そうって魂胆ですね?」
ガルバンダーは目を丸くしたが、すぐにニヤッと笑みを浮かべた。
「だとしたら、なんだ?ビビってんのか」
「いや別に。ただ⋯⋯」
モグリは大砲を片手で鷲掴むと、ひょいっと肩に担いだ。冒険者達や近くを通りかかった兵士達が、「おおっ」と声を漏らした。
「凄え。あの体で強化魔法無しで大砲を。亜人とは言え凄いな」
「クジラの亜人」
「お前虎の亜人だろ、やれるか?」
「無理だわ」
船員が大砲の降ろす場所を案内したが、モグリは船の上で足を止めた。
「どうされましたモグリさん?」
「あ、手が滑った」
「へ」
まるで道端に転がる石を手に取り、ふいに投げるが如く、モグリは大砲を軽々しく船からガルバンダーに向けて放った。冒険者達は突然のモグリの暴挙に慌てふためいた。
モグリは落ち着いた様子で、淡々と述べる。
「ただ⋯⋯俺はあなた達の見せ物になるつもりはありません。世話になったこの村への恩返し以上の事はするつもりは微塵も無いです。」
ドスの効いた低い声を作り、船の縁に片足を乗せてガルバンダーを見下ろした。
「俺への余計な詮索も、止めて貰おうか」
ドンッッッッッッ‼︎‼︎
「ふんっ。生意気な」
ガルバンダーが片手で大砲を受け止めた。地面はひび割れ、砂埃が舞っているがガルバンダーは涼しい顔でモグリを見上げる。大砲を地面に降ろすと、肩や首をバキバキと鳴らした。
「お前、運動エネルギーと落下エネルギーって知ってるか?船の下で受け止めた俺の方が強いかもなモグリ」
「片手で掴んで持ち上げて、投げれてから言って下さい。お怪我無いですか」
「......っぷ、ぶわはははは‼︎‼︎気に入ったぜ‼︎生意気だが、それが良い‼︎お前さんを試して悪かったな、この通りだ」
ガルバンダーが頭を下げると、冒険者達も次々に頭を下げ始めた。
「あ、いや、頭上げて下さい。俺こそ、失礼な態度を取ってしまってすいませんでした。」
「気にすんな。さ、そういう事だお前ら。モグリに変な事したら痛い目見るぜ?」
「もうやめて下さいよ」
「全く。魅せてくれるぜ」
疑り深いモグリは、ある事を察した。
今回、アバルバントが島の海賊討伐を許可したのは、新入りが故に海賊からボロを出した為。裏に何があるかわからないが、実際に領地下に被害が出た上に直談判しに来たとなれば無視は出来ないだろう。
もう一つ理由があるとモグリは考えている。
それは、
モグリ自身。
クラーケンと海賊を追い返した無名のクジラの亜人。
国が放って置く訳が無い。
戸籍やらは村長が根回ししたり誤魔化したりしているらしいが(そこも怪しいが。てか駄目)、その脅威を放って置くとは思えない。ランダスから話を聞いたアバルバント勢が、監視の意味合いを兼ねて兵を派遣したのだろう。現に今も、アバルバント兵からの付かず離れずの視線を感じる。先程の冒険者達のモグリを試すような行いは、上からの命令か、ギルド単独の行動かは現時点では判断しかねるが。
マッコウクジラの亜人の意味合いを知っている上、あのランダスさんの事だ。
アバルバントとの談合で、モグリの事をマッコウクジラの亜人だとは発言していないだろう。秘密を知る者に話が渡った場合のリスクが計り知れない。
今もクジラの亜人とは言われたが、マッコウクジラの亜人とは言われていない。これもそう言われているのか、そうで無いのか。
ま、これらも憶測の域を出ない。
だがこれ以降は否が応でも、マッコウクジラの亜人としての姿を冒険者や兵士達を通して世界に見せる事になる。
「やれやれ。争いのどさくさに紛れて海に逃げるか」
モグリは溜息を吐くと、空を見上げた。
「めんどくさい事になりそうだな」
ガルバンダーは崩れた空き箱の山を指差し、付き添いのギルドの職員に尋ねた。
「ルタイスはいつ起きるんだ」
「空き箱の角に頭ぶつけて気を失ってますよ。因みにギルド長のせいですよ」
「いや、こいつが冒険者の癖に受け身取らないから」
「つべこべ言ってないで、ギルド長が崩れた空き箱を直して下さい。まだ使うから整理して積んでたんですから」
「あ、はい。すいません」
海賊島の戦い編に続く。




