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第3話 ひび割れた関係

あれからさらに一週間が過ぎていた。


美咲の中で広がっていた亀裂は、もう埋めようのないものになりつつあった。


健人からの連絡は以前より減っていたが、減った分、内容が妙に気を遣ったものになっていた。


「最近どうしてる?」「無理してない?」という言葉が、かえって薄気味悪く感じられる。


ある平日の夜、美咲は陽菜と二人で夕食を取っていた。


テレビの音だけが流れる食卓で、陽菜がふと口を開いた。


「ねえ、姉ちゃん。健人さん、最近どうしたの? 全然来なくない?」


美咲は箸を止めた。


「……別れてはないよ。ちょっと、お互いに忙しいだけ」


「ふーん」


陽菜はそれ以上聞かなかった。


けれどその「ふーん」が、妙に胸に残った。


妹は何も知らない。


知らないまま、まだ「健人さん」と呼んでいる。


その事実が、美咲の中の何かを決定的に押し下げた。


翌日。


美咲は健人にメッセージを送った。


『話がある。土曜日、いつものカフェで』


既読がすぐにつき、「わかった」とだけ返ってきた。


秋の終わりのカフェは、窓の外の木々がすでに少しずつ色を変えていた。


美咲は窓際の席に先に座り、注文したコーヒーに手をつけないまま待った。


赤いカーディガンの袖を指で摘まむ癖が出ている。


自分でも気づいて、手を離す。


健人が現れたのは、約束の時間ちょうどだった。


以前なら軽く笑って「待った?」と声をかけてくるのに、その日の彼は最初から表情が硬かった。


席に着くと、美咲は前置きなく切り出した。


「もう、限界かもしれない」


健人の表情が、初めて本気で歪んだ。


「俺が何したよ。ちゃんと話し合おう」


「話し合っても、もう戻らないと思う。


最近のあなたは、昔のあなたじゃない」


健人は美咲の手を掴んだ。


力強く、少し痛いほどに。


指の腹が熱い。


その熱が、かえって不快だった。


「美咲。俺はお前が好きだ。本気で。それに、陽菜のことも家族みたいに思ってるだけだ」


「家族みたいに、か」


美咲は手を引き抜いた。


指先が、妙に冷たくなっていた。


健人の目に、焦りと、どこか計算めいたものが混ざっているのが見えた。


その視線を向けられていると、背筋がそっと寒くなる。


「別れよう」


その一言で、健人の顔から血の気が引いた。


彼は何度も引き止めた。


声を荒げ、未練がましく「もう一度だけ考えてくれ」「俺が悪かった、直すから」と繰り返した。


美咲は首を横に振り続けた。


言葉を重ねるたびに、自分の中の何かが冷えていくのがわかった。


「もう、いいの。これ以上続けても、お互い辛いだけだと思う」


「辛いって……お前が勝手に疑ってるからだろうが」


健人の声が、初めて露骨に尖った。


美咲はそれを聞いて、かえって心が定まるのを感じた。


店を出るとき、健人は美咲の腕を再び掴んだ。


力が強い。以前の彼なら、こんなに無遠慮に人の腕を掴んだりしなかった。


「……お前が俺を捨てたら、後悔するぞ」


低く、脅しめいた声だった。


美咲は振り払って、そのまま歩き出した。


振り返らなかった。


後ろで健人が何か叫んでいる気がした。


けれど、風に掻き消されて、内容までは聞こえなかった。


美咲は歩き続けた。


赤いカーディガンの裾が、秋の終わりの冷たい空気に煽られてひらめく。


背中に絡みついていた視線の感触だけが、いつまでも残った。


家に帰ると、陽菜がリビングで宿題をしていた。


「おかえり。……顔、真っ青だよ?」


「風に当たってただけ」


美咲はそう答え、自分の部屋に入った。


ドアを閉めたあと、壁に背中を預けて、ゆっくりと滑り落ちるようにして座り込む。


終わった。


それなのに、胸の奥には、まだ何かがひっかかり続けていた。


別れを切り出したはずなのに、本当の終わりは、まだ先にあるような気がしてならなかった。

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