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八年前『結婚する』と言った幼馴染が、俺を睨みながら弁当をくれる  作者: 芦名 雅


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8/11

幕間 月島ひまりは譲らない

月島ひまりが相楽陸を意識したのは、茜が転入してくるより前だった。


同じ委員会になった時、重い資料を何も言わず半分持ってくれた。


それだけ。


少女漫画なら運命と呼ぶには弱すぎる。


けれど恋なんて、始まりだけならその程度なのかもしれない。


だから茜が現れた時、ひまりはすぐに気づいた。


――あ、この子、強い。


美人だからではない。


帰国子女だからでもない。


陸を見る目が、自分とは違った。


八年間という時間がある。


共有した子供時代がある。


名前を呼ぶだけで空気が変わる。


正直、ずるいと思った。


でも同時に、腹も立った。


これだけ有利なのに、茜はずっと「別に」を繰り返す。


弁当を作っておいて「余った」。


嫉妬しておいて「助けただけ」。


陸のことを目で追っておいて「気にしてない」。


「もったいな」


昼休み、ひまりは自分の教室でパンを齧りながら呟いた。


友人が首をかしげる。


「何が?」


「なんでもない」


ひまりは窓の向こうを見た。


向かいの校舎の廊下を、陸と茜が並んで歩いている。


距離は近い。


でも手は触れていない。


「......だったら、まだいいよね」


翌日。


ひまりは陸の教室へ行った。


「相楽くん、数学教えて」


本当は数学で困っていなかった。


少なくとも、赤点を取るほどではない。


陸と二人で話す理由が欲しかった。


そして、茜がどうするか見たかった。


結果は想像以上だった。


椅子が鳴った。


シャーペンが机を叩いた。


図書室までついてきた。


ひまりは参考書の向こうで笑いそうになるのを堪えた。


――分かりやすすぎ。


同時に、少しだけ胸が痛んだ。


陸は、その分かりやすさに気づいていない。


「相楽くん」


「ん?」


「桜庭さんって、昔からあんな感じ?」


「いや。昔はもっと素直だった」


その言葉に、ひまりはペンを止めた。


「じゃあ今の桜庭さんは?」


「今?」


陸は少し考えた。


「......面倒くさい」


ひまりは吹き出した。


「ひど」


「でも、まあ」


陸は窓際の茜を一瞬見た。


その目が優しかった。


「頑張り屋だし、人のことよく見てるし。意外と優しい」


ひまりは理解した。


ああ、もうかなり深いところまで行っている。


本人だけが気づいていない。


それでも、だからといって引く理由にはならなかった。


幼馴染だから。


八年待ったから。


昔結婚の約束をしたから。


それだけで恋の勝敗が決まるなら、今ここにいる自分は何なのだ。


放課後、ひまりは一人で昇降口へ向かいながら決めた。


正々堂々やる。


茜を傷つけたいわけではない。


でも、自分の気持ちまで「幼馴染には勝てない」で片付けたくない。


数日後、屋上から戻ってきた茜とすれ違った。


顔が赤い。


分かりやすい。


「桜庭さん」


「......なに」


「私、相楽くんのこと好きになるかも」


茜の足が止まった。


「......勝手にすれば」


「うん。勝手にする」


ひまりは笑った。


茜は睨んだ。


けれどその目には、初めて明確な危機感があった。


「だから桜庭さんも、勝手にした方がいいよ」


「どういう意味」


「別に」


わざと茜の口癖を使う。


茜の眉がぴくりと動いた。


ひまりはそのまま歩き去った。


負けるかもしれない。


多分、かなり分が悪い。


それでも、自分で好きになった人を、自分で諦めるまでは終わりではない。


月島ひまりは、そういう恋をすることにした。


ひまりが陸に話しかけるようになってから、茜は自分でも嫌になるほど彼女を意識した。


 月島ひまりは明るくて、話しやすくて、陸に対して自然だった。数学の問題を聞く時も、廊下で呼び止める時も、変な言い訳をしない。


 茜には、それができない。


 昼休み、ひまりが陸の机へ来た。


「相楽くん、昨日の問題もう一回教えて」


「いいよ」


 茜は弁当箱の蓋を必要以上に強く閉じた。


「桜庭さんも一緒に見る?」


 ひまりが悪意なく聞く。


「別に。私、そこ分かるから」


「そっか。じゃあ今度、私にも教えて」


「......いいけど」


 嫌いになれれば楽なのに、と茜は思った。ひまりはいい子だった。だから余計に苦しかった。


 放課後、女子トイレの鏡の前で、茜は自分の顔を睨んだ。


「何やってるんだろ、私」


 陸は自分のものではない。八年前に子供同士で交わした約束を、所有権のように振りかざすことなんてできない。そもそも陸は忘れていた。


 それでも、ひまりの隣で笑う陸を見ると胸がざわつく。


「桜庭さん?」


 振り向くと、そのひまり本人がいた。


「具合悪い?」


「平気」


「顔色、ちょっと悪いよ」


「平気だってば」


 強く言いすぎた。ひまりは一瞬驚いたが、怒らなかった。


「そっか。でも無理しないでね」


 それだけ言って去っていく。


 茜はますます自己嫌悪した。


 一方の陸も、ひまりと話しながら、無意識に茜の様子を探すようになっていた。機嫌が悪そうなら気になる。昼休みに弁当を出さなければ心配になる。下校時に先に帰られれば、妙に物足りない。


「相楽くん」


「ん?」


「私の話、聞いてる?」


「ごめん」


 ひまりは陸の視線の先を見て、少しだけ笑った。


「桜庭さんのこと、すごく見るよね」


「幼馴染だから」


「便利な言葉だね、それ」


「どういう意味?」


「そのまま」


 ひまりはそれ以上言わなかった。


 陸だけが、なぜかその言葉を夜まで引きずった。


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