第13話 彼氏の家は難易度が高い
テスト前の日曜日、茜は陸の家で勉強することになった。付き合う前なら何度も来たことがある。小学生の頃など、自分の家より長くいた日もあった。
なのに玄関の前で、茜は五分立ち尽くした。
「何してるの?」
ドアが開き、陸の母親が顔を出した。
「ひゃっ」
「あら茜ちゃん。入って入って」
「お、お邪魔します」
リビングへ入った瞬間、母親は満面の笑みになった。
「聞いたわよ」
「何をですか」
「陸と付き合ったんでしょ?」
茜は固まった。
二階から陸が降りてくる。
「母さん!」
「何よ。おめでたいことじゃない」
「誰から聞いたの!」
「陸から」
茜が陸を見る。
「違う、聞かれたから答えただけ!」
「......別に怒ってない」
むしろ少し嬉しかった。陸が家族に自分のことを話してくれた。それが恋人として認められたように感じた。
しかし安心したのも束の間、母親はアルバムを持ってきた。
「茜ちゃん、これ覚えてる?」
そこには幼稚園の二人が写っていた。茜は陸の頬にキスをしている。
「わああああ!」
「これ、結婚式で使えるわね」
「使いません!」
「母さん、しまって!」
二人同時に叫び、母親は楽しそうに笑った。
陸の部屋へ逃げ込んでからも、茜の心臓は落ち着かなかった。
「昔は普通に入ってたのにな」
「今は違うでしょ」
「何が?」
「......関係が」
陸も少し赤くなった。
その反応を見て、茜はようやく自分だけではないと分かった。
勉強を始めても、肩が触れるたびに気になる。消しゴムを同時に取ろうとして指が重なる。目が合う。二人とも逸らす。
「全然進まないね」
「陸が集中しないから」
「茜もだろ」
「私はしてる」
「じゃあこの問題」
「......分かんない」
「ほら」
笑い合った。
夕方、茜が帰ろうとすると、陸の母親が弁当箱を一つ渡した。
「これ、昔茜ちゃんのお母さんから借りたままだったの」
小さな子供用の弁当箱だった。蓋には星の絵。
「懐かしい......」
「陸に初めて卵焼き作ってきた時のよ」
茜は蓋を撫でた。
好きな人に食べてもらいたいという気持ちは、もしかするとずっと変わっていない。
「今度、これで作ろうかな」
「量足りないだろ」
「じゃあ、おかずだけ」
「楽しみにしてる」
「......うん」
今度は素直に答えられた。
勉強に区切りがついた頃、陸の父親が仕事から帰宅した。リビングで顔を合わせた瞬間、茜は反射的に立ち上がって頭を下げた。
「お、お邪魔してます」
「おお、茜ちゃん。大きくなったなあ」
父親はしみじみとそう言うと、すぐに母親と目配せをした。何かを察したような二人の様子に、茜は嫌な予感がした。
「陸から聞いたよ、色々」
「な、何をですか」
「いいコンビじゃないか、お前たち」
陸が慌てて割り込んだ。
「父さんまで何言ってんの」
「照れるな照れるな」
からかい半分の空気の中、茜はいたたまれず陸の部屋へ避難した。閉じたドアの向こうから、両親の楽しそうな笑い声が聞こえてくる。
「賑やかな家だね」
「昔からこう。悪いな」
「ううん。......ちょっと羨ましい」
その一言に、陸は少しだけ表情を変えた。
「茜んちは?」
「うちも似たようなもん。お母さん、最近やたら陸のこと聞いてくるし」
「聞かれて何て答えてるんだよ」
「べ、別に、普通のこと」
誤魔化す様子に、陸は追及しなかった。だが、二人の家族が、こんなにも自然に自分たちの関係を喜んでくれていることに、茜は密かに安堵していた。八年前に途切れたはずの縁が、ちゃんと繋がり直している。そのことを、今日また一つ実感した気がした。




