第12話 はじめてのデートは昔の町で
初めてのデート先を決めるのに、二人は三日かかった。映画、水族館、ショッピングモール。候補はいくつも出たが、茜が最後に選んだのは、昔よく遊んだ町を歩くことだった。
「デートなのに近所?」
「悪い?」
「いや、いいけど」
「八年分、変わったところ見たいから」
日曜日。茜はいつもより少しだけ大人っぽい服で待っていた。陸が「似合ってる」と言うと、開口一番「見れば分かる」と返された。
それでも五分ほど耳が赤かった。
二人は昔の駄菓子屋跡、通っていた小学校、公園、川沿いの道を歩いた。なくなった店もあれば、名前だけ変わった店もある。
「ここ、犬に追いかけられたよな」
「陸が逃げるから私まで追いかけられたの!」
「泣きながら俺の背中叩いてた」
「忘れて!」
思い出話をするたび、八年間の空白の両端が少しずつつながっていく。
昼は、あのパン屋へ入った。チョココロネを二つ買い、近くのベンチに座る。
「まだ最後にチョコ残すの?」
「やる」
「子供」
「お前は?」
「私は普通に食べる」
そう言いながら茜は、最後の一口だけ残した。
「真似した?」
「違う」
「絶対真似した」
「うるさい」
笑い合ったあと、茜は少し真面目な顔になった。
「ねえ。陸は、私が向こうにいた八年間のこと、聞きたい?」
「聞きたい」
「全部?」
「茜が話したい分だけ」
その答えに、茜は安心したように息を吐いた。
海外で初めてできた友達のこと。発音を笑われて悔しかったこと。料理を覚えたこと。高校へ進む頃には日本語より英語の方が先に出る瞬間があって怖くなったこと。それでも家では日本のドラマを見て、日本の本を読んだこと。
「忘れたくなかったんだと思う。日本のこと」
「俺のことも?」
茜は黙った。
そして、逃げずに頷いた。
「......うん」
陸はそれ以上からかわなかった。
「ありがとう」
「何が」
「忘れないでいてくれて」
茜は泣きそうな顔で笑った。
「こっちこそ。思い出してくれて、ありがとう」
帰り道、二人は自然に手をつないだ。今度は、はぐれるからという言い訳はなかった。
パン屋を出たあと、二人は久しぶりに児童公園へ寄った。八年前とほとんど変わらない、あのベンチがまだそこにあった。
「座る?」
「座る」
並んで腰掛けると、ブランコで遊ぶ小さな子供たちの声が響いてくる。
「あの頃の私たちも、あんな感じだったのかな」
「もっと五月蝿かった気がする」
「陸の方が五月蝿かったでしょ」
「茜だろ」
どちらも譲らず、結局笑い合って終わった。
しばらく黙って景色を眺めていると、茜がぽつりと切り出した。
「ねえ、覚えてる? あの日、私が最後に言ったこと」
「絶対に忘れないでね、だろ」
「うん」
茜は少し俯いて、それから顔を上げた。
「あれ、本当は続きがあったの」
「続き?」
「言えなかっただけ。緊張して、結局『忘れないでね』しか言えなくて」
陸は黙って続きを待った。
「本当は、『大人になったら迎えに来て』って言いたかった」
風が二人の間を吹き抜けた。
「今更、言ってもいい?」
「言えよ」
「......迎えに来てくれて、ありがとう」
その一言に、陸はしばらく何も言えなかった。ただ、隣に座る茜の手をそっと握るだけで、返事の代わりにした。
夕方、駅で別れる前、陸はふと思いついたように言った。
「次のデートも、ここでいいよ。俺、この町でお前と歩く時間、結構好きだから」
「......うん。私も」
小さく頷く横顔に、夕日が優しく差し込んでいた。




