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八年前『結婚する』と言った幼馴染が、俺を睨みながら弁当をくれる  作者: 芦名 雅


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14/18

幕間 ひまりの告白

文化祭まで残り五日。


ひまりは放課後、陸を呼び出した。


場所は校舎裏。


あまりにも告白らしい場所で、陸は着いた瞬間に何となく察した。


「月島」


「まだ何も言ってないよ」


「いや......」


「顔に出てる」


ひまりは笑った。


でも、いつもの軽い笑い方ではなかった。


「私、相楽くんが好き」


真正面から言った。


陸は息を止めた。


分かっていたはずなのに、本人の口から聞くと重さが違う。


「最初はちょっと気になるくらいだった。でも桜庭さんが来て、焦って、取られたくないって思って。それで、本当に好きなんだって分かった」


「月島......」


「返事、聞いていい?」


陸は迷った。


ひまりはいい子だ。


明るい。


話しやすい。


自分を好きだと言ってくれる。


もし茜が帰ってこなかったら。


そんな仮定が一瞬浮かび、陸はすぐに消した。


それは失礼だと思った。


目の前のひまりにも。


そして茜にも。


「ごめん」


ひまりは目を閉じた。


「やっぱり?」


「俺、茜が好きだと思う」


「思う?」


「......好きだ」


口にした瞬間、陸自身が一番驚いた。


誰かに言うことで、曖昧だった気持ちが形になった。


ひまりは数秒黙ったあと、笑った。


「そっか」


声は少し震えていた。


「ごめん」


「二回言わなくていい。惨めになるから」


「悪い」


「三回目」


陸は黙った。


ひまりは空を見上げた。


「悔しいなあ」


「......うん」


「そこ否定しないんだ」


「何て言えばいいんだよ」


「分かんない」


二人とも少し笑った。


ひまりの目には涙が浮かんでいた。


でも泣かなかった。


「ねえ、相楽くん」


「ん?」


「だったらちゃんと告白して」


「え?」


「私を振っておいて、桜庭さんとは『幼馴染だから』で曖昧なままとか許さないから」


「......分かった」


「あと、ノートとか昔の約束とか、そういう答え合わせで決めないでね」


ひまりは真剣な目をした。


「今の桜庭さんを好きなら、今の桜庭さんに言って」


その言葉は、陸の胸に深く刺さった。


八年前の約束。


図鑑。


四つ葉。


全部大切だ。


でも、それだけではない。


文化祭の準備で誰より働く茜。


失敗したくなくて一人で抱え込む茜。


甘味処で真剣にあんみつを選ぶ茜。


英語を褒められて複雑な顔をする茜。


口元を隠さず笑うようになった茜。


今の茜。


「ありがとう、月島」


「お礼言われると腹立つ」


「じゃあ言わない」


「もう言った」


ひまりは涙を指で拭った。


「文化祭、ちゃんと成功させようね」


「ああ」


「桜庭さんには、このこと言わなくていいから」


「いいのか?」


「私から言う」


「え?」


「女同士の話」


翌日の昼休み。


ひまりは茜を階段の踊り場へ呼んだ。


「私、昨日、相楽くんに告白した」


茜の顔から血の気が引いた。


「......返事は?」


ひまりは少し意地悪をしたくなった。


「どうだと思う?」

茜は答えられなかった。

ひまりは、その顔をしばらく見つめたあと、視線を逸らした。

「……今日は、教えない」

「え?」

「私が言った答えを聞いて安心してから動くんじゃ、たぶん意味ないから」

それだけ言って、ひまりは階段を下りていった。

取り残された茜は、手すりを握ったまま動けなかった。

もし、陸がひまりを選んでいたら。

その想像を、今まで何度も途中で打ち消してきた。けれどこの日は、最後まで考えてしまった。

放課後。茜は一人で帰った。

家に着くと、机の奥から八年間の手紙を入れた箱を取り出した。

『会いたい』。『忘れないで』。『帰ったら普通に話したい』。

どれも送れなかった言葉だった。

茜は一番上の封筒を手に取り、しばらく見つめたあと、箱の蓋を閉じた。

「……もう、やめようかな」

口にした瞬間、胸の奥が鋭く痛んだ。

八年前の約束にしがみつくのも、弁当を作るのも、陸が誰と話しているか気にするのも。

陸が幸せなら、それでいい。そう思えたら綺麗だった。

でも、思えなかった。

悔しくて、寂しくて、涙が出た。

それでも茜は翌朝、弁当箱を一つだけ鞄に入れた。陸の分は作らなかった。

学校へ向かう途中で、何度も引き返して作り直したくなった。それでも歩いた。

――好きだからこそ、諦めなければならないこともある。

その覚悟を、茜は初めて本気でしようとしていた。

翌日の昼休み、ひまりが茜の机の横に立った。

「昨日の返事、言うね」

茜は顔を上げられなかった。

「……うん」

「振られた」


茜が顔を上げる。


喜びそうになって、必死で抑えた顔。


ひまりは笑った。


「その顔、失礼」


「ご、ごめん」


「いいよ。私も性格悪いことしたし」


「月島さん......」


「でもね」


ひまりは一歩近づいた。


「私、ちゃんと言ったよ」


茜の表情が固まる。


「八年分あるんでしょ」


「......」


「何もしないで、怖いからって逃げ続けるのは、私に失礼だから」


茜は唇を噛んだ。


「分かってる」


「本当に?」


「分かってる......!」


今にも泣きそうな声だった。


ひまりはそれ以上追い詰めなかった。


「じゃあ、頑張って」


「......なんで応援するの」


「別に応援じゃない」


ひまりは笑った。


「私を振った男が、いつまでもうじうじしてるのがムカつくだけ」


茜はしばらく黙ってから、小さく頭を下げた。


「ありがとう」


「だから応援じゃないって」


二人は初めて、恋敵ではなく、同じ人を本気で好きになった者同士として笑った。


すれ違いが始まった一週間、茜は弁当を作るのをやめた。正確には、作れなかった。朝、いつものように卵を割っても、陸がひまりと話している光景が浮かんで手が止まる。


 母親は何も聞かなかった。ただ、二人分並んでいた弁当箱が一つになったことだけを見ていた。


「茜」


「何」


「恋って、相手に勝つことじゃないからね」


 包丁を持つ手が止まった。


「急に何」


「独り言」


「意味分かんない」


「そう」


 母はそれ以上言わなかった。


 茜は悔しかった。ひまりにではない。陸にでもない。何年も好きだったくせに、いざ失うかもしれないと思った途端、逃げることしかできない自分に腹が立った。


 その頃、陸も昼休みの机を見ていた。以前なら当然のように置かれた弁当がない。それだけで教室の景色まで違って見える。


「コンビニパン、そんなまずそうに食うやつ初めて見た」


 悠人が言った。


「普通だよ」


「桜庭弁当に舌が慣れたんじゃね」


 否定しようとして、陸はやめた。


 味だけではない。蓋を開ける前のやり取りも、「多く作っただけ」という嘘も、食べ終わったあと茜がちらりと空箱を確認する仕草も、全部込みで昼休みだった。


「なあ悠人」


「ん?」


「幼馴染が他のやつと付き合ったら、普通どう思う?」


「幼馴染による」


「役に立たないな」


「じゃあ質問変えろ。桜庭が誰かと付き合ったら、お前どう思う?」


 陸は答えられなかった。


 想像しただけで、胸の奥が嫌な形に縮んだ。


 悠人はため息をついた。


「それが答えじゃね?」


 陸は初めて、自分が何を恐れているのか理解した。八年前の約束がなくなることではない。今の茜が、自分の隣からいなくなることだった。



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