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八年前『結婚する』と言った幼馴染が、俺を睨みながら弁当をくれる  作者: 芦名 雅


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10/11

幕間 夏休み、二人きりの一日

一学期の終業式の日、陸は茜に呼び止められた。


「明日、暇?」


「暇だけど」


「じゃあ付き合って」


「......どこに?」


言った直後、茜自身が言葉の危険性に気づいたらしい。


「ち、違う! 買い物! 付き合ってってそういう意味じゃなくて!」


「分かってるよ」


「笑うな!」


翌日、駅前で待っていた茜は白いワンピース姿だった。


陸は三秒ほど黙った。


「なによ」


「いや」


「変?」


「逆。似合ってる」


茜は固まった。


「......そういうの、さらっと言うのやめて」


「褒めただけだろ」


「だから困るの!」


買い物の目的は、海外の友人へ送る日本のお菓子と文房具だった。


茜は店を何軒も回り、一つ一つ真剣に選んだ。


「仲いいんだな」


「うん。向こうで最後にいた学校の子。私が日本に帰る時、泣いてくれた」


「桜庭も泣いた?」


「泣いてない」


「嘘だ」


「......ちょっとだけ」


昼は商店街の小さな洋食屋へ入った。


茜はオムライス。


陸はハンバーグ。


「一口いる?」


陸が聞く。


茜は一瞬迷ってから、皿を少し寄せた。


「......交換なら」


子供の頃と同じだった。


でも、向かい合って座る二人はもう子供ではない。


それを意識した瞬間、茜は急にスプーンを持つ手がぎこちなくなった。


「どうした」


「なんでもない」


午後、突然雨が降った。


二人は駅前の屋根の下へ逃げ込んだ。


夕立。


人々が走る。


狭い軒下で肩が触れる。


茜は一歩離れようとして、後ろの壁にぶつかった。


「濡れるぞ」


陸が傘を買いに行こうとする。


「待って」


反射的に袖を掴んだ。


「......すぐ止むと思う」


本当は、もう少しここにいたかった。


雨音が大きい。


だから少しくらい心臓がうるさくても、聞こえない気がした。


「海外でも、こういう雨あった?」


陸が聞く。


「場所による。でも、日本の夏の雨は久しぶり」


「帰ってきたって感じする?」


茜は雨の向こうの街を見た。


日本語の看板。


聞き慣れたアナウンス。


隣にいる陸。


「......する」


「そっか」


「陸がいるから、余計に」


言ってから気づいた。


茜は勢いよく口を押さえた。


「今のなし!」


「なんで」


「なしったらなし!」


「聞こえたけど」


「忘れて!」


「無理」


いつものやり取り。


でも陸は、少しだけ嬉しそうだった。


夕立が止む。


二人は駅まで歩いた。


改札前で別れる時、陸が言った。


「今日、楽しかった」


茜はすぐに「別に」と言いかけた。


でも止めた。


今日くらいは。


ほんの少しだけ。


「......私も」


陸が驚いた。


「何その顔」


「いや。素直だなと思って」


「やっぱ今のなし!」


「遅い」


陸は笑って改札を抜けた。


茜はその背中が見えなくなるまで立っていた。


そして小さく呟いた。


「......デートみたいだった」


もちろん本人には言えない。


まだ。


けれどその夜、送れなかった手紙の箱に、新しい一枚が増えた。


『今日は陸と二人で出かけました。


デートじゃないです。


多分。


でも、デートだったらいいのにと思いました』


文化祭実行委員になって最初の週、茜は驚くほど有能だった。予算表を作り、必要な備品を洗い出し、誰が何を担当するかを一覧にする。陸が「そこまでやる?」と思うことまで先回りしていた。


「向こうの学校でもこういうのやってたの?」


「少しね。文化祭みたいなのはなかったけど、イベントの実行委員はやったことある」


「意外」


「何が」


「もっと、人前に出るの嫌いかと思ってた」


 茜はペンを止めた。


「嫌いだったよ。でも、言葉が完璧じゃないからって黙ってたら、本当に誰にも気づいてもらえなかったから」


 その言葉は陸の胸に残った。


 茜は八年間、ただ陸を思い続けていたわけではない。知らない場所で失敗し、恥をかき、それでも自分の居場所を作ってきた。今の手際の良さも、少し強すぎる言葉も、その時間の中で身につけたものなのだ。


「何」


「いや。桜庭って、すごいなと思って」


「急に何言ってんの」


「普通に褒めただけ」


「......そういうの、急に言わないで」


 茜は資料で顔を隠した。


 準備が長引いた別の日、教室に残ったのは二人だけになった。茜は窓に貼る星形の飾りを切っていた。


「星、好きだな」


「昔からでしょ」


「図鑑のせい?」


「......半分」


「残り半分は?」


 茜はしばらく答えなかった。


「遠くにいても、同じもの見られるから」


 陸はハサミを止めた。


 茜は慌てて付け足した。


「別に陸のことだけじゃないから。家族とか、日本の友達とか、そういう意味」


「分かってる」


「分かってる顔じゃない」


 陸は笑った。


 その夜、二人で作った星は教室の窓いっぱいに並んだ。外から見ればただの装飾だ。けれど陸には、それが八年間の距離を埋める小さな目印のように見えた。


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