第二話 知りたい彼女の恋愛事情④
その後、俺は一時間に及んで熱心に説得し、能力を目の前で披露してようやく解放された。どうも手品師見習いが大失敗した、と思われたらしい。俺のこの素晴らしき力を手品扱いされるのは癪ではあったが、厳重注意だけで済んだのは僥倖と言えよう。
先ほどのアパレルショップに転がっている俺と相乃の財布や携帯、鞄などの回収、それと二着分のジャージと下着代の支払いをお願いし、着替えた俺は世話になった礼を言って相乃が隠れているトイレへ向かった。
「はぁ……たぶん人に裸を見られずに済んだと思う。ありがとう、愛多知君……」
投げ込んだジャージに着替えた相乃は、くたびれた様子でトイレから出てきた。
「礼には及ばん。災い転じて福となすというのか、左和子氏と克己氏をくっつけることに成功したのだ」
「ええっ!? なにその超展開!? 裸になって走り回ってただけだよね!?」
「詳しくは道中説明するとして、早く桃地ヶ丘さんの下へ向かうぞ。随分待たせてしまっているし、左和子氏たちのことを知った彼女の反応がみたいからな」
急ぎ一階に下りてフードコートへ向かうと、たこ焼きの紙皿がタワーのように重なっている席があった。やはりというか桃地ヶ丘さんはそこの席におり、しかもまだたこ焼きを頬張っている。
「すまない、一檎さん。随分待たせてしまったな」
「も、もっちー、アイス食べてたんじゃないの?」
「アイスはさっき食べたよぉ。甘い物食べたらしょっぱいものが食べたくなっちゃって、えへへぇ」
「おや? 左和子氏はどこだ? 一緒にいたのではないのか?」
「うっきぃならいないよぉ。爽田君と夕食デートに行ったわぁ。なんとねぇ、さっき偶然出会って告白しあったんだってぇ」
「そ、そうか、デートか。随分と進展が早いな」
「すごいねぇ。愛多知君に相談した途端、本当にカップルになっちゃうんだもん。うっきぃったら、見たこともないぐらいしおらしくて、ちょっと可笑しかったなぁ。でもとても幸せそうで、何だか私も嬉しかったよぉ」
そう言って桃地ヶ丘さんは微笑む。もしかしたら左和子氏から恋が成就したと聞いた時、何か特別な反応があったのかもしれないが、今の彼女からは純粋な祝福の気持ちだけしか伝わってこない。
「……あのさぁ、これってもしかして、作戦失敗?」
「……だな。一番見たかった反応を見ることができなかったし、肝心の左和子氏も行ってしまったしな」
「……そうだよねぇ。でもさ、色々あったけど悪い日ではなかったね。左和子は恋が実ったし、私たちはもっちーの水着姿見れたし」
「……それに全く収穫がなかったわけではない。一応『食べるのが好き』という情報が手に入ったのだし、左和子氏のギャップコーデに心動かされている姿を見ることができたのだ。もしかしたら、そこに糸口があるかもしれん。帰ったら作戦会議を開くとしよう」
桃地ヶ丘さんには恋人がいないことは分かっているのだ。これで終わりというわけではない。じっくり時間をかけて振り向かせればいいのだ。
俺はそう考え、「今日はもうお開きだな。一檎さん、良かったら送っていくぞ」と声をかけた。
すると、「そんなに気を使わなくていいのよぉ。私のことはいいから、二人もデートに行っていいんだからねぇ」などと返してくる。
「むっ、デートとは?」
「ちょ、ちょっともっちー、まだ誤解してるの? この前言った通り、全然そんなんじゃないんだって! ちょっとした知り合いなだけだから!」
「ふふ、もうここにはこの三人しかいないんだから隠さなくていいんだよぉ。私ねぇ、二人が同棲してるの知ってるんだぁ」
これには俺も相乃も動転し、「ど、同棲!? 正しくは居候だが……なぜそれを!?」「え、やだ、何で知ってんの!?」と素っ頓狂な声を上げてしまった。
「二日前にまなみんのマンションの前を通ったんだけど、男の子と一緒に入ってくのが見えたんだよねぇ。その人が愛多知君に似てるなぁって思ってたのぉ」
「ち、違うの! そういった色恋の関係じゃなくて! 私の不注意で愛多知君の家を爆破しちゃったから、仕方なく泊めてあげてるだけなの!」
「爆破? 何があったのぉ?」
「あのほら、最近ニュースでやってたでしょ! 郊外のとある豪邸が――」
言いかけたところで相乃は口を噤んだ。その吹っ飛んだ豪邸は恋愛相談所だと少し調べたら分かることである。ではなぜそんなところに足を運んだのか、と突っ込んだ質問をされたくなくて言い出せないのだろう。
「ふふ、大丈夫みんなには秘密にしとくよぉ。それじゃあこの後は二人のお楽しみということで、お邪魔虫の私は帰るねぇ」
桃地ヶ丘さんは誤解してることに気づかず訳知り顔を浮かべ、手を振って去って行ってしまう。引き留める俺たちだが、振り返ってぐっとサムズアップし、止まることなくいなくなってしまった。
「くっ……二日前といえば食材の荷物持ちをさせられた日だな……」
「ああああああっ! 何であの日に限って米を切らすのぉ! そしてどうして君に荷物持ちを頼んじゃったのよぉ!」
「まさかこんな事態になろうとは……関係を進めることより、まず誤解を解く方法を考えねばならないな……」
ここで嘆いていても仕方がない。早く解決を探るため、「さあ行くぞ。すぐに帰って緊急会議だ」と相乃を急かす。
しかし、「いやっ」と相乃は動こうとしない。
「一緒になんて帰れないよっ! そのせいで誤解されたっていうのに、続けてたらいつまでも解けないままじゃん!」
「そう言われても俺には住処がないのだ。君の家に泊めてもらう他ないではないか」
「実家に帰ればいいじゃん! この町にあるんでしょ!?」
「まあそうだが、今朝話した通りだ。事情があって実家には戻れないのだよ」
「でもこのままじゃ同棲してるカップルだと思われたままだよっ! そんなのヤダヤダッ! お願いだから帰ってぇ!」
「し、しかしだな、俺は家族と会うことが出来ない。能力のせいで関係性を隔てる問題が起きているのだ」
と、説明している時だった。相乃の背後に見覚えのある三人の姿が目に入る。
しまった、このショッピングモールにはヴァイオリン教室があったのだった――と思い出したところで、三人がこちらに気づいた。
「おお、伝真! 久しぶりじゃないか!」
「あら、あなたもお買い物?」
「あーお兄ちゃんだぁ! わぁ、三か月ぶりだね!」
相乃はごねるのやめ、「え、なに?」と振り返る。
そんな彼女に、三人――俺の両親と妹は丁寧な挨拶を口にした。
「こんばんは、伝真のお友だちかな? 私は伝真の父です。どうぞよろしく」
「どうも、母です。伝真が女の子を連れてるなんて珍しいわね」
「ねえお姉さん、彼女なの? お兄ちゃんの恋人なの?」
「い、いや、違いますけど……ねえ愛多知君、これどういうこと? てっきり不仲なのかと想像してたんだけど……すごく良い人そうじゃない」
俺は緊張感に体を硬直させ、一歩退きながら答えた。
「実際、誰にでも礼儀正しく、慈愛に満ちた人たちだ。だが……そこが問題とも言える」
どういうこと? と首を傾げる相乃の横で、もぞりと妹が動いたのが見えた。「ま、待つんだマイシスター! またいつものようになってしまうぞ!」と俺は止めるのだが、
「へっへー! お兄ちゃんに久しぶりのぎゅーっ!」
我が妹は無邪気な笑みを浮かべ、俺の胴体をぎゅっと抱きしめてきた。
「あ、あぁ――っ!」
愛くるしい妹との三か月ぶりの抱擁。その心地良さに身が震えてしまう。
いかん、これ以上は――と思った時にはもう遅い。愛情が爆発し、俺の服は吹き飛んだ。しかもそこで終わらず、連鎖して妹の服まで爆発。更に俺の力は両親へと影響を及ぼし、二人の服まで消し飛ばしてしまった。
周囲の視線が集まり、ざわつき出す。「うっわ、また露出狂がでた!」「なにあれ、ヌーディスト一家?」「ん? 何かあのおっさんのケツ、やけに丸々してるな」「ほんとだ、ぷりっぷりじゃん!」「わぁ、赤ちゃんのおしりみたい!」「な、なんだ、あのお尻から目が離せない!」と好奇の目に晒されてしまった。
「な、なんてことだ……すまない、我が父、我が母、マイシスターよ……また、俺は……みんなの服を……」
愛する家族を辱めてしまったことに俺は胸が苦しくなってしまう。そんな俺に反して、「おぉ、この感覚も久しぶりだな」「家を出て行ってから数か月は経ったからねぇ」と両親はほのぼのとしていた。
「伝真、気にすることはないぞ。こんなの慣れっこだからな」
「そうよ。こんなの私たちにとって日常なんだから、罪に感じないでね」
そして妹は俺から離れると、「フ」と男気溢れる顔で続けた。
「すでに、わたしたちは裸になる覚悟を決めている。後はお兄ちゃんだけだ。お兄ちゃんがわたしたちを裸にする覚悟をするのさ。それができれば……わたしたちはいつでも一緒に暮らせる。わたしたちは、いつまでもお兄ちゃんの帰還を待っているよ」
そうして三人は堂々と尻をぷりぷりさせ帰って行った。
俺は三人の背を見送りながら、「見ての通りだ……」と苦しさのあまり胸元を押さえる。
「俺の家族は裸にされても怒ることはせず、いつだって優しく慰めてくれる。そんな家族がどうしようもなく愛しくて、愛しくて、愛しさのあまり服を弾け飛ばしてしまうのだ」
「そ、そうなんだ……愛多知君の力って、家族愛にも影響あるんだね」
「いや、俺の力は恋に起因する愛にしか効果はない。俺はおそらく、家族が俺に向けてくれている『家族愛』という感情に恋をしているのだと思う」
「は? なんだって?」
「俺は昔から家族が愛しくて愛しくてたまらず、その想いは家族愛の範疇を越えてしまった。そのせいで自分のみならず、みんなの服まで吹き飛ばすようになってしまったのだよ。それを苦にするような様子は見せないが、しかしきっと負担になっているはず……何たって、裸でいることに快感を覚え始めてきた俺とは違って普通の人たちなのだから……」
「あ、言ったね。裸が快感って。もうだめだ、決定的だよ」
「断じて違う。俺を変態扱いするな。まだ見せつけることに悦びは見出していない」
「まだって言っちゃってるじゃん……片足突っ込んでるじゃん……」
「とにかくだ。これ以上家族に負担をかけたくないがため、近づくことができん。変態一家と罵られたり、公序良俗を守るために大好きだったバーベキューも封印したり……そんな屈辱と制限のある生活をこれ以上強いるわけにはいかん」
「それは……さぞ大変だったろうね。無責任な言い方になっちゃうけど、人目につかないところに引っ越すとかどうなの? そしたら、またバーベキューもできるんじゃない?」
「吹き飛んだ豪邸」
「え?」
「あの吹っ飛んだ豪邸の二階に住まわせる予定だったのだ」
「あ………」
「そして豪邸が吹き飛ぶ五日前にバーベキューセットを買って裏庭に用意していた。引っ越しは……翌月を予定していた」
「………………………」
相乃は天を仰ぎ、それから大地に視線を落とすと頭を抱えた。
しばらく続けていたが、不意に顔を上げ、開き直ったかのような笑みを浮かべて言った。
「うち、来る?」
「ああ、お邪魔させてもらおう。世話になるな、相乃よ」




