第二話 知りたい彼女の恋愛事情③
一人学校を離れた俺は、急ぎ紳士服店へと向かった。
相乃からもらった依頼料で全身をコーディネートした後、隣町のショッピングモールへ。入り口すぐのモニュメントの前で待つこと三十分。「おーい」という相乃の声が聞こえてくる。桃地ヶ丘さんと少し緊張した面持ちの左和子氏を引き連れていた。
「来たか、相……いや、まなみ君。思ったよりも早かったな」
「その格好どうしたの? ジャケットにチノパンツって、ずいぶんとフォーマルだね」
「仕事着というやつだ。背伸びをしている自覚はあるが、普段着や制服姿の『子ども』では相手にされないことは文字通り痛いほど理解したからな。それで、そちらの二人。初めまして、俺は『愛の伝道師 DE☆N☆MA』こと愛多知伝真だ。どうぞよろしく」
「は、初めまして、高倉佐和子と申します! お世話になりまっす!」
「桃地ヶ丘でぇす。お忙しいのにわざわざ時間を作っていただいたみたいで、本当にありがとうございますぅ」
桃地ヶ丘さんの丁寧な挨拶に「い、いえいえ、と、とんでもないです、はい」としどろもどろになって顔面がとろけてしまうが……いかんいかん気を引き締めなければ。これから一仕事あるのだからな。
「さて、佐和子氏がお悩みを抱えているとまなみ君から話は聞いている。なにやら俺に相談したいことがあるのだとか」
「は、はい! 急なお願いだったのに来ていただいてありがとうございます!」
「そう固くなるな。何せ同学年なのだしな。それで、んんっ……い、一檎さんも気軽に接してくれて構わない。というかぜひ仲良くしてもらえたらありがたい」
「ええもちろんよぉ。ねぇねぇそれより、何だか見覚えがるなぁと思ってたんだけどぉ、もしかしてあなた、この前学校で爆発してた方ぁ?」
「そ、そうその通り! 正確には爆発したのはまなみ君だが、あれは俺の未熟さが招いたものでもある……迷惑をかけて済まなかった」
「……ちょっと、私をダシに使わないでよ」
「フン、俺は事実を述べたまでだ。そういう訳で先日は失礼した、一檎さん。巻き込んでしまったお詫びは後日にさせてもらう。何か希望するものはあるかな?」
謝罪するついでに愛らしい名前を口にして悦にひたっていると、「いいのよぉ、そんなこと」と桃地ヶ丘さんはぽわぁっと柔らかい笑みを向けてくれた。
「全然気にしてないから畏まらなくていいよぉ。それよりありがとうねぇ、私のお友だちの相談に乗ってくれてぇ。うっきぃのことが気になっちゃって付いてきちゃったけど、私は邪魔にならないようにしてるねぇ」
「そんなとんでもない。何だったら一檎さんの相談にも乗るが?」
「私は相談ごとないからいいのよぉ。うっきぃに全力注いであげてぇ」
その純粋な友だちを想う言葉に、俺の心はノックアウト寸前である。「ちょっと失礼!」と言って背を向けると、額から流れ落ちる『愛汁』――能力を止めているせいで溢れ出る桃色の汁を拭き取った。それから「スーハースーハー……フン!」と力んで再度力のスイッチを切る。
「あのー、大丈夫ですか? もしかして具合でも悪いんじゃ?」
「心配無用だ、左和子さん。持病持ちでたまに発作が起きるのだが、大したことはない。さて、今日は意中の相手を振り向かせるコーデが知りたいということだったな。任せてくれ、全力で君の要望に応えよう。何なら、君の恋が成就するまで付き合うつもりだ」
「ま、マジすか!? いやでも無料で相談を受けてもらってるのに、そこまでしてもらうわけには……」
「気にするな。こちらにもメリットがあるからな」
「えっ、何ですって? メリット?」
「とにかく俺は君の恋を成就させるために全力を尽くすと約束しよう。では指導するにあたって、まず君の意中の相手への姿勢が知りたい。一度自身で服を選んでみて欲しい」
「はあ、克己への姿勢……ですか?」
「このショッピングモールには計十四ものアパレルショップがある。ちょうどこの区画とすぐ上の階に集まっているから、まずはどの店に入るか決めてくれ」
すぐに解答を貰えると思っていたのか、左和子氏は少し戸惑っているようだ。が、「了解です! んじゃ、ちょっくら見て来ますね」と近くのアパレルショップを覗きに行った。
「……何かすっかり左和子の相談に乗るつもりみたいだけど、もっちーの恋愛観探りはどうするの? いや、左和子を応援してくれるのは私も嬉しいんだけども」。
「良く聞け、相乃。恋バナに乗って来ないのなら、反応を見るのだ」
「反応? どういうこと?」
「先ほど左和子氏が恋をしていると打ち明けた時、桃地ヶ丘さんは顔を輝かせていた。やはり恋に興味がないわけではないのだろう。だから、左和子氏の恋が実る瞬間やそこまでに至る過程を見てもらい、その反応を窺うのだよ。『どんなことでときめくのか』、『どんな時に心が動かされるのか』など知ることができるかもしれない」
「な、なるほど! それ、すごくいい作戦かもしれない!」
「そこでだ相乃、君には桃地ヶ丘さんの反応をよく観察してもらいたい。俺は左和子氏に全力を注がなければならないからな、その役は任せた」
「オッケー、しっかり観察しとくよ! 左和子のこと、よろしくね!」
俺たちは頷き合い、愛しの桃地ヶ丘さんへと振り返る。
しかし、そこにいるはずの彼女の姿がない。
「むむ? どこへ行った? 数秒前までそこにいたはずだが……」
「もう、もっちーったら。こういう時は大抵――あ、やっぱりいた!」
相乃の視線の先にはフードコートがある。そこの一角にあるクレープ屋に桃地ヶ丘さんの姿があり、果物とアイスが溢れんばかりの代物を受け取っていた。
「もっちー! 買いに行くなら一言かけてよ! 急にいなくなって驚いたじゃない!」
相乃とともに傍へ寄っていくと、「モグモグ……あ、忘れてたぁ。ごめんねぇ、あんまりにも美味しそうだったからモグモグ」と一檎さんは口にクリームをつけたまま振り返った。特盛クレープを口元から離さず、それはもう美味しそうに頬張っている。
「そんな大きなの頼んじゃって、夕飯食べられなくなっても知らないよ?」
「大丈夫よぉ、夕飯は別腹だから。あ、向こうに肉まんの専門店があるわぁ! ちょっと行ってくるねぇ」
クレープをぺろりと平らげた桃地ヶ丘さんはその場を離れると、ドネルケバブの店で立ち止まり、ハンバーガーショップに寄り、ようやく肉まん専門店に辿り着く。しかし目当ての物が手に入ったら、次はたい焼き専門店へと足を運んだ。
「も、桃地ヶ丘さんって、まさかの食いしん坊キャラなのか?」
「実はそうなの。しかも結構重度な」
フードコートのテーブルについた桃地ヶ丘さんの目の前には、食べ物が山のように積まれている。「うーん、美味しぃ!」と食べるのに夢中でこちらに戻って来る気配はない。
様々なジャンルの店が集うからこそ色々な反応を見れると思ったのに、まさかそれが仇になるとは……。
どうしたものだろうと頭を捻っていると、「デンマさーん! 店決まりました! 良さそうな服あったんで、見てもらえますかー?」 と左和子氏の声が聞こえてきた。
「む、呼ばれたからには行かねばならん。が……いかん、食べ尽くした桃地ヶ丘さんが次の店に行こうとしているぞ! 早く追いかけるのだ!」
「学校でお菓子食べたっていうのに、まだ入るの!? 目を覚まして、もっちー! カムバーック!」
どうにか桃地ヶ丘さんを連れ戻し、俺たちは左和子氏が選んだ二階にある店へと向かった。店名は【レディースロック】。名前の通りロックファッション専門店のようだ。
「こ、これ、どうっすかね? 私的には結構いけてると思うんですけど」
そう言いながら試着室のカーテンを開いた左和子氏は、まさかのビスチェコルセット姿だった。袖と肩紐がなく、フロントの編み上げと胸の下のベルトで締め上げて体に固定している状態である。それにホットパンツと網タイツを合わせるという過激な格好だった。
「うひゃあ! 左和子、すんごい格好!」
「あらあら、すごいセクシーねぇ。格好いいわよぉ」
「へ、へへ、結構頑張ってみた。谷間がっつり開いてんのがポイントってな。どうすか、デンマさん? 似合ってます?」
「うむ、相当攻めているが、君のクールな見た目と非常にマッチしている。大変似合っているぞ」
「じゃあ、これであいつも……克己も女だって意識してくれますかね?」
ぽっと頬を染め、乙女な表情を浮かべる左和子氏。愛しの彼を思い浮かべて幸福な夢に浸っているのだろうが、俺は努めて冷静に言った。
「ああ、きっと意識してくれるだろう。しかし谷間を強調し過ぎているため、君そのものを見てくれない可能性がある」
「見てくれない? えっと、それってどういう意味ですか……?」
「いいか、多くの男子高校生はエッチなことばかり考えている。そうではない者も、思春期である限り目の前に谷間があったらそこに意識を向けざるを得ないのだ」
え、エッチって……と、左和子氏は格好に似合わず初心な反応を見せるが、俺は構わずガンガン続けた。
「君の意中の相手は、君より背が高いのか?」
「え、ええ、私を見下ろすぐらいには」
「ということは、だ。会話の最中、相手の男性は君の顔を見る時、谷間も視界に捉えてしまう。するとどうだろう、谷間の魔力に抗えない男子高校生である彼は、君の顔、谷間と順に視線を動かす。君はそれに気づくだろうし、気づかれたことに気づいてしまう彼も非常に気まずいのではないだろうか」
「あー、それすごい想像できますわ……確かにそうなりそう。でも……うん、それでもいいです! 子どもの頃からの付き合いだからか、克己のやつ、多少肌色見せても何の反応もみせないんですよ。だからこれぐらいがいいんじゃないかって思うんです!」
「しかしだな、君は特別な存在になりたいのだろう? ならば、やはり谷間を見せるというのは悪手なのだ」
「ど、どうしてですか?」
「ネットで検索すれば過激な画像やイラストが大量に閲覧でき、本格的なアダルトコンテンツにも容易く触れることができてしまう。それゆえに男子高校生にとって谷間は特別なものではなくなってしまっているのだ。思春期ゆえに谷間の魅力に抗うことはできないが、その格好では『特別感はないけど何かエロい人』と思われる可能性がある」
「そ、そんな……じゃあ、どうしたらいいんですか? もう体見せつけるぐらいしか、あいつを喜ばせる方法思いつかないんですよ!」
「ふむ? 喜ばせる、か。なるほど……君はこれまで相当な努力を積んできたのだな。よし、答えが見えてきたぞ。ついて来るのだ」
佐和子氏に元の服へ着替えさせると、俺は隣のアパレルショップへと左和子氏たちを連れて行った。そこは先ほどの店と違って明るい色の服が並んでおり、主に大人の女性をターゲットにしたカジュアルファッションが揃っている。
俺はその中から一着見繕い、左和子氏へと渡した。「こ、これをあたしが着るんですか!?」と困惑する彼女を説得し、どうにか試着室へ入ってもらう。
「あ、あの、着替えました。今からカーテン開けますけど……笑わないでくださいよ?」
恐る恐るといった様子で、ゆっくりとカーテンが開かれる。
左和子氏は嫌そうな顔をしているが、俺は納得の出来栄えに思わず頷く。「わあ、素敵!」「あらぁ、すごくいいじゃない!」と相乃と桃地ヶ丘さんは讃辞を口にした。
「え、ほんとに? 変じゃない? 『ガーリー(おんなのこ)コーデ』なんて、あたしらしくないって思うんだけど」
そのように言って自分の体を見下ろす左和子氏は、襟と袖にレースがあしらわれただけのシンプルな白シャツに、春にぴったりなピンク色でフリルがアクセントになっているタイトスカートという格好である。シャツだけ見れば少女過ぎるが、タイトスカートのおかげで少しだけ大人っぽくみせている。大人ガーリーというものだ。
「らしくない、というのは転じてギャップとなる。あえてのガーリーで意外性を演出し、相手の興味を引くのだ」
「で、でも、興味を引くだけじゃあ、今までの関係性を変えられないような……」
「女であることを意識させたい、だろう? ちゃんと考えているさ。いいか、確かに男子が大好きな胸元はすっかり隠されているが、代わりにボディラインを強調しているのだ」
相乃と桃地ヶ丘さんに視線を向け、「そうだろう?」と同意を求めると、「言われてみれば確かに」「そうねぇ。うっきぃのスタイルの良さが良く分かるわぁ」と二人は頷いた。
「そっか、白いシャツだからボディラインがはっきり見えるんだ」
「それにスカートで締めつけてるから、シャツが体のラインに沿う形になってるのねぇ」
「うむ、その通り。それに、肌色が少ないと言っても腕と足が出ている。男子高校生は自分の内に秘められたフェティシズムを意識し始める頃だから、意外とそういうところに食いつく可能性もある。君はプロポーションに優れているからな、意中の相手は君に釘づけ間違いなしだ」
そこまで説明してもなお半信半疑な様子なので、「ええい、振り向いて鏡を見てみるのだ!」と俺は指示を出した。
「あ……これが、あたし……」
恐る恐る鏡を見た左和子氏は、自分の新しい姿に驚き、思わずといった様子で右手を胸元にあてた。鏡に映るその少女は、とても清純そうだった。
「このコーデの良いところは、君の内面をよく反映しているところだ」
「あたしの内面?」
「君は先ほど、『あいつを喜ばせる方法思いつかないんですよ』と言ったのを覚えているか? 『振り向かせたい』と『喜ばせたい』では大分意味合いが違う。君の本質は『献身』なのだろう。自分よりも相手を大切に想う、とても純情な人だと俺は感じた」
これを聞いた相乃は「確かに結構面倒見いいんだよねぇ。お菓子こぼしたらすぐに片づけてくれるし」と言い、「具合悪そうな子を看病してあげたりとかねぇ」と桃地ヶ丘さんが続けた。
「その金髪も、意中の相手の影響でそうしているのだろう? カッコつけの定番の色だが、非常に丁寧に手入れがされている。とても艶やかで、まるで外国人の本物のような色合いじゃないか」
「は、はい……克己が金髪美人にはまってる時があって……」
「そう。君は自分を好きになって欲しいと思うより、相手に尽くしてあげたいと思う優しい少女を心に宿したタイプなのだ。それを色気ばかり気にして隠してしまっているのはもったいない。そこが君の本質で、君の魅力なのだから、それをもっと押し出さなければ。これはそのためのコーデなのだよ」
「そ、そっか、これがあたしらしい格好……なのか」
「少なくとも、先ほどのビスチェコルセットよりこちらの方が断然正解に近いはず。もちろん好みもあるだろうし、金銭的な問題もあるだろう。『ギャップを作ること』、『見せるだけが色気ではない』、『尽くすばかりでは本当の自分を隠してしまう』、この三つを意識して自分なりの一着を見繕うといい」
「わ、分かりました! 何だか頭の中が晴れたかのようにスッキリした感じで、今ならベストな一着見つけられそうです! それじゃあこの店でしばらく考えてみます!」
晴れ晴れとした表情で服を漁る左和子氏の背中を見つめ、俺はよしよしと頷く。上手いこと色気ばかりにこだわる意識を変えることができたようだ。
「いやぁ驚いたよ。さすがプロの恋愛カウンセラーやってるだけあって、知識もすごいんだね。やっぱりこういうことも勉強してるんだ」
相乃が感心したように言うのだが、俺は「いいや全然」と首を振った。
「実を言うと、今の解説は適当も適当である」
「は? 適当!? 全部口からでまかせってこと!?」
「一応、知り合いのコーディネーターの考え方を基にしている。そこまで間違いではないはずだ。しかし、完全な見当違いであったとしても問題はない。左和子氏の『愛の波動』の色が濃くなったのだからな」
「濃くなったって、全部同じ色ってわけじゃないんだ?」
「恋愛よりも家族愛とか友情が強いと色素が薄くなるのだ。そうなるとサラサラとした手触りになり、結晶が作れなくなる。だからこそ自分の内側に目を向けさせ、自身が恋する乙女であることを強く意識づけたのだ」
「ああ分かった気がする。一時的に幼馴染であることを忘れさせたってことだね? ちなみに私の波動はどんな色なの?」
「べっとべとの濃いドピンクだ」
「ちょ、言い方っ! ちゃんと恋愛してるってことだよね、それ!?」
「おい、無駄話してないで自分の仕事に集中したまえ。左和子氏の乙女な姿を見て、桃地ヶ丘さんはどんな反応を見せたのだ?」
「あ、しまった、左和子に気を取られてて見てなかったよ……って、あれ? またもっちーがいない!」
「何だと!? せっかく桃地ヶ丘さんの生の反応を見る機会だというのに、何をしているんだ君は!」
またフードコートに行ってしまったのだろうかと店の外を窺っていると、「ねえ、見て見てぇ」と、すぐ傍の試着室が開かれた。
そこから現れた桃地ヶ丘さんは、なんとワンピースタイプの水着姿だった。
「なっ、一檎さん! その格好は――!!」
「も、もっちー!? 何で水着姿なの!?」
「うっきぃに触発されて、私も何か新しい服を着てみたいなぁって思って。そうしたらセール札がついてるこれを見つけてねぇ、今年の夏用にいいかなって思って手に取ったんだけど、どうかしらぁ? 似合ってるかなぁ?」
「あ、ああ、大変似合ってるぞ! 美の女神アフロディーテと見紛うほどだ!」
「うへへ、すごくいいよぉ! ポップでキュートで最高だねぇ、うへへへ!」
「あらぁそう? じゃあこれ買っちゃおうかなぁ。あ、そうだ、せっかくならうっきぃみたいに選んでくれないかなぁ? 誰かのためってわけじゃないけど、人に選んでもらうのも面白そうかなって」
「そ、そういうことなら任せてくれ! 君のために最高の一着を見繕ってあげるぞ!」
「はい! 私も参加する! 恋愛関係なしなんだから、私が選んでも問題ないもんね!?」
早速俺と相乃は水着コーナーへ向かう。俺は桃地ヶ丘さんを頭に思い浮かべ至極の一品を選定しようとするのだが、目を血走らせた相乃は何着も手に取って「もっちぃぃ、これ着てみてぇっ!!」と試着室へ駆けて行った。フ、欲望に溺れるとは愚かなり。水着は『最低限体を隠すもの』だが、裏を返せば『肉体の一部を強調して露出させる』代物でもある。バランスを考えずに選んでもその人の魅力を最大に引き出すことはできん。
などと考えながら隣のラックに移動し、俺は思わず固まってしまう。やたらと布地が少ないビキニがずらりと並んでいた。
うおっ、なんて過激な! これを着た桃地ヶ丘さんは、一体どうなってしまうんだろう――と、考えたところで首を振る。いかんいかん、欲望に溺れた者を鼻で笑ったばかりではないか。それに谷間は安っぽいと人に講釈しておいて、こんなにバックリ胸が開いたビキニを選ぶと言うのか? やっぱり谷間は素晴らしいものだと訂正できるのか、俺よ!
……うん、できるな。だって、信念曲げてでもビキニ姿の桃地ヶ丘さんが見たいんだもの。後でなんぼだって左和子氏に謝罪してやる。やっぱり谷間は最高だぜ!
ということでビキニを持って行くことにするが……先ほどの桃地ヶ丘さんの水着姿を見てから『愛汁』が止まらない。汚すわけにはいかないので一旦力のスイッチをオンにし、『愛汁』が滲むのを止める。しっかりと手を拭い、それから商品に手を伸ばした。
その時、横から誰かの手が伸びてくる。
相乃だった。いやらしいことを考えていそうな顔の彼女が横にあり、俺と同じビキニを取ろうとしていた。
「あっ」
「あっ」
シュゥゥン――ポコォンッ!!
手が触れる直前、どうにか力を抑えたために威力が抑えられた。が、またしても俺たちの服は粉微塵に吹き飛んでしまった。
「このドスケベ! 何て過激なものを着せようとしていたのだ!?」
「人のこと言えないよね!? 愛多知君も同じもの取ろうとして――っ! 早くしゃがんで愛多知君!」
「む、何だ――うぉっ!?」
試着室から出てきた桃地ヶ丘さんが、きょろきょろと辺り見回している。俺たちを探しているのだろう。慌てて商品の陰にしゃがみ込み、「ちょっと素っ裸で近づかないでよっ!」「うるさい仕方がないだろっ!」と彼女に見つからないように移動した。
「まなみーん? 愛多知くーん? 大丈夫ぅ? すごい音が聞こえたけど、またこの前みたいに花火を爆発させちゃったのぉ?」
「あ、ああ、すまない、またなんだ」
「ごめんねもっちー、何でもないからそこでストップしてくれる!?」
「あらぁ? 二人ともどこにいるのぉ?」
「だあああっ!? 一檎さん、頼むから俺たちを探さないでくれっ! とてもじゃないが君に見せられる姿ではないのだっ!」
「も、もっちー! そういえばフードコートに大好きなサーティーワンツーアイスクリームがあったよ! 今私たちちょっと忙しいから、食べながら待っててくれない!?」
「サーティワンツー! いいわねぇ、アイス! じゅるり……そういうことならフードコートに行ってるわねぇ」
ルンルンと去って行く桃地ヶ丘さんを見送り、俺たちは一先ず息を吐いた。しかし店員たちが何事かと店内を見て回っており、もうすぐ俺たちが隠れているランジェリーコーナーへと来てしまう。
「ど、どうしよう、このままだと見つかっちゃうよ! 何とかして逃げないと!」
「フ、桃地ヶ丘さんがいない今、別に逃げる必要はない。まだ左和子氏の相談が終わっていないから、行くなら一人で行ってくれ」
「何でもっちーだけが駄目でその他の人に見られてもオッケーなのよ!? お願いだから真面目に逃げる方法考えてっ!」
「むぅ、仕方ないな。ではどうにかしてやるから、桃地ヶ丘さんに背後から抱きしめられた時のことを思い浮かべろ」
相乃はぎゅっと目をつぶると、どうやら指示した通りのシーンを思い出したらしい。体からぶわっと『愛の波動』を噴き出した。
それを吸い寄せて相乃の裸体に纏わりつかせると、絶妙な力加減で結晶化させる。すると何枚もの薄い生地を重ね合わせたワンピースに仕上がった。
「どうだ、逃げずともこれで人前に出られるだろう」
「わ、わあ、綺麗! ドレスみたい! でもなんか……やっぱりちょっと透けてるっ!? こんな姿で出て行ったら、それはもう痴女だよ!?」
「いかん、ちょうど目の前に透けっ透けのネグリジェがあったせいで似てしまったようだ」
「早く次の作って! 今度はまともなやつでお願い!」
「といっても今ので大分波動を使ってしまったからな。もう一度でかい波動を出してくれ」
「出してって言われても……ふぅんぬぅぅぅぅううう!! ……あぁ駄目、裸よりこの格好の方が恥ずかしくて集中できないよぉっ!」
「着ている方が恥ずかしいとは難儀なやつだな。では今噴き出している残りを使わせてもらおう」
相乃の体から波動を手で搔き集め、それを自分の顔に集めるとヘルメット型に結晶化させた。それで波動を使い切ってしまったので、仕方なく目の前の女性物のパンツを身に着けて大事なところを隠す。
「……ええ? 元々おかしいとこあったけど、ついに頭いかれちゃったの?」
「ついにとは何だ、失礼だぞ。確かに服を脱ぐと妙な高揚感や、価値観が一転するかのような解放感を覚えるが、別に頭がおかしくなったわけではない」
「ほらそれ変なスイッチ入ってるじゃん! 絶対やばいスイッチだよそれ!?」
「ごちゃごちゃとうるさいやつだ。いいか、この格好は注目を集め、君を逃がす隙を作るためのものだ。見ろ、この桃色のヘルメットを。かなりのインパクトがあるだろう?」
「そっちより明らかに下着の方がインパクトすごいって!」
「いいから、さっさと逃げる準備をしろ。店員が来てしまうぞ?」
「ま、待って! いいの? それじゃあ愛多知君一人だけが衆目に晒されることになっちゃうよ?」
相乃が申し訳なさそうに引き止めてくるので、俺は親指を突き出してみせた。
「安心しろ。好きな人に見られるのは照れくさくなってしまうのだが、俺は基本的に注目を浴びるのが好きなのだ。何も問題はない」
「それもうカミングアウトだよね? 認めなよ、露出狂の気があるってさぁ」
「断じて違う。あくまでも注目を浴びることが好きなだけで見せたいわけではない。では行くぞ。みんなの視線が俺に集まっている間に身を隠せ。後で服を買って来てやる」
俺はそう言って立ち上がった。
すぐ目の前まで来ていた店員がビクッと驚き、俺の姿を見て硬直する。そんな店員に
「すみません、この下着代は後ほど払いに来ますので」と声をかけ、「あ、左和子さん、少し待っててくれ。すぐに戻る」「え? あ、はい……えっ!?」と俺の格好に驚く左和子氏を横切り、駆け足で店の外に出た。
「な、なにアレ!?」
「へ、変態よ、変態っ!」
「露出狂よ! 露出狂が出たわァッ!?」
二階の通路を駆けていると背後から悲鳴が上がった。しっかりと陰部を隠しているというのに変態扱いとは失礼な話だ。
とはいえ注目を浴びており、相乃は客の背後をこそこそと移動してトイレに逃げ込むことに成功した。よしよし、これであいつも文句はなかろう。任務は完了だ。
「では仕事へ戻るとするか。おーい、左和子さーんー! 待たせて悪かったー! 相談の続きといこうではないかー!」
一階から四階へと続く吹き抜けの外周をぐるりと回り、「みんなどこぉ!? もう逃げちゃったのぉ!?」と店の前で慌てている左和子氏へと手を振る。気づいた彼女は飛び上がり、もの凄いスピードで駆け出した。
「むぅ、どこへ行くのだ? まだ俺の仕事は終わってないぞ!」
「ぎぃぃやああああ、何でこっち来るんだよぉぉおおお!? 仕事ってなにぃぃぃ!?」
「さあ、こっちへ戻って来るのだ! 君の真の姿を俺が見つけ出してやるぞぉ!」
「一体あたしに何する気ぃぃぃいいい!? だ、誰か、助けてぇえぇえ!! 変態が、変態がぁぁぁあ!!」
「うおおおおお、左和子さーん!! 俺をよく見てれぇぇぇ!! 変態ではなく俺だぞぉぉぉ!! うおおおおお!!」
力の限り足を動かし、あともう少しで手が届くというところまで追いついた。
だが、「待て、この変態野郎!」と男が割り込んでくる。つんのめりながらも立ち止まり、体勢を立て直して正面を窺うと、初小井高校の制服を着た男子が立ち塞がっていた。
「む、何者だ!?」
「俺ぁこいつの身内みたいなもんだ! おい大丈夫か、左和子!? 何かされたのか!?」
彼が振り返って言うと、「あれ、克己!? 何でいるの!?」と左和子氏は驚きの声を上げて立ち止まった。
「セールやってるって聞いたから、新しいスニーカー買いに来てて……って、んなことはどうでもいいんだよ! 怪我はないか? こいつに何かされたんじゃねえのか?」
「あ、いや、追いかけ回されただけ! だから体には何もされてないよ!」
「そうか、良かった……おい、テメエッ! どういうつもりで左和子を追いかけ回したんだ!? こいつに何するつもりだったんだよ、この変態クソ野郎ッ!!」
「変態とは失礼な。見ろ、このソフトマッチョな肉体を。町中で裸になっても人を不快にさせないよう、俺は常に肉体美を追求しているのだ」
「あぁ!? 何を訳わかんねえこと言ってんだテメェは! ぶっとばされてえのかッ!」
「まあ落ち着けたまえ。一つ訊ねたいのだが……君はもしや爽田克己君か? 左和子さんの幼馴染の?」
「だから何だってんだよ! いや、何でそれを知ってんだ!?」
「ふむ、そうか君が左和子さんの……クク」
思わず笑ってしまうと、左和子氏も克己氏も不気味そうに一歩退いた。「何がおかしいんだよ!?」と怒鳴られるのも構わず左和子氏に顔を向けた。
「左和子氏、君はとある一人の意識を変えたいということでコーデの相談をしたわけだが、もし可能ならば結ばれたいと思っているのだろう?」
「な、何でそのことを知って……ん? そのヘルメットの中の顔……も、もしかしてデンマさん!? な、なな、なんちゅー格好してるんですか……!」
「これには事情があるのだ。後で説明するから、今は質問に答えて欲しい。君の依頼を『縁を結んで欲しい』と受け取ってもいいだろうか」
「え? あ……まあそうですね、できるならそうしてもらいたいですけど……」
「では君の愛をこの世に顕現させよう。想いを伝えるなら、燃え上がっている今が最善だ」
ヒーローの参上で膨れ上がっている左和子氏の愛にそっと触れると、一気に凝縮して結晶化させる。形は『清純』が花言葉のシクラメン。左和子氏をイメージしてそれに決めた。
相手の嗜好に合っているかどうかは分からないが、最早そんなことは関係ない。
なぜなら、克己氏の体からもとても暖かな『愛の波動』が溢れているからだ。
「お、おい、もしかして二人は知り合いなのか? 何か親し気に話してるけどよぉ」
「安心したまえ。今日会ったばかりだ。それより、これを受け取りたまえ」
「うん? 何だこれ、ピンクの……ガラス細工?」
首を傾げる克己氏に『波動結晶』を手渡すと、途端結晶がほんのりと発光し始めた。
光は克己氏の体を包み込んでいき、驚いた克己氏は目を見開いて硬直する。その様子を見た左和子氏は、「え、え!? 何が起こってるんですかこれ!?」と不安そうな顔で俺を窺ってきた。
「な、なんか、急にガラスみたいなのが宙から出て来るし、克己はぼんやり光ってるし……何がどうなって……」
「あの結晶は君の愛そのもの。そしてそれを受け取った克己氏は、心で君の愛を受け取ったのだ。時に贈り主の声で『愛してる』と聞くこともあれば、帰り道でどのような思いで見送っていたのかなど、映像を伴って贈り主の気持ちを知ることになる。彼が今どういう状況かは不明だが、何にせよ君の克己氏への想いを感じ取っているのだ」
「はっ、はいぃ!? 嘘ですよね!? そんな、まだ買ったばっかの服も見せてないのに、今それを知られちゃったら――」
青ざめた左和子氏は『波動結晶』を奪おうとするが、克己氏はそんな彼女の手を取り、引き寄せた。
「あっ、克己……!?」
「な、なあ、左和子……お前もそうだったんだな」
「そ、そうだったって?」
「俺も……なんだ。俺もお前に家族としてしか見られてないと思ってて、実は今日……来週遊びに行く時の、いやデートの時に来ていく服を選びに来てたんだよ。つまりあれだ……お、お前と同じ気持ちなんだよっ!」
「お、おなじ? ほ、ほんとに? 異性として見てもらいたくてって……こと?」
「ああ、そうだ!」
「あ、ああ、そんな……あたしたち、同じ気持ちでいたのに、ずっと気づかなかったなんて……!」
二人が心を通わせた瞬間だった。ついに幼馴染という関係が打ち破られ、溢れんばかりの愛の行き場に困らせている。
とても切ない顔で見つめ合う姿は、まるで神話的だった。
感動のあまり俺は見入っていたのだが……水を差されるようにちょいちょいと肩を突かれた。何だこんな時にと振り返ると、警備員が二人立っていた。
「君だね、女の子を追い回していた変質者というのは」
「どうしてこんなことしたのか、裏で聞かせてもらおうか。私たちと一緒に来なさい」
「ま、待っていただきたい! この格好には理由があって、追い回していたように見えた女性も知り合いなのだ! そうだろ、左和子氏! 彼らに説明を――」
と振り返ったその瞬間、愛し合う二人はその言葉を交わした。
「好きだ、左和子……! 俺と、付き合って欲しい!」
「う、うん、あたしも克也が好き! ああ、夢みたい……克己から告白されるだなんて……!」
公衆の面前だと言うのに、二人は二人だけの世界に入り込んでいた。
この時間は、気持ちが通じ合ったこの瞬間にしか存在しない。そんな大事な時に踏み入って汚すなど、俺にできるはずもなく。
俺は二人を祝福し、警備員に両腕を抑えられ連行されるのを甘んじて受け入れた。




