第二話 知りたい彼女の恋愛事情②
お約束の爆発って何だよ漫画じゃあるまいし……と苛立ちながら部屋を片付け、木っ端微塵になったテーブルの代わりを買いに行ったりしているうちに時刻は午後四時に差しかかっていた。
俺は急ぎ学校へ向かい、校庭に生えている一際背の高い木に登って双眼鏡を覗き込む。二―Bクラスを覗き込むと、窓際の席に座りそわそわしている相乃の姿を見つけた。
「こちら愛多知。所定の位置についたぞ。こちらの声は聞こえているか? オーバー」
無線機に話しかけると、相乃はビクッと跳ねて右耳に装着している透明なイヤホンを抑えた。それから袖を通して手の平に隠しているマイクを口元に寄せ、『……き、聞こえてるよ。こっちの声はどう? オーバー』と囁きながらこちらに視線を向けてくる。
「よし、そちらの声も問題なく聞こえている。これで準備はオーケーだな。しかし、放課後はいつもお菓子を食べながら雑談をしているのではなかったのか? 桃地ヶ丘さんも他の友人の姿も見えないが」
『みんな音楽室とかの特殊教室の掃除に行ってるの。でもそろそろ戻って来るはずだよ。はぁぁ…上手くしゃべれるかなぁ。ちゃんと誘導してよ?』
「安心したまえ、とっておきの話題を用意している。それを使えば容易く恋バナに発展できるはずだ。――と、掃除は終わったらしいな。廊下にターゲットの姿を確認した」
『えっ!? ちょっと待って、まだ心の準備が――』
相乃がそう言っている間に、『お待たー。掃除終わらせて来たぜぇ』『まなみーん! お菓子タイムだよぉー!』とイヤホンから聞こえてくる。教室に入って来た桃地ヶ丘さんと金髪女子の声だ。二人は自分たちの鞄を取ってくると相乃のすぐ傍の席に座り、各々お菓子やお茶の入ったペットボトルを取り出して机の上に並べ始めた。
『では諸君、今日もクソかったるい授業を乗り越えたことを祝して乾杯!』
『かんぱぁーい! あらぁ、うっきぃのそれ、守永製菓の新商品《はちのこの倉》じゃなぁい? よく手に入ったねぇ、今大人気なのにぃ』
『あたしんちの近くに昔ながらの駄菓子屋があるんだけど、品揃え良いし客も入ってないってんで、人気商品を手に入れやすいんだよ。そっちのラングドシャと交換しようぜ』
『うん、いいよぉ。これねぇ、最近のお気に入りなのぉ。ヘブンイレブンのオリジナルなんだけどねぇ、マーガリンじゃなくて無塩バターを使った贅沢品なんだよぉ』
『最近のコンビニはどこもすげえよな。生菓子も専門店顔負けのクオリティでさぁ、目に入るとついつい手を出しちまうんだよね。そういえば相乃、この前お前が言ってたハイソンのパフェ食ったんだけどよぉ――って、あれ、どうした相乃? 何固まってんだ?』
金髪女子が言うように、相乃は二人を前にしてピンッと硬直していた。「おい、質問されているぞ」と声をかけると我に返り、『えっ、なんて!?』と訊ね返す始末。
「はぁ……上手く話せるかどうか以前の問題ではないか。ほら、まずはメンバーが足りないことに言及して会話に参加しろ。いつもはもう二人いるのだろう?」
相乃は、『……お、オーケー、やってみる』とマイクを口に近づけて囁いた。
『――んで、そのハイソンのパフェだけど……えっ、相乃、今何か言ったか?』
『スーハースーハー……ウウン、ナニモ言ッテナイデェスヨォ。トコロデェ、今日ハ加奈子ト仁野ガイナイデスネェ。二人ハドウシタンデスカァ?』
『あの二人なら用があるってんで帰っちまったけど……何で片言?』
『ゴホン、ゴホン……! ちょっと風邪気味で……そっか、二人は今日も帰っちゃったんだ。最近どうしたんだろうね? 塾も通ってないのに、早く帰って何してんだろ』
『そりゃ決まってるだろ。イチャイチャしてんだよ』
『イチャイチャ?』
『あ、そうだ、相乃には黙ってたんだ。あの二人な、実は少し前に彼氏できたんだよ』
おや? こちらから仕掛けずとも、それらしい流れになってきたではないか。
こんなチャンスを逃す手はない。「よし、流れに乗るんだ。このまま桃地ヶ丘さんを巻き込んで恋バナへ――」と呼びかけるが、『うぇぇぇえぇっ!? そうだったの? 何で黙ってたのよぉ!』と動揺のあまり聞こえていないようである。
『いやだって、あたしらが恋バナ始めるとすぐきょどるじゃん。だからさぁ、恋バナが苦手か、好きな人と上手くいってなくて辛くなるのかのどっちかじゃん? って話になって、相乃の前では避けるようにしてたんだよね』
『そ、そうだったの? そんな気を使われるほど動揺してたんだ、私……』
『なぁ、実際のとこのどうなん、相乃? 彼氏いる説は当たり?』
『い、いやいや、彼氏なんていないよ! 左和子と同じく一度も恋人なんていません!』
『おい、何あたしの恋愛事情ぶっぱしてんだよっ!? モテる女で通してんだから秘密にしとけよな!』
『いいじゃん今は。こうして年齢イコール恋人いない歴の三人しかいないんだし』
『いやいや決めつけんなよ。一檎はどうか分かんねえじゃねえか』
『ないないっ! もっちーはそういうのはまだないよ!』
『どうだろうなぁ? こういう天然清楚系の方が早いって聞くぜ?』
『は、早いって何が?』
『そりゃお前、エッチのことだよ。エッチエッチ』
にやつく金髪女子もとい佐和子氏の言葉を聞き、相乃は血相を変えた。
『それこそないよぉ! ないないないないない、ありえないっ! 何言っちゃってんの、エ、えち、えちえち、エッチだなんて!?』
『じゃあ本人に訊いてみようぜ。おい一檎、お菓子貪ってないで話に入ってこいよ』
『あらぁ、どうしたのぉ?』
『どうしたのって、お前またお菓子に夢中で聞いてなかったな?』
『えへへぇ、だってお美味しいんだもん』
『まあいいや。なあ、一檎は今まで彼氏いたことあんの? あとセックスはした?』
『ちょっと聞き方、下品だよ! で、ないよね、もっちー!? そういう、か、彼氏とか、え、エチチ……んふぅ! つまり恋人のそういうアレコレはまだ経験ないよね!?』
迫られた桃地ヶ丘さんは二人(主に相乃)の迫力に戸惑っていたようだが、不意に大人びた笑みを浮かべた。
『もう、まなみんったらぁ。私がこんなだからって決めつけないでよぉ。私だって青春真っ盛りなんだからねぇ?』
え!? と俺と相乃は同時に驚く。まさか桃地ヶ丘さん、俺たちよりずっと先を行く人だったのか?
そんな馬鹿な、という思いで答えを待っていると、『うーそ!』と彼女は笑い、
『恋人なんて一度も作ったことないよぉ。私の青春は、友だちとの青春だからね!』
わざわざ立ち上がって相乃を背後から抱きしめた。
「いよぉし、セーフッ!! 恋人なし、確認ッ!」
俺はまだ目があることに、そして可愛らしい仕草に興奮し、思わず声を上げてガッツポーズを取った。
相乃もさぞほっとしているだろう。そう思って窺うと、密着していることに興奮するあまりそれどころではないようだ。どこか切なそうに目をつぶり、『あ……は……んひゃあっ!』と言葉にならない声を上げる。
と、その口から、幸せそうな笑顔を浮かべる相乃の形をした『愛の波動』が吐き出され、もの凄い勢いでこっちに向かって飛んできた。
「なぜこっちにっ!? うぉぉぉオオオオ、逝くなら一人で逝けぇッ!!」
抜け出した魂のようなそれを「ソイヤァッ!!」と右手の張り手で弾き飛ばす。相乃の体から千切れ飛んだ波動は、満ち足りた表情をそのままに遠くの山へと飛んで行くと爆発を引き起こした。
『……ちょ、ちょっと今の何? 聞き覚えのある爆音がしたけど』
相乃が声を抑えて訊ねてくる。教室の窓から左和子氏と桃地ヶ丘さんが山を窺っており、相乃はその背後でこっそりとマイクに口を寄せていた。
「君が飛ばしてきた波動を弾き飛ばしたのだ。君、やはり波動を操る才能があるのではないか? 人の形に変えて飛ばすなんて芸当初めて見たぞ」
『……知らないよ、そんなこと! ねえ、山の一部がピンク色に染まってるけど、あれ大丈夫なの?』
「うぅむ、あの一帯は波動結晶に包まれてしまったようだな。しかしあれは生物に無害だし、時間が経てば消えてなくなるから問題ない。それより、少しは冷静になったか? 桃地ヶ丘さん、いや一檎さんはフリーだそうだな。これで第一関門は突破だ。ほら、この調子で恋バナに花を咲かせろ。どんな恋愛をしてみたいのか、どんな告白をされてみたいのか、もし恋人ができたらどこへデートに行きたいか聞き出すのだ」
『……わ、分かった、やってみる。あ、でもどうしよう……そういう感じじゃなくなっちゃったかも』
む、どういうことだ? と耳を澄ましてみると、『すげえ、山がピンクに染まってるよ』
『最近よく奇妙なことが起きるねぇ。この前も学校でピンク色の爆発が起こったしぃ』と聞こえてくる。
「さっきの爆発のせいで話題が代わってしまったのか。ならばさっさと話を戻せ」
『……そう言われても、何て言って戻せばいいのやら……こっちは恋バナ初心者なんだからもっと具体的に指示してよ……!』
では、考えておいたとっておきを使うとしよう。俺はコホンと喉の調子を整え、一言一句間違わないようにと念押ししてから話し始めた。
「ねえねえ、知ってるぅ?(裏声) この町に縁結びの神様なんて呼ばれる、超天才超能力者ですごい良い男かつ超紳士の『DE☆N☆MA』様がいるんだってぇ(裏声)!」
俺は桃地ヶ丘さんが驚いて興奮する様を楽しみに待っていたのだが、いつまで経っても相乃は口を開かない。見ると、彼女はジトっとした目でこちらを窺っていた。
『……共闘するとは言ったけど、自分を売り込むために人を利用するのはどうかと思うよ? それはちょっとズルいんじゃないかなぁ?』
「利用とは心外だな。俺は結構女子高生の間で有名なのだぞ。この話題を上げれば確実に恋バナに流れを変えられるはずだ」
『……えー、本当かなぁ?』
「いいからさっさと言いたまえ。実は『DE☆N☆MA』様ってぇ、この学校の生徒なんだよぉ!(裏声)」
『……言いますっ、言いますからその裏声やめてっ!』
気色悪そうにぶるりと震えた相乃は、一度ふぅと息を吐き出す。それから、『あ、あー、そういえばなんだけど、縁結びの神様って呼ばれてるデンマって人知ってる?』と切り出した。随分シンプルな説明なのが引っかかるが、まあ良しとしよう。
『デンマ? それってもしかして《愛の伝道師 DE☆N☆MA》のこと?』
『あ、左和子は知ってるんだ。そうそう、その人。実はこの学校の生徒なんだよ』
『えっ、マジで!? デンマさんって高校生なの!? 何年生なんだ!?』
『私たちと同じ二年生だよ。仕事が忙しいみたいであんまり学校には来てないみたい』
相乃が話を繋いでいる間に桃地ヶ丘さんを窺っていたのだが、「DE☆N☆MAって誰だろう?」という顔をしていた。
それは残念なことだが、ならば知ってもらう努力をするまでだ。俺はマイクに向かって、
「話を次に進めるぞ――実は私ぃ、『DE☆N☆MA』様と知り合いなのぉ!(裏声) ねえみんな、一緒に会いに行かない?(裏声) 恋愛相談に乗ってくれたり、自分にぴったりなタイプとか診断してくれたりするんだよぉ!(裏声) もしかしたら『DE☆N☆MA』様がそのぴったりな人かもしれないけどねぇ!(裏声)」と言った。
『……ぉえ……』
『ん? どうした相乃?』
『う、ううん、何でもない。ねえ良かったらみんなで一緒に会いに行かない? 恋愛相談にのってくれたり、自分にぴったりなタイプとか診断してくれたりするよ』
左和子氏は『え、え、プロに恋愛相談できんの? 無料で!?』と食いつくが、『えー、どうしよっかなぁ』と桃地ヶ丘さんは乗り気ではないようだ。
『も、もっちーは興味ない? ほら、私たちずっと恋人いないし、どうしたら相手が見つかるか相談しに行くのもいいかなって思ったんだけど』
『うーん、恋人かぁ。私はそんなに欲しいと思わないんだよねぇ』
俺は思わず、「何っ、どうしてだ!?」と聞こえてないのに訊ねてしまう。
『そ、そうなの? でももっちー、恋愛ドラマ好きじゃん!』
『そうだけどねぇ、うっきぃとまなみんと一緒にいるのが楽しいから、十分満たされてるんだぁ。だから恋人が欲しいって思わないのぉ』
もっちぃぃ! と相乃は胸元を掴んでときめいているようだが、しかしこれでは恋バナを続けようがない。
「ま、まさか恋愛願望がないとは予想外だ……いや、そこは花の女子高生、興味ゼロってことはないだろう。だが、ここからどうやって嗜好を探るか迷いどころだな……」
頭をフル回転させて次の作戦を考えていたところ、『あ、あのさ、あたしは会いに行きたい』と左和子氏の声が聞こえてきた。
『あれ、左和子は乗り気? 誘っといて何だけど、我を行くタイプだと思ってたよ。気に入った相手は自分好みに変えてやる、って感じじゃん』
『お前あたしなんだと思ってんだよ……とにかくさ、その、デンマさんに相談してみたいことがあんだよ』
おや? と俺は目を見開く。
彼女から『愛の波動』が立ち昇り、体を包み込んだのだ。
『えっ、恋愛相談って……まさか左和子、好きな人いるの!?』
『あらぁ、そうなのぉ? 相手は誰かしらぁ?』
『じ、実はその……A組の爽田克己……』
『ああ、あの幼馴染の!』
『兄妹みたいな関係かと思ってたけど、そうだったのねぇ。ふふ、うっきぃったら顔が真っ赤だよぉ?』
『し、指摘せんでいい! 自分でも分かってるから! そんで、デンマさんってコーデの相談って受けつけてんのかな? 色っぽい感じの服で私が女だってことを意識させようと画策してんだけど、なかなか決まらなくてさぁ』
左和子氏は軽い口調で言うのだが、彼女の『愛の波動』は淡く澄んだ桃色をしていた。それは相手を純粋に愛しているということであり、切ない恋をしているという証拠である。
……これはこれは、心ときめく恋の予感がするではないか。
色々と想像が巡り、俺はとある計画を思いついた。
『で、どうなん? デンマさんってそういう相談も乗ってくれるの?』
『ええっと……どうだったかなぁ? たぶん大丈夫だと思うけど』
そう言いながら、相乃はこちらに視線を送ってくる。話が別方向へ向かったことの戸惑いが窺えるが、俺はむしろ不敵な笑みを浮かべていた。
「フフ、喜べ相乃。桃地ヶ丘さんを知る良い方法を思いついたぞ。だから、『全然オッケー。絶対に受けてくれるよ』と言うのだ。相談だけではなく直接服選びを指導してくれるよ、と付け足すことを忘れるな」




