第三話 お泊り戦争①
第三話 お泊り戦争
「さあ、受け取りたまえ。これが君の愛より生み出した『波動結晶』だ」
完成した女神像の『波動結晶』をテーブルに置くと、向かいの席に座る男子高校生は「うおっ、めっちゃ綺麗っスね!」と感嘆の声を漏らした。
ショッピングモールでのどたばたから翌日。自宅兼事務所が爆破される以前より予約のあった彼の相談を受けるため、とある喫茶店へと赴いていた。彼はすぐにでも結晶が欲しいと言うので作ってあげたのだが、些か小ぶりな出来栄えである。
「すっげえ! 何もない手からガラス細工が出てきた! 友人から凄腕の手品師だとは聞いてはいたんスけど、目の前で見ると度肝抜かれるスわ。それ、どういうトリックなんスか? って、教えてくれるわけないか! 商売っスからね!」
「いやこれは手品ではないのだが……まあとにかく、君の要望通り女神像として結晶を仕上げた。ディティールは任せると言うから、俺の中の女神(桃地ヶ丘さん)そっくりになってしまったのだが……本当にこれでいいのか?」
「もう完璧っスよ、完璧! これぞ俺が求めてたものって感じっス! これを渡せば、相手が俺のこと好きになってくれるんスよね?」
彼は結晶を惚れ惚れとした表情で見つめた後、期待に満ちた顔を向けてきた。
「確約はできん。その結晶は、欲求や嗜好、感情を超越した純真な想いを伝える道具でしかない。想いが大きければ恋仲まで発展することもあるが……しかし、君の愛はとても儚げで、このサイズで仕上げるのが精いっぱいだった」
「えっ、大きさ関係あるんスか? おかしいなぁ、結構彼女のこと好きなんだけど」
「大事なのは質だ。よって、サイズはあまり関係ないのだが……この色味を見るに、恋をしたばかりなのではないか? それか最近になって恋をしていることに気づいたとか」
「おぉ、よく分かりましたね! 実はそうなんスよ、バイト先の塩ザンギ専門店にいつも彼女が来てくれてて、前々から気にはなってたんス。で、この前ちょろっと話したらすごい可愛らしくて良い子だったもんで、すぐに好きになっちゃったんス!」
「そんなことだろうと思ったよ。悪いこととは言わないが、相手のことを良く知らないとなると想像で補われた愛が多分に含まれてしまう。それでは君の真の想いが伝わらない可能性があるから、もう少し時間をかけて愛を育てるべきだと思うぞ。それに、相手の情報があれば、より気持ちを伝えられる形に仕上げられるのだが」
やはり依頼の成功率を下げたくない俺としては、完璧なものを仕上げるために相手の情報が欲しいところだ。それが彼にとっての最善でもあるはず。
そう思うのだが、「いやでもなぁ」と彼は渋る。
「ここ最近ずっともやもやしてて、早く気持ち伝えたかったんスよねぇ。それにこそこそ調べて知るより、しゃべったり遊んだりする中で知っていきたいってタイプなんスよ、俺。まずは友だちになれればいいかなって思ってるんス」
「フム、友人関係を結ぶために『波動結晶』を使うと……そういう使い方もアリだな。何だか新しい商売を思いつきそうだ。君に感謝しよう。健闘を祈っているぞ」
サンキューっした! と軽い口調で礼を言った彼は、出張カウンセリング一時間分と『波動結晶』代の合計六千円(学割適用)をテーブルに置き、店を出て行った。最初はそのチャラさに不安を覚えたが、しかし『愛の波動』を出せるということは純粋な心があるということ。きっと気の良いやつなのだろう。幸せになってくれることを切に願う。
「しかし遅いな……もう午後の三時ではないか。相乃は何をやっているのだ……?」
土曜日である今日は半日しか授業がないということなので、この店で昼食を取りつつ桃地ヶ丘さんの誤解が解けたのか話を聞かせてもらうはずだった。その後、先ほどの彼の相談を受ける予定だったのだが……まあいい、先ほど思いついた『お近づきになるところから始めたい人』向けのプランを練ろう。
と、思考に耽ろうとしたところでスマホの着信音が邪魔してくる。ようやく相乃から連絡がきた。
「愛多知だ。約束の時間はとっくに過ぎているぞ? まだこちらに来れな――」
『あぁああぁぁはぁぁぁぁん……』
「ど、どうした相乃? 何だその気色悪い声は……」
『はぁ……うぅ……今、横断歩道の前……』
「ん? 横断歩道の前?」
横のガラス窓から外を見ると、目の前の道路を挟んで向かい側に『愛の波動』をゆらめかせる相乃の姿があった。電信柱に手を突いて項垂れている。
今行くと伝え、依頼人のお茶代も払い店を出る。ちょうど良く信号が青になったので踏み出したところ、同時に相乃も覚束ない足取りで歩き始めた。
「おい相乃、具合が悪いのか? 今にも倒れそうではないか」
「ぉぉぉお……おおおぉぉぉ……」
「ちょ、ちょっと待て、なぜゾンビのように両腕を伸ばしているのだ」
「あうぅぅぅ……あああああああっ!!」
「ま、待て、止まれっ! それ以上近づくんじゃないっ!」
思わず俺は逃げ出してしまうのだが、「恋は……爆発だぁぁぁぁぁあ!」「ぬあああああっ!!」あっという間に追いつかれて腰に抱き付かれてしまった。
チュイィィィン――ズドンッッ!!
二人を中心に大爆発。桃色の煙が立ち込め、当然服は吹き飛んでしまう。
最早お馴染みの感覚に額が痙攣する。俺たちは出会ってから何度爆発したのだろうか。
「あ、相乃ぉ……俺は裸になることに抵抗はないと言ったが、しかし爆破されるのが好きなわけではないのだ! くぅっ、買い直した一張羅を吹っ飛ばしやがって……どういうつもりなのか説明してもらおうか!?」
「ふへへへ……爆発だぁ、爆発だぁ……みんなみんな吹っ飛んでしまえぇ……」
「お、おい、聞いているのか? おーい、相乃? おーい」
何やらとてつもなくショックなことがあったらしい。白目を向いて涎を垂らしてやがる。
落ち着かせたいところだが、横断歩道の真ん中に居座っては迷惑だし、お母さんたちが我が子の目を隠し、こちらに批難の視線を向けている。この場を離れるのが先決だろう。
それから俺は近くの公園に連れて行き彼女を木陰に隠した。スマホで「服を買って来て欲しい。いつものなんだ」と知人に伝える。
待つこと十分、遠くからガコン、ガコンと音が聞こえてきた。
「やあ愛多知さん! お待たせ! 二人の服を持って来ましたよ!」
「おお、助かるよ、棚マッチョさん! 随分と早かったな?」
「こんなこともあるだろうと思って事前に二人分のジャージを用意しておいたんですよ! どうせお母さ……いえ、相乃さんがまたドジを働いて爆発するだろうと思ってね!」
「フ、さすが相乃の愛から生まれただけあって、よく理解しているではないか」
ハッハッハ! と笑い合っていると、「い、いつの間にそんな仲良しに……ていうか誰がお母さんよ……」と相乃がツッコミを入れてきた。
「む、正気を取り戻したようだな。まあまずは服を着ろ。それから話を聞こうではないか」
棚マッチョさんが体の中から取り出したジャージに着替え終わる頃には落ち着きを取り戻していた。「ごめんね愛多知君……ちょっとおかしくなってたわ……」と相乃は溜息交じりに謝罪を口にした。
「いやちょっとどころの話ではなかったが……一体学校で何があった? まあ、桃地ヶ丘さん関連だろうことは想像できるが」
「……今日一日、誤解を解こうと頑張ったわけですよ……従弟だったり、生き別れの兄であったり、実は愛多知君は宇宙人説とか唱えて誤魔化そうとしたわけですよ……」
「おい、妙な説を流すな」
「でもやっぱりダメっ! 人には知られてはならない禁断の恋をしている、みたいに思ってるみたいなの! 『大丈夫だよぉ、誰にも言わないよぉ』なんて楽し気に笑って、し、終いには――」
「終いには?」
「『絶対結婚式に呼んでねぇ』って言われた……」
「そ、そこまでの仲だと思われているのか……まあ同棲しているとなると、そういう深い関係だと思われても仕方ない……か?」
「『私はずっと味方だよぉ』だとか『何でも相談してねぇ』だなんて……それハマってるって言ってたドラマのキューピッド役まんまじゃんっ! 演じてる深田美知子が好きなの分かるけど、本気でなりきり過ぎなのよぉ! ああもう、どうしたら誤解解けるのぉ!? 何でこうなっちゃったのよぉ!! もっちーは脇役じゃなくて私のヒ・ロ・イ・ンッ!!」
悶絶する相乃の背中を撫でていた棚マッチョさんは、「大丈夫ですよ。手がないわけではありません」と優しく慰めた。
「こうなったら、素直に愛多知さんとの出会いを語りましょう。恋愛相談をしに行って、家を吹っ飛ばしてしまったと。それで泊めてあげているのだと説明するんです」
「俺もそれが一番良い方法だと思うのだが……しかし相乃がどうしても嫌だと言うのだ」
「嫌だ? どうしてですか?」
棚マッチョさんに顔(というか戸)を向けられた相乃は「そ、その……」と視線を地面に落とす。
「わ、私が恋をしてるって知られちゃうじゃない」
「博打ではあるが、『もしかして、私のことを?』と意識させることができれば、多少なりとも心の扉が開かれる。そうなれば、より『波動結晶』の効果が高まるのだぞ? この状況を打破するにはもう他に手がないと思うのだが」
「そ、そうかもだけど、今はまだダメ! もう少しだけ、このまま……」
「ふむ? もう少し、とは?」
「……な、なんでもない! とにかく私が恋愛相談を持ちかけたって話はなし! 私には私なりの……そう! 秘策ってものがあるんだから!」
「ほう、俺に頼り切るのではなく、自分なりに策を講じていたのか。そういうことなら君を尊重するが、とはいえ誤解の方は何としてでも解かないとならん。誤解は心の障壁となって、結晶から伝わる愛を阻害しかねん」
すると、「それなら」と棚マッチョさんがポンと手を叩いた。
「逆に愛多知さんが恋愛相談を受けていたことにしてみたらどうでしょう。あなたに近づきたくて相乃さんに相談を持ちかけ、その見返りに家事手伝いをしていたという設定でいくんです」
「なかなか面白い案だが、しかし言葉で説明したところで信じてくれるかどうか」
「なら、もういっそ告白してしまうのは? 愛多知さんは準備が出来たということでしたよね?」
それを聞いた相乃は、「そ、そうなの!?」と目を見開き、顔を近づけてきた。
「まあな。今までは桃地ヶ丘さんのことを想うだけで服が吹き飛んでいたが、彼女と言葉を交わしたり、無理やり力を抑制したりしていたことが影響したのか、愛を暴走させずに『波動結晶』化させることができるようになったのだ」
「え、えっ、いつするの? いつ告白するの!?」
「慌てるな。俺もまだどんな形に仕上げるか決まっていない。それに君からの依頼があるから、告白は君とほぼ同時期にと考えている」
相乃は「そっか、同時期……」と呟き、安堵したのか小さく息を吐いた。
「あの……なんかごめんね、私のせいで自由に告白できないみたいで……」
「俺がそうすると自分で決めたのだから、君が気に病む必要はない。そういうことで、まだ告白はできないのだよ、棚マッチョさん」
「そうでしたか。愛多知さんの『波動結晶』であれば、誤解などすぐに解けると思ったのですが」
「いやどうだろうな。誤解というのは凶悪な障害だ。桃地ヶ丘さんの嗜好にそぐわない形で結晶を渡してしまったら、最悪『興味がある』程度の想いを伝えるだけしか効果が望めな――むっ!? そうか、それも一つ手段か!」
「おや、何か手を思いついたんですか?」
「実は先ほど、『友好関係』を目指す結晶の作り方を思いついたのだ。あえて愛の量を調整することで、『親しくなりたい』、『仲良くなりたい』といったように、マイルドに想いを伝えるものに仕上げるのだよ」
すると相乃は、はっとしたように顔を上げた。
「あ、そっか。誤解のせいで『愛してる』って伝えても信じてもらえないけど、『もっと仲良くなりたい』っていう気持ちなら受け取ってくれるかもしれない。そういうことだよね?」
「ああ、その通り。親友となった後、伝わった気持ちの真実を徐々に明かしていくことで誤解を解いていくのだ! フフ、光明が見えたな! ありがとう棚マッチョさん! このアイディアは君の言葉があったからこそ思いつくことができた!」
「そんな大したことは言ってないですよ。愛多知さんのその力と知恵があればこそです」
「謙遜するな。君の思いつきがあったからこそ、俺は閃いたのだ。突然呼び出した挙句、相談にまで乗ってもらって悪かったな。何かお礼がしたいのだが……」
「いいんですよ、そんなの! 私はただ、二人の力になりたかっただけですから。この世に私という存在を生み出してくれた、そう……お父さんとお母さんのような、お二人のために何かしてあげたかっただけなんです」
棚マッチョさん……と、俺と相乃は神妙な面持ちで彼を見つめた。
「相乃さん、私はあなたの愛から生まれた存在ですから、それがどれだけ優しく純粋なものか知っています。愛多知さんに告白を促しましたが、私はあなたが幸せになることも願っていますよ。もっと自信を持って、堂々と告白してくださいね」
「う、うん、ありがとう棚マッチョさん! 私、頑張る、頑張るからね!」
「もちろん愛多知さんのことも応援してますよ。相乃さんのこともそうですが、自分の恋も大事にしてくださいね」
「その心遣い、痛み入る。重ねて礼を言おう、棚マッチョさん」
「それじゃあ役目を終えた私は帰るとしますか。また何かあれば遠慮なく呼んでください」
棚マッチョさんは背を向け公園の外へ向かって行くが、不意に振り向き、「じゃあね、お父さん、お母さん……なんて!」と言って照れくさそうに走り去って行った。
その健気な後ろ姿に込み上げてくるものがあり、「ありがとう棚マッチョさん! いや息子よ!」「元気でやるんだよ! 辛くなったらいつでも会いに来ていいんだからね!」と上京する息子を見送る親のように、姿が見えなくなるまで手を振り続けた。




