第三話 お泊り戦争②
「よく考えてみたら、棚マッチョさんの親ってどこぞの工場じゃん。というかあのスチール棚、いつまであの状態なの?」
一夜明け、日曜日。俺たちは桃地ヶ丘さんに会うために呼び出した場所へ向かっていたのだが、一晩経って冷静になったらしい相乃が唐突にそんなことを言い出した。
「正直生み出した俺でさえ謎だ。まあ害がないどころか気の良いやつだし、自由にさせてやろう。それで、相乃よ。ちゃんと桃地ヶ丘さんを呼んでくれたのだろうな?」
「うん、ちゃんと連絡したし、行くって返事来たよ。何だか緊張してるように見えるけど、大丈夫?」
「本気の告白ではないとはいえ、好意を伝えに行くのだからな。少なからず緊張するさ」
「いつもみたいに堂々としててよ。私まで何だかどきどきしてきちゃった」
「君はただ俺から相談を受けていたことを肯定すればいいのだ。楽なものだろう。むしろ口を開けば余計なことを言いそうだからな、黙って首を縦に振っていたまえ」
そんなことを話している間に町の外れにある大きな公園に着いた。
ここは美術館や野外劇場のある芸術公園で、一角にある人工の丘のてっぺんには公園を一望できる休憩所がある。公園内にある和菓子屋でテイクアウトし『お茶会』をしよう、といった内容で呼び出してもらっていた。
約束の時間よりも十五分早く着いてしまったのだが、丘下からてっぺんの休憩所を見上げると見覚えのある後ろ姿があった。見間違うはずもなく桃地ヶ丘さんである。
「やあ、一檎さん。また会ったな」
「お待たせ――って、もうそんなに食べてるの!? 一体幾ら使ったのよ……」
休憩所のテーブルにはすでに紙皿が重ねられていた。更に驚くことに桃地ヶ丘さんは三本の三食団子にかぶりついており、俺たちに気づくと恥ずかしそうに頬を染めた。
「だらしないところ見られちゃったねぇ。普段は一本ずつ食べてるのよぉ? でも今は、ね? まだ二人が来ないと思ったからぁ」
「いやだらしないというか、豪快というか……」
「ところで、愛多知君もお茶会に呼ばれてたのねぇ。もうお仕事は終わったのぉ? 『ヘンタイゼンラマン』っていう、悪を取り締まる組織の戦士なんだってねぇ」
「は? ゼンラ、マン? すぅぅ……まなみ君。一檎さんに一体何を吹き込んだのかね?」
「あ、あれぇ、そんなこと言ったかなぁ? 必死だったせいか覚えてないやぁ」
目を逸らしてとぼける相乃に俺の頭の血管が切れそうになるが……一旦落ち着こう。今はこいつを問い詰めている時ではない。
「コホン……一檎さん、今日は来てくれてありがとう。実はこのお茶会は俺が企画したものなのだ」
「そうだったのぉ? 呼んでくれてありがとぉ! お団子は美味しいし、風がとても心地良いし、こんな素敵な公園があったなんて驚いちゃった」
「そうだろう、そうだろう。一檎さんのために見つけてきたのだ」
「えー、私のためにぃ? 駄目だよぉ、恋人の前で誤解されるようなこと言っちゃあ。まなみんに浮気してるって思われちゃうよぉ?」
「そう、そのことで話があるのだ。俺たちは確かに事情があって同じ家で暮らしているが、別に恋人同士というわけではないのだよ」
言いながら、俺たちは桃地ヶ丘さんの向かい側に座った。
ポケットから手のひら大のケースを取り出すと、俺は一度相乃に目配せする。彼女はその視線を受け、神妙な面持ちで頷いた。
――風が、俺たちの間を優しく通り抜ける。
周囲に人がいないせいか、とても静かだ。
まるで世界が俺を気遣って、息をひそめてくれたかのようである。
今日はただ『友だちになりたい』という気持ちを伝えるだけだ。それでも、大事にしてきた想いが少しでも伝わりますように、と俺は真剣に願った。
「一檎さん……これが、俺の気持ちです」
ごくりと唾を飲み込み、プロポーズでもするかのような心地でケースを開く。
そこには桃色のふわふわしたものがぎっしりと詰まっていた。
「わぁ、綺麗! これ、貰っていいのぉ?」
「ああ、君のために拵えたものだ。どうか、受け取って欲しい」
桃地ヶ丘さんは恐る恐る手を伸ばし、中身をそっと摘まんで引っ張り出した。
すると、ふわふわしたものはふわりと形を変える。
左右に手を伸ばすように広がり、折りたたまれていた部分が垂れ下がった。
ぱっと見は三角形。しかし、一部分は美しい曲線を描いている。それは俺と桃地ヶ丘さんを繋いでくれた思い出の品だった。
そう、紛れもなくビキニパンツである。
「うっ、わぁ……誤解を解こうって時にセクハラって……愛多知君、遂に本性を隠すのやめたんだね。出しちゃったね、隠してたものをさぁ」
「断じて違う。俺を変態扱いするな。話したと思うが、俺と一檎さんはビキニパンツを通じて関係が始まったのだ。あの時の感謝を伝えるため、あえてこの形にしたのだ」
などと説明していると、「あらあらぁ? 急に去年のことが頭に浮かんできたわぁ」と桃地ヶ丘さんが言った。
「あー、そうだわぁ! 私と愛多知君って前にも会ったことあったわねぇ! 町中ですっぽんぽんでいたから、私が下着を買ってあげたのぉ!」
その言葉を聞き、俺は感動と喜びで飛び上がりそうになった。果たしてビキニパンツで心の扉を開けることができるのだろうかと不安だったが、しかし俺の決断は間違いではなかったらしい。しっかりと結晶に込めた想いが伝わったようだ。
「そう、あの時の全裸の男は俺なのだ! 不覚にも連れていた妹への愛が爆発してしまい、素っ裸になったところ、君が天使のような笑顔でビキニパンツを渡してくれたのだ……!」
「不思議ねぇ。このピンクの下着を持ってると、何だか暖かい気持ちになるわぁ」
「それは君への感謝の気持ちだ! 俺はそれをどうやって伝えようかと迷い、君と一番親しいまなみ君に相談していたのだ! な、まなみ君?」
「じ、実はそういうことだったのよ! 婚約しているわけでもなければ恋人でもないの!」
「そうだったのぉ? てっきりお父さんに反対されて駆け落ちを覚悟した仲なのかと思ってたわぁ」
「も、もっちー……ドラマの見過ぎだよ」
「変な勘違いしちゃってごめんなさいねぇ。それと、私の大好きなものを用意してくれてありがとぉ。でも、これが好きだってよく分かったねぇ。まなみんには話してたっけぇ?」
ん? と俺と相乃は言葉に詰まる。
大好きな物、とは一体……?
「えっと、何のこと言ってるの? 大好きなもの、っていうのはどういう意味?」
「あららぁ? まなみんが愛多知君に教えてくれたんじゃないのぉ? これのことよぉ」
と言って桃地ヶ丘さんはビキニパンツを広げて見せつけてくる。
「む? 一檎さんは、ビキニパンツが好き……ということか?」
「えー? 違うよぉ。私ねぇ、食べるのが大好きなんだけど、いっちばん好きなのがこれなのぉ」
「むむ!? 話が見えないぞ! 一番の好物が『波動結晶』だと言っているように聞こえるのだが!?」
「はどぉけっしょう? これ、そういう名前のお菓子なんだぁ。へぇ、じゅるり……それは知らなかったわぁ。んむむ、じゅる……」
ごくりと唾を飲み込んだ桃地ヶ丘さんは、「話の途中でごめんなさいなんだけどぉ、もう我慢できないわぁ!」と言う。
そして、はむっ! とビキニパンツを口に含んだ。
「なにぃぃぃ!? 結晶を食べたァ!?」
「もっちぃぃぃぃ!? 何やってんのぉ!?」
「うぅぅぅん! ふわっふわで、とっても甘くて、でもくどくなくて、おーいしぃ!」
「ま、待て やめるんだ一檎さん! それは食べ物ではないのだ!」
「そんなもの食べちゃ駄目ぇぇえ!! ぺっ、しなさい、ぺっ!!」
俺たちは慌てて止めようとするのだが、桃地ヶ丘さんは更にもう一口頬張り、「んふーっ! しあわせぇ!」と昇天するのではないかと思うほどの笑顔を浮かべた。
その笑顔があまりにも可愛く、美しく、俺の心を容赦なく撃ち抜いてしまう。
俺は黙って立ち上がり休憩場の屋根の下から出ると、「波ぁああーーーーッ!!」と両手から『愛の波動』を撃ち放った。先日相乃の波動を受けて一部ピンクに染まった山を通り過ぎ、その向こう側の山に着弾。その山の一部も結晶に覆われた。
「ちょ、愛多知君!? 急になに!? また山がピンクに染まってるんだけど!」
「力のスイッチを切っているというのに爆発してしまいそうになってな。昨日の君を真似して撃ち放ってみた。フフ……相乃よ、君のおかげで俺はまた強くなったようだぞ!」
「強くなってどうするのよ。それより今はもっちーでしょ⁉」
「むっ、そうだった!」
桃地ヶ丘さんを止めるために慌てて休憩所に戻るが、しかしその時にはもう『波動結晶』はほとんど食べ尽くされていた。
「ああ、なんてことだ! だ、大丈夫か、一檎さん? 体のどこかに異常はないか!?」
「異常? ううん、全然! とっても美味しくて、体の中がぽかぽかしてるよぉ! この飴細工、ほんとぉにだぁい好き! 今までたくさん食べて来たけど、これは格別に美味しいわぁ! 一体どこにお店があるのかしらぁ? 幾ら調べても見つからないのよねぇ」
「ま、待ってくれ! 今、たくさん食べてきたと言ったか? 今渡したピンクのガラスみたいなものを手に入れたことがあるのか?」
「うん! 最近仲良くなった友だちがよく買って来てくれるんだぁ」
「買って来てくれる? 『波動結晶』を?」
間違いなく、愛を基にしたこの『波動結晶』は俺にしか作ることができない。それを買って来てくれるだと? 何かと勘違いしているとしか思えないが、しかし食べて違和感を覚えた様子はない。それどころか馴染み深く感じているようである。
これはどういうことかと困惑していると、「そうだ!」と桃地ヶ丘さんが手を合わせた。
「良かったら、みんなでうちに来ない? 食べ足りな……じゃなくて、せっかくだからみんなで食べましょぉ!」




