第一話 ふれるな危険!④
それから数十分後、どこかの山の中へ辿り着き、ようやくスチール棚を止めた。
俺たちは棚の戸を開けると、裸体に虹色の液体を纏ってドロリと外へ滑り出る。お互いしばらく地面に伏せていたが、やがて立ち上がり近くの大きな葉っぱを毟って体を拭いた。
「……この液体、薔薇の良い香りがするね……それが逆に気持ち悪い……」
「……文句を言うんじゃない。俺がこの動く『波動結晶』を作らなかったら、君は裸で桃地ヶ丘さんの前に姿を現すことになって――」
振り返ってスチール棚を見やり、俺は絶句してしまう。
ネコ科の動物を思い描き、そうなるようにスチール棚に『波動結晶』を纏わせたつもりだった。
だが、そこにいるスチール棚は桃色のムッキムキな手足が生えていた。
「あ、愛多知君……なにこれ……棚からマッチョな手足が生えてるんだけど」
「う、うむ……さしずめ、棚マッチョと言ったところか」
「ところか、じゃないよ。変な名前つけないでよ、不気味だから」
棚マッチョは近くの木に腕を突き、足を交差させ、照れくさそうに戸の鍵の部分を人差し指でこする。どうやらその名を気に入ったらしい。
「まさか意思を持ってしまうとはな……恐るべし、我が力」
「本当に恐ろしいよ……どうするの、この生き物……」
「まずはその仕事ぶりに感謝するのが礼儀というものだ。ありがとう、棚マッチョさん。おかげで無事あの場所から脱出できた」
ガコン、と戸を鳴らし、棚マッチョさんは俺の握手に応じる。
「大分走ってもらったが、まだ余力はあるか? 棚マッチョさん」
ベコン、と背面を鳴らし、棚マッチョさんは頷いた。
「では俺たちをもう一度抱えて、町まで頼む。相乃の家まで送って欲しい」
しかし、ガチャンと鍵を鳴らし、棚マッチョさんは首(というか体?)を振る。
そして彼(?)は山奥の方へと一歩退く。見れば、枝の上や茂みの影から迎えに来たかのように様々な動物たちがこっちを窺っていた。
「そうか……君は自然に還りたいのだな。構わん、行くがいい。意思があるというのなら、君には選択の自由が与えられるべきだ」
ゴォンッ、と音を鳴らした棚マッチョさんは頷き、背中(というか背面)を向け茂みの中へ駆けて行った。
途中一度だけ立ち止まり手を振ってきたので、俺も振り返す。「元気でやれよ!」と笑顔で送り出すのだが、「いや、なにこれ……私は何を見せられてるの?」と相乃は白けた目で言った。
「言っておくが、これは茶番でも何でもないからな。あれは君の愛で造ったものだから、下手したら桃地ヶ丘さんに何かをしでかすかもしれん。だから自然に還りたいというのなら還すのがいいのだ」
「還すっていうか、不法投棄といった方が正しいような……でも待って、何かしでかすって何よ? 私の愛がもっちーに危害を加えるはずないでしょ」
「君、結構スケベみたいだからな、そういうイタズラをしに行くかもしれん。以前作った動く鳩の『波動結晶』は相手の胸元に飛び込んだのだ」
「そ、そそそそ、そんなことにはならないよ! 私別にスケベじゃないし、エロくないし! 私は純粋にもっちーを愛してるの!」
「無理して否定するな。愛と性欲は密接な関係にあるのだから、別に不潔なものではない。とはいえ桃地ヶ丘さんに迷惑をかけたくはないだろう」
「それはまあ、そうだけど……でもスケベって決めつけられるのはなぁ……」
「ぐちぐち言ってないで、さっさと山を下りるぞ。桃地ヶ丘さんの人間性を垣間見ることができたことだし、どんな『波動結晶』を作るか会議をしようではないか」
俺は麓へ向かって歩き出すのだが、後ろから追ってくる気配がない。振り返ると、彼女はぽかんとした顔で突っ立っていた。
「む? どうした、君も自然に還りたいのか?」
「そんなわけないでしょ! ただその……何でだろうと思って」
「何で、とは?」
「いやだって、君ももっちーが好きなんでしょ? なのに作戦会議だなんて、まるで私との契約がまだ続いてるみたいに言うから」
「みたい、ではなく契約はまだ生きているぞ。俺はプロだからな、契約者の想い人が俺の想い人と同じだろうが、依頼はちゃんと遂行する」
「でもそれじゃあ、愛多知君の気持ちはどうなるの……?」
そのように訊ねる相乃の表情には、後ろめたさと申し訳なさが混ざりあって浮かんでいた。あれだけ桃地ヶ丘さんを愛し、誰かと結ばれてしまうことを恐れているくせに、俺の心を慮るとは……何だかよく分からんやつだ。
「フ、俺は桃地ヶ丘さんを諦めるつもりはない。そして君の心も尊重するつもりだ。ということで、こうしよう――これからしばらくの間、共闘しようではないか」
「共闘?」
「俺は君に最高の『波動結晶』を提供しよう。だから、君は知り得た桃地ヶ丘さんの情報を俺に提供してくれ。俺は俺でその情報を基に自分のための結晶を作るが、君はそれに口出ししない。そういう関係ならば、俺たちは上手くやっていけるのではないか?」
それを聞いた相乃はしばし逡巡したが、「なるほど、ライバルってことね!」と強気な笑顔を浮かべた。どうやら彼女の懸念を解消できたらしい。
「これで真っ直ぐ自分の恋に向かっていけるな?」
「うん、そういうことなら納得! 何も気にせず、真っ直ぐ自分の恋に向かっていけるよ! それじゃあライバルとして、お互い頑張ろうね!」
相乃はそう言って、手を差し伸べてくる。どうやら礼儀はしっかり通すつもりらしく、彼女は波動を抑えていた。
俺は少し躊躇ったのだが……その心意気を無碍にはできまい。「ああ、どちらがどうなろうと恨みっこなしだ」と言って彼女の手を握った。それから俺たちは笑顔を浮かべあったのだが――不意に彼女は「ぶわっ」と『愛の波動』を体から噴き出しやがった。
キュィィィィン――ズドンッ!!
「き、君なぁ……自分から握手を求めておいて、桃地ヶ丘さんを想像するとはどういうことなんだ!?」
「ご、ごめん……ほ、本当に恋人になれるかもって思ったら、さっきのエッチなもっちーが浮かんじゃって……」
「なぜそこでエッチな姿を思い浮かべるのだ、このドスケベめ! もういい、礼儀など結構だ! だから無闇に触れようとするんじゃなァいッ!」




