第一話 ふれるな危険!②
ジャージを買って来てもらい、それに着替えた俺はまず相乃の想い人を確かめるため彼女の高校へ向かうことにした。
案内してもらうため相乃には一歩先を歩いてもらっているのだが、彼女の制服姿が妙に引っ掛かる。どこかで見た覚えがあるが、どこでだっただろうか?
「ねえ、愛多知君も高校生なんだよね? 学校に欠席した理由とか連絡しなくていいの?」
「ああ、そのことなら心配無用だ。俺は高校に在籍してはいるが、通っているわけではないのだ。入学式の三日後から顔を出してない」
「えっ、三日で不登校? それって高校生って言えるのかな……ていうか、どうやって進級したの? 出席日数足りないじゃん」
「それは多めの課題をこなすことと、遠隔授業を受けることでなんとかしている。教師たちとは個別に契約を結んでいてな、都合の良い時に個人授業をしてもらっているのだ」
「おー、教師を雇ってるってことだよね、それ。何だか大人っぽくてかっこいいね。やっぱり仕事が忙しくて通えないの?」
「まあそれも理由の一つだな」
「一つ、ということは他にも理由があるんだ? やっぱり超能力関係?」
「どうしてそんなに興味深々な顔をしているのだ。俺のことなどどうでもいいだろう」
「いやぁだって超能力者なんて初めて会ったし、私たちみたいな一般人と違ってどんな生活してるのかと興味があって」
「超能力があるからといって社会に属する一人の人間でしかないし、腹も減れば眠くもなる。普通の人と大して変わらん生活を送っているぞ。学校に通えない理由というのも、突き詰めれば非常に現実的な問題だしな」
「分かった! 恋だ!」
「今の話のどこからその答えを導き出したのだ……」
「恋をしているからこそ恋に敏感になるのだよ愛多知君。現実的な問題がどうたらと口にした時、君は一瞬遠い目をしていたけど、あれは絶対に好きな人を思い描いている目だったね。で、どうなの、実際のところは?」
「そ、そんなに見つめられても話すつもりはないぞ。今は契約関係だからな、顧客を不安にさせないため弱みは見せられん」
「誤魔化し方が大人臭いなぁ。本当に同じ高校生?」
「それはさておき、この近くに学校があるのだろう? まだ着かないのか?」
また誤魔化してつまんないのー、と相乃はむくれているが、それ以上は追及せず「ほらもう校舎は見えてるよ」と正面に見える時計塔を指差した。
「むっ!? 時計塔だと?」
「どうしたの?」
「この町に時計塔のある学校は一つだけだ。もしかして、君の学校――」
角を曲がり、道を真っ直ぐ進むと校門の前に出た。
俺はそこで立ち止まり、校舎を見上げ、ぽんと手をつく。
「君の制服に見覚えがあると思っていたが……そうか同じ高校の生徒だったのか」
「えっ、愛多知君も初古井高校だったの? 普通制服見たら気づかない?」
「言ったろ、ずっと登校していないと。男子の制服のデザインすら覚えていないのだ。しかしそうか、そういうことなら中へ入って君の想い人を直接確認に行けるな」
「い、いやぁ、ここで待っていればいいんじゃない? もう放課後だし、そろそろ出てくると思うよ? というか、私がその人を説明するだけじゃ駄目なの?」
「やはり恋をしていると、どうしても美化して相手を見てしまう。より精巧で強い思いを込めた『波動結晶』を作るには、他人の俺が想い人を正しく観察することが大切だ。忙しさにかまけてそれをおろそかにした途端、維持してきた九十九パーセントの依頼達成率が九十パーセントまで落ち込んだぐらいだからな、観察はとても大事なことなのだ」
というわけで相乃に前を歩かせ、俺はその背後に回る。彼女に触れないように気をつけつつ影から顔を出し、注意深く辺りを見回した。
「あのぉ、何やってんの? 真後ろを歩かれるの、何だか気持ち悪いんだけど」
「我慢してくれ。俺がこの学校に通えない理由をもし見つけてしまったら、俺はすぐさま目を伏せ走り去らなければならん。でないと君が買ってくれたこのジャージが無駄になる」
「うーん、言ってる意味分からないや。理由を説明してくれたら協力できるんだけど?」
「その気持ちには感謝するが、協力は結構だ」
何か言いたげな相乃に早く行くぞと急かし、校舎に入って三階まで来たところ、「よお、相乃じゃん! まさか今頃登校か?」と一人の男子生徒が話しかけてきた。
ほう、これはまた……と呟きたくなるほど、彼は非常に端正な顔立ちをした美男子だった。近くの女子生徒の集団は頬を染めて見つめており、通り過ぎて行く眼鏡をかけた子は彼を盗み見て抱えていた教科書を強くにぎりしめていた。
恋に落ちるかは別として、女子ならその美貌に一度は心を奪われるに違いない。これはいきなり相乃の想い人を見つけてしまったのではないだろうか。
「ちょっと用事があって来ただけ。すぐ帰るよ」
「はは、何だよそれ! じゃあ校門で待ってるからさ、カラオケでも行こうぜ」
「ごめんね、私、君に興味ないから」
非常に素っ気ない態度で断る相乃。「あ、相変わらずつれないなぁ」と男子生徒は笑うが、相乃が通り過ぎた途端壁にもたれかかり、絶望に染まった目で地面を見つめた。態度はチャラいが相当真剣に相乃を想っていたらしい。ふられたというのに相乃への愛は消えておらず、波動となって体から立ち昇っている。
「おい相乃。彼、相当君のことが好きだったみたいだぞ。今度少しだけでいいから優しい言葉をかけてやれ」
「私のことが好き? ……あ、そっか、愛多知君は人の愛が見えるんだもんね。でも、うーん、優しくかぁ。そうしたいところだけど、キリがなくなっちゃうからなぁ」
そうこう話している間に、次々と男子生徒が近寄って来て声をかけてきた。「やあ相乃さん!」「お、愛心じゃん! 元気か?」「こ、ここ、こんにちは相乃さん! 今日も可愛いね!」「おっす相乃、今日休みじゃなかったのか?」と挨拶はばらばらだが、揃って体から『愛の波動』を発している。
濃ゆいタイプから爽やかタイプ、そして可愛らしいタイプに純粋なイケメンとよりどりみどり。さすがにこの中に想い人がいるのだろうと俺は窺っていたのだが、相乃は全員を淡白な態度であしらった。
「はぁ……実は今の人たち、以前私に告白してきた人たちなの。全員断ったんだけど、いつも通り接してたら繰り返し告白してくるようになっちゃって……悪目立ちしちゃうから、心が痛いけど素っ気ない態度取ってるんだ」
「ふむ、ここまでモテる人物は今まで出会ったことがない。それなのに恋に臆しているとは……まさか相手は既婚者の教師じゃないだろうな? 俺は略奪愛は請け負えんぞ」
「ち、違うよ! 全然そんなんじゃないって! でも……驚くのは間違いないから、覚悟しておいたほうが――」
言いかけたところで、相乃は急に足を止めた。
かと思ったら、「あ……」とどこか切なさを含んだ声を上げ、体からぶわっと『愛の波動』を噴き出し、おもむろに俺の袖を掴んできた。
「なっ、馬鹿お前――!?」
「あっ、ごめん、つい――!」
キュイィィーン…………ズドンッッ!!
そんな音とともに相乃を中心に光が発生し、爆発が起こった。
桃色の爆風に巻き込まれた俺、そして相乃をこっそり追いかけてきていたイケメン集団が巻き添えを食らい、びりっびりに服が破れて全裸になってしまった。
「な、なに? 爆発!?」
「ちょっと何があったの――って、き、きゃぁぁあああ! 男子たちが、男子たちがぁ!」
「や、やだぁ何で裸なのぉー!? 今の爆発のせい!?」
「待って、あれ、バスケ部のキャプテンの寺田君じゃん!」
「え、うそマジ? 寺田君の裸!?」
「サッカー部の佐藤君にテニス部の高砂君もいるよ! すげえ眼福じゃん、きゃー! 写メ撮っちゃおっ!」
驚愕と歓喜の悲鳴が上がり、イケメン軍団は股間を隠して右往左往。野次馬も集まって来て大混乱である。
「おいっ、相乃! 俺の豪邸を吹っ飛ばしたのを忘れたのか!? 俺が咄嗟に力を抑えたから服が木っ端微塵になっただけで済んだものの、下手したら生徒全員を全裸で外に放り出すことになったんだぞ!?」
「だ、だって、向こうに探してた人が――ぎゃあああ! また裸になってる!? その変なもの見せないでよ!」
「見せないでだと? すっぽんぽんの君に言われたくないな」
「え? いやあああああ! 私まで裸にぃ!? 見ないでぇぇぇえぇえ!!」
相乃は悲鳴を上げ、すぐ横の理科室へ飛び込む。部屋を覗き込むと、机と机の影に隠れて「こっち来ないでよぉ! もう!」と体を隠しつつ椅子を持ち上げて投げつけてこようとしてきた。
「お、落ち着きたまえ! 大丈夫だ、俺はお前の裸にはなんの興味もない! 間違いは絶対に起きないから安心したまえ!」
「なにそれ、私に魅力がないみたいじゃん! てか、アレをぶらぶらさせたまま近寄って来ないで! 何でそんなに堂々としてんのよ!」
「フ、俺は別に好きでも何でもないやつに見られても気にならないからな」
「何でちょっと誇らしげ!? 気にするのは見せられているこっちでしょうが! やっぱり君、露出癖あるんじゃないの!?」
「断じて違う。俺を変態扱いするな。仕方ない……どうだ、これでいいだろう?」
大分小さくなったものの未だに体から立ち昇る相乃の波動を吸い寄せ、それを腰に巻いて結晶化させた。
「どうだ、『波動結晶』でパンツを作ってやったぞ。これで君も安心だな」
「人の愛で何てもの作るのよ!? 透けてるし、ぴっちぴちのビキニパンツだし、何か余計に気持ち悪いんですけど!」
「これでも駄目だというのか? まったくとんだ恥ずかしがり屋さんだな。ならもうそこから教えてくれ」
「お、教えろって何を?」
「さっきの爆発は意中の相手を見つけて動揺してしまったせいなのだろう? 確かめるから、どこにいたか教えてくれ」
俺は理科室の入り口から廊下を覗き込み、辺りを見回す。校内の生徒全員が集まってるのではないかというほどに野次馬だらけで、教師たちも状況を確認しに集まっていた。
「えっと、私たちが進んでた方向にいたんだけど、二人の女子を引き連れてたよ。一人は金髪のボブカットの子で、もう一人は前髪にヘアピンを二つつけてて」
大勢の中から女子生徒だけに絞り、視線を走らせる。
前方から歩いてきていたというのなら近くにいるはず。その予想は当たり、すぐにそれらしき二人を見つけた。
「その引き連れていた女子というのは見つけたぞ。しかしその二人の周囲に男子はいないな。女子たちに囲まれて全裸を激写されているイケメン集団ぐらいだ」
「あ、うん……そうじゃなくて」
「む? そうじゃない、とは?」
「もう一度さっきの二人を見て。たぶんすぐ近くにいるから」
「ふむ、容姿の特徴は?」
「えっと、背は私よりちょっと小さいぐらいだから、百六十センチぐらいかな。太ってるわけじゃないけど、何となく柔らかそうな印象を受ける体つきで、髪は茶色というか栗毛色というか、色素の薄い綺麗な色をしているの。そしてちょっと長め」
頭の中で条件を繰り返し考えながら探していると、ふと一人の人物が浮かぶ。俺がこの学校に通えなくなる原因となった人物なのだが、相乃が今言った特徴全てに当てはまった。
まさか相乃の想い人というのはその人なのか? いや、似たような特徴を持つ人間は大勢いるのだ。それだけで決めつけられるものではない。そもそも、相乃がその人を好きである可能性は極端に低いのだ。
なぜなら――
「っ!?」
ごちゃごちゃと考えていると、窺っていた二人の女子生徒の影から頭に描いていた人物がひょっこり姿を現した。
どきっ! として体が跳ね上がり、思わず一歩退いてしまう。
「それでね、髪は少しウェーブがかかってて、毛先が丸まってるのが可愛らしくて――」
目が離せないでいるその人物の髪は、まさに相乃の説明と同じく色素の薄い髪色をしていて、ウェーブがかかっており毛先がくるんと丸まっていた。
俺はその人物が誰なのか認識すると、『波動結晶』の中から透けて見えてしまっている股間を隠し机の間に飛び込んで相乃の横にしゃがみ込んだ。
「ひぃぃああああ!? いきなり近づいて来ないでよ!」
「き、きみ、君、きみみ、君まさか――まさか、桃地ヶ丘一檎さんを愛しているのか?」
顔を向けると、相乃はあからさまに動揺を見せ、
「あ、あれ、もっちーのこと知ってるの? もしかして同じクラス?」
「あ、ああ、まあそうなんだ。出会いは学校ではないが……俺のことはともかく、彼女が意中の相手なんだな?」
「へ、変だよね。女の子なのに女の子が好きだなんて……だからさ、言ったじゃん。絶対驚くから覚悟してって」
「そ、そうだな。確かに君はそう言った。だがな、相乃……俺は別に、君が同性を愛していようが構わないし、そんなことでいちいち驚いたりしない」
「え……そ、そうなの?」
「現に、俺は十数件同性の恋を実らせてきた。だから同性愛を特別視はしない。しないのだが……」
まさかこんなことになろうとは……どうするべきかと俺は頭を抱えそうなるが、しかし隣の全裸の少女は真剣に恋をしている。彼女の『愛の波動』の大きさをみれば、いかに真摯に悩んでいるのか明白だ。
だからこそ、俺ははっきりと彼女に伝えた。
「俺も……好きなんだ。桃地ヶ丘一檎さんが」
相乃はぽかんと口を開き、しばらく固まっていた。
そのうち瞬きを再開し、口を閉ざすと笑みを浮かべる。その笑顔を張り付けたまま地面に視線を下ろし、また顔を上げると、すぅっと息を吸って口を開いた。
「えええええ!? 嘘でしょ!? 同じ人を好きだなんて、そんなことってあるぅ!?」
「俺も驚いている。先程までは男子に恋しているものだと思い込んでいたから、まさかこんなことになろうとは、と眩暈を起こしそうだ」
「え、え、じゃあ私の依頼はどうなるの!? 君ももっちーが好きなら、この相談は……」
「まあ落ち着け。そのことを話し合うためにも、一旦落ち着ける場所に移動しよう」
「そ、そうだね。こんな混乱している状態じゃあ、できる話もできないからね……」
そのように話をつけ、ひとまず心を落ち着けるために二人で深呼吸する。
それから学校を出るために立ち上がるのだが、
「あ、やっぱりまなみんだぁ! 声が聞こえたと思ったら学校に来てたのねぇ」
舌足らずな声がすぐ傍から聞こえてきた。
はっ、と振り返ると、柔和な笑みを浮かべた桃地ヶ丘一檎さんがそこに立っていた。
「ひぇっ、もっちー!?」
「ぬぉ、桃地ヶ丘さんんん!?」
「あらぁ? どうして裸なのぉ? もしかしてさっきの爆発に巻き込まれちゃったぁ?」
俺たちはその問いに「そ、そうその通り!」「そうなんだよねー! それで慌ててここへ駆けこんだの!」と首をがくがく振りながら大事なところを両腕で隠し、体を捩った。
「……ちょっと愛多知君、どうして隠すのよ! 私の時と態度が全然違うじゃん!」
「……それはそうだろう! 好きな相手に裸を見られるのは恥ずかしいに決まっている!」
「……好きじゃない人に見られるのも恥ずかしいことだからね!? 一回自分の感性を改めた方がいいと思うよ!」
と、こそこそと言い合っていたところ、「あらまあそういうことぉ」と桃地ヶ丘さんが楽しそうに微笑んだ。
「告白を振ってばかりのまなみんが裸で男の子と一緒にいるなんて変だなぁって思ったけど、そっかぁ、彼氏さんがいたんだねぇ」
「む、彼氏? まさか俺のことか!?」
「ち、違うよ、全然そういうのじゃないの! やだもぉ変な勘違いしないでよもっちー!」
「違うのぉ? じゃあどういう関係なのかぁ? 見かけない顔だけどぉ」
この反応……どうやら俺のことはすっかり忘れられているようだ。なかなか衝撃的な出会いだったので、記憶に留めてくれているだろうと期待していたのだが……。
少しショックを受けたが、まあこれから覚えてもらえればいいかと俺はすぐさま立ち直る。いちいち落ち込んでいたら恋は実らないと仕事柄よく理解しているのだ。
しかし相乃は、「か、彼氏なんて、何言っちゃてるのよ、もお!」と酷く動揺していた。
「ふふ、本当に違うのぉ? 面白いぐらい動揺してるみたいだけどぉ」
「そ、それはその……何と言うか……」
まさか「あなたと結ばれるために連れて来た愛の神『DE☆N☆MA』さんだよ」とは言えまい。どう誤魔化せばいいのか困るのは分かる。
だが、彼女は何も浮かばないからと俺に助けを求めるような視線を向け、「言ってやってよ、ほら!」と丸投げした挙句、俺の腕を引っ張って来た。
「あっ」
「おまっ! 何度繰り返すつもり――」
能力のスイッチを切ろうとするが、間に合わない。
間抜け面を晒す相乃は、またも爆発した。




